002
二階が到着したのは、それから二十分後のことだった。ちょうど松原と四宮さんも現場確認を終え、表玄関から出てきたところだ。
二階はまっすぐ、依頼人の四宮さんの方へ足を向けた。そのまま二人で話し込んでいるから、やはり知り合いなのだろう。
距離は離れているものの、風上から聞き取りづらい会話の一部が運ばれてくる。
「――まさか来ているとは思わなかった。新幹線か?」
「いや、最近はこちらにも家があるんだよ。そっちは全然帰ってこないね」
やけに親し気な様子だが、どうやらしばらく会っていなかったようだ。
ぼんやり続きの会話も聞こえてくる。地元の話で花を咲かせているようだった。あんまり聞き耳立ててるのも悪いなと思い、俺はいつのまにかパソコンでカタカタ作業中の松原のほうへ行くことにした。
「なあ、松原ってさー……二階との付き合い、どのぐらい?」
「あんたと一緒じゃないの? あたしたち、たしか同じ年に入ったでしょ。普通の会社なら『同期』って呼ばれるような関係だと思うけど」
うちの会社は、当然、新卒一括採用なんてしていない。俺も二階も松原も、入った年度はたしか同じだが、それぞれ入社月は違うはずだ。とはいえ俺は二階の入社挨拶も松原の入社挨拶も見た覚えがないんで、多分二人よりも後だった……と、思うんだけど、どーだろ、昔のことすぎて記憶がない。
「珍しいじゃん。あんたが二階くんの過去気にするなんて」
「そー? 誰でも気になると思うけど」
「だから、よ。二階くんあんなに謎だらけでみんな気になりまくりなのに、あんただけサラっとしてるでしょ」
そーか? と思いつつ、俺が二階のことをあまり知らないのも事実だった。仕事の時はいつも結構忙しくて、雑談している余裕がない。移動時間も調査時間も、大抵案件に出てくるお化けの予習復習ばっかしてるし。
「てゆーか、二階くんの名前って進っていうんだ。あんた知ってたの?」
「まー、知ってた。前の仕事で聞いた」
このあやしー何でも屋に勤務している俺たちの名刺には、苗字しか書かれていない。社内のメアドも苗字だけだから、俺たちは本当に互いの下の名前を知る機会がない。なんなら苗字だって全員本名なのかどうか分からない。
「ねー、あの感じさー、四宮さんって、二階くんの知り合い……ってことよね?」
「なんなら兄弟だって言われても驚かないけどな。名前で呼んでたし、霊能力使えそうだし」
「苗字が違うじゃないの」
「あ、そっか」
よく考えりゃ顔が似ているわけでもない。親戚の線も薄そうだ。
変な空想だったなあと苦笑いしたその瞬間、松原がパタンとパソコンを閉じた。
「……よしっ、報告書終わり! 残りは心霊のみね」
見れば、荷物をまとめはじめている。どうやらさっさと先に帰っちまうつもりらしい。
「じゃ、任せたわよ。藤田がいれば、後はなんとかなるでしょう」
「えーっ、俺、未だにオカルトよく分かんねーんだけど」
「そっちじゃないわよ。霊退治の途中で二階くんがぶったおれたり、その拍子に本棚が倒れたり、さらに連動して家がぶっこわれたりしても、まあ藤田一人いればなんとかなるでしょってこと」
「なんとかなるもんかな、それ……」
「依頼人にもよろしく言っといて。じゃ!」
風のように素早く帰って行く松原を羨ましく思いつつ、この後って俺やることあんのかなと不思議に思ったその時、二階が俺を呼ぶ声が聞こえた。
はいはいっと駆けつける。四宮さんは、気が付かないうちにすでに戻ったようでいなかった。
二階が一軒家を振り返って言った。
「随分手間をかけたようだな」
「いーや、そうでもない。ゴミ屋敷の中ではかなり優しいほうだよ。生ゴミも少なかったし、エナジードリンクの缶もないし、水回りはキレーだし」
「そんなものか?」
顔を顰める二階は、おそらく見積時の惨状を思い出しているんだろう。たとえ物が多くても、それらが腐ってたり溶けてたりしない限りお片付けは結構楽勝なものなんだって言ったところで、ピンとこないに違いない。
「ところでさ。依頼人、知り合いなの?」
「ああ」
いつも通りの簡素な返事。今までなら、これ以上突っ込んで聞くことはなかったかもしれない。胸の奥に湧き上がっているのが好奇心であるということを自覚しつつ、俺はもう一つ質問を重ねた。
「どんな知り合い?」
二階は少し驚いたように目を見開いた。いや、そんなにあからさまにビックリしなくても。
「すまない。なんだか珍しいな、と思って」
「うん、俺もなんかすげーらしくないことしたなーって感じがした……」
「ただの古い知り合いだ。といっても、最近は殆ど会えていなかったが」
「友だち?」
「まあ、そうだな。子どもの頃から、定期的に会う関係だったんだ」
「幼馴染ってこと?」
「そう呼んでもいいのかな。たしかに、そういう関係性の人間が俺にいるとしたら、あいつだけだろう」
へー。俺にはいるだろーか、幼馴染。子どもの頃から大人になるまでずーっと関係を保っていられた相手、なんてのは、家族以外には一人もいないかもしれない。
「だからわざわざ呼ばれたんだろう。正直、簡単な除霊と地鎮程度、あいつなら自分で出来ると思うんだが」
「え、四宮さんも霊祓えたりすんの?」
「それが専門というわけじゃないが、並みには出来る。知識なら、あいつのほうがずっと上だろう」
ここで言う『並み』ってのがどの程度なのかはよく分からないものの……四宮さんも霊能力ありそうって考えた俺の見立ては、大正解ってことだ。
「じゃあ行こうか。現場の方で、樹が待ってる」
「樹って? あ」
「依頼人の名前だ。四宮樹」
依頼人の名前ぐらいちゃんと把握しろ、と怒られるかと思ったが、今日の二階は機嫌がいいのか、意外とお小言はくらわずに済んだ。




