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005


「あ、君、バレー部だったんだね」


 ポールの片づけを手伝いながら、少女の一人に声を掛けた。

 実はすぐに気づいていた。朝あの子たちに会って、バレーボールを手渡され、一緒に連れ立って歩いているとき、あ、と思った。昨日の絵の話を聞こうと思っていた。しかしまあ、すぐじゃなくてもいい。何度か機会はあるだろうと、それほど急がないことにした。


 ――『日曜日に学校にいた少女』。


 たいした理由がなくそうだったのならいいが……俺は昔々、それこそ中学生の頃、あんまり人に言いたくないことで土日に学校を訪れなければならなかったことがある。家のお財布事情の相談とか、同じ中学に通う弟が万引きしたとか、出来れば蓋をしておきたい記憶。


「あ……」

「さっきはどうも。怖かったでしょ、ごめんね」


 ううん、と少女が首を振る。


「お兄さんたちのせいじゃないから。えっと……」

「藤田。あいつは二階」

「わたしは菅原です」

「菅原さんね。菅原さんも、結構幽霊とか見ちゃうほう? 信じてる?」


 少女は困ったように、黙って首を横に振った。


「そっか。ま、見えないほうが全然いい。俺もじつは見えないほうでさ」

「え、そんな……」


 さっきのお祓いを見ていたから、そうとは信じられないのだろう。

 菅原さんは信じられないというふうに考え込んでいた。


「あの……二階さんは、幽霊のこと、分かるんですよね」

「おう。あいつはバッチリ見える奴! 霊でも化物でもなんでもござれ」

「そうですよね……髪が長くて。お兄さんもですけど」

「そ。なんか陰陽師みたいでしょ。俺のはただのオシャレだけど」


 だからさ、と俺は言葉を続ける。


「あんまり心配しないでよ。ちょっとは祓って見せるから!」


 はい、と菅原さんが笑ってほほ笑んだ。

 あんまり『安心した』顔つきではなかったのでちょっとした無力感をおぼえる。

 すこし繊細な子なのかもしれないな、と思った。昨日どうして学校にいたのかはまだ聞かないほうがいいような気がして、俺はそのまま何も言わずに二階の元へ戻った。



 *



 それから丸一日、目立たないよう校内の調査をした。


 途中、一応校長先生にも朝の件を報告したのだが……。

 激しいラップ音、鬼のようなものが出た、でも幸いにして怪我人はなし、と伝えたところ、はあそうですかそれなら良かった、と微笑まれて終わりだった。それどころか、これから教育委員会の会長とゴルフだとかで、機嫌よく出かけていった。お元気なことだ。


「鬼が出た、って報告して、あれほどサッパリ流してもらえることもなかなかないよなー」


「完全に麻痺してるんだろう。ま、朝の五人と同じく、心霊現象にアレルギーがあるタイプじゃないのは助かるが……」


「で、どうする? 学校で怪談話をするとマズイってことはよーく分かったわけだが」


「聞き込みは学校の中だけにしてくれと釘を刺されてしまったし……名目上は水道管の調査だから、当然といえば当然だが」


「現状分かっていること。とにかく豊富な怪談ネタ。死人・怪我人・集団ヒステリー。ちょろっとでも怪談をやると寄ってくる餓鬼たち。水に関係しているところは、特により強い力が宿っている……気がする、ってところか?」


「ほぼ、ノーヒントだな。水の近くに怪異が宿るのは珍しいことじゃない」


「だよなぁ……」


 はーあ。先行き不安。改めて、時給契約でよかったなー、と思う。


「ま、怪談話にならない程度に、いろいろ情報を集めていくしかないだろう。この二日学校中を回ったことで、だいたいの怪異は見つけられたと思うが、これらがどのようにして生徒たちの間で伝承されているのかはまだ分からない。案外、無害な連中も多い気がしてるんだ」


「朝襲われたのに、よくそう好意的でいられるなー」


「たしかに結構なラップ音とグロテスクな見た目だったが……結局、なにか危害を加えられたわけではないんだ。どちらかというと、なにかの歓迎のように思えてならない」


「俺たちにいらっしゃいませー、ってしてたってこと?」


「そう……」


 二階は考え込む。あーむりむり。俺は霊が見えないし聞こえないし、霊の考えをくみ取ってやろうとも思えない。ま、せいぜい二階の道具に徹することにしよう。


「ま、俺は俺に出来ることしとくわ。とりあえずの遵守事項は、『怪談しない』だけでいいんだな?」


 二階の返事を待たず、俺は体育館へ向かう。頭を使う仕事はあいつに任せておこう。


 入り口に備え付けられた靴箱を覗く。

 靴はざっと四十人分ってところか。結構いるな。空の棚に自分の革靴をねじ込む。

 体育館の中は、大きく二つのかたまりに分かれていた。全員男だ。


「あれー。今日はバレー部の利用日のはずだろ?」


 ――と、片方の集団の先頭にいる男子が、多少間延びした声で言う。


「正確に言えば『女子バレー部』のね。でも、バスケ部が譲ってもらったんだよ」

「なにそれ、聞いてねー」

「ええ? そう言われても……」


 ふと俺は朝の会話を思い出す。あー、そうだ。俺たちが怪談したいって言ったから、今日の女子バレーボール部の夕練はなくなったのだ。で、その枠がバスケ部のほうに回ったと。


 説明しておくか、と少し歩調を速める。しかしたどり着くより先に、男子バレー部のほうがアッサリ引いた。


「いや、別に新田がそう言ったなら構わねーよ。ただ、聞いてねえな、って新田に対して思っただけ」


 キャプテンらしきその子はボールを持ったままくるりと背を向け、他の部員を引き連れて俺のいる入り口のほうへ引き返してくる。見た感じバレー部のほうが数が多いようだ。彼らが一斉にこちらへ向かってくる光景は、なかなか迫力がある。


「……あれ? こんにちは」


 俺に気づいたバレー部キャプテンが、とりあえずという風に挨拶をした。残りの数十人からも「こんにちは」を受け取る。先生たち、ちゃんと挨拶しろって教えてるんだろうなあ。


「やあ。学校から水道についての委託を受けてる……」


「知ってる。もう噂になってるから。ほんとはなにを調べたいのかも知ってるよ」


「話が早くて助かった。ちょっと聞きたいことあるんだけど、いい?」


「見ての通り、誰かさんのせいで部活の予定がなくなったところ。全員必要?」


「それは悪いから、数人か、君一人で大丈夫。あと、部活ができなくなったのは、ある意味俺のせいでもあるな」


 お兄さんの? と、少年が少し目を丸くする。中学生って、結構背も伸びて、力も母親より強くなって、自意識も固まってきて、難しい本読んだりもするけど、でもまだ子どもだ。俺もまだ子どもだった。そのことに気が付いたのはずっとずっと後だったけれど。


「名前は? 俺は藤田」


 少年は、結構上手な愛想笑いを浮かべて答えた。


「滝山」



 *



「体育館、使えないなら使えないでいいんだよ。そう言ってくれればさ」


 と、滝山少年は依然としてご立腹のようだったが、あまり引きずる性格でもないらしい。怪談話をするのは危険なので、とりあえず学校生活のことでも聞いてみることにする。


「女子バレー部とは仲いいの?」


「うーん、一緒に練習すること多いし、まあ悪くはないかな。でも、新田。あいつ性格きついでしょ」


「そうかなー。ま、同学年の子にはそうなのかもね」


「うちのバレー部って、誰でも入れるわけじゃないんだ。特に女子バレー部は入部試験が厳しくて。普通、だいたい部員が十五人位いないとまともに練習なんて出来ないんだけど、たぶん女バレはここ五年以上、部員が十人超えたことないと思う――それぐらい厳しい」


「それじゃ、女子バレー部は練習試合出来ないんじゃ?」


「そこで、男女で練習試合するってわけ。男子バレー部のほうは弱いけど、頭数はあるから三チーム作れるし」


「ああ。それで新田さんとも結構関わりがあるってことか」


「そういうこと」


 中学生と話すって結構面白いな、と俺は思った。もう二度と俺が着ることのない制服、過ごすことのない学校生活。まあ個人的に興味深くはあるが、このまま男女バレー部の力関係を掘り下げて聞いていても、怪談の真相にはたどり着けそうにない。二階は今頃なにしてんのかなあ、と思いながら、少しだけ「怪異」の方向に話を持っていくことにする。


「転校したいって思ったことない?」


 魑魅魍魎が跋扈する、恐怖の中学校。なかなかこの学校に愛着を持つことも難しいだろう。


「何度かあるよ。でもここ公立だし、義務教育だし、転校するなら引越しするしかない」


「まあ、そうだよなあ……」


「嫌な思い出はいくつかあるよ。といっても俺自身はあまり怖い目にあったことないんだけど……集団ヒステリーが起きたのは一個下の学年だし、死者が出たのも隣のクラス。だから当事者ってわけでもない。……それでも、なんか幽霊みたいなのを見ることはあるけど」


 俺が幽霊を見れないってことは秘密にしておいたほうがいいだろう。神妙に頷いておく。


「ここの子は、たいてい見てるみたいだね」


「うん。でも俺は毎日見る」


「毎日?」


「でも夢なのか現実なのか分かんないんだ。ちょっとしてから気づくんだよ。あの子、そういえば死んでるんだった、だからあれって幽霊だよなあって。でも、見たって記憶はあるのに、それがいつだったのか分からなくて……さっきだったのか、夜夢で見たのか」


 不思議な現象だ。間違いなく怪異だろうと思う……思うが、ふと俺は二階が口癖のようによく言うセリフを思い出した。


 ――俺は見える。でも、自分が見えているものがなんなのか、たまに確証が持てなくなる。


 だから鏡のようにして、俺はあいつの隣にいたほうがいい。

 見えるよ、見えないよ、ってわかり切ったことをあいつに言い続ける。


「……もしかして、今もいる?」


 滝山少年は、はっとして体育館中を見渡す。


「ううん、いない」

「その子、もう死んでるって言ってたけど、知ってた子?」

「うん。好きな娘だったから」


 そっか。と相槌を返そうとした。いや違う、これではそっけなさ過ぎる。でもなんと言えばいいのか分からなかった。そう長く黙っていたわけではなかったが、少し迷っているうちに、二階の声がした。


「藤田」


 振り返ると、体育館の入り口にやつが立っていた。


「ちょっと来てくれるか?」

「ああ――うん」


 生返事を怪訝に思ったのか、二階が滝山少年を見る。


「こんにちは」

「ああ、こんにちは」


 子どもに対してぐらい、ほほ笑んだりしないもんかなあ。と思うがしかし、そういや二階、朝の怪談のときも全く笑ってなかったな。特段笑ったりしなくても、無愛想に見えすぎないのは羨ましい。


「俺、話せる事はこれぐらいかな。藤田さんもう行くでしょ?」


 滝山少年がそう言って立ち上がる。たしかに、怪談禁止なら、聞けることはあまりない。


「おう、話してくれてありがとな」

「ううん。……あ、藤田さん」

「うん?」

「祓うのって、どうやるの?」

「あー。祓うのは、あっち」


 と、二階を指さす。さされた二階は少し不満そうに腕を組んでいる。


「……霊ってさ、祓ったほうがいいんだよね? 成仏、っていうのかな」

「ああ、きっとな。俺は死んだあとで怨霊みたいにはなりたくないな……滝山くんは?」


 うん、と滝山少年は五歳の子どもみたいに素直にうなずいた。


「俺も、なりたくない」


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