006
最後の難関かと思われた依頼者の許可は、すぐ取れた。
余ってるんでシンボルツリー替わりにどうですかとお聞きしたところ、ええどうぞと意外にも軽いOKが出た。
「レモンの木なら、まあ、手入れは出来るでしょうから」
「あ、植物とかお好きですか?」
「ええ、そりゃあさすがに」
さすがに? と、謎めいた返答に困惑した俺たちだったが、その謎はすぐに解けた。
「では、埋め終わったら、こちらをどうぞ」
「……えーっと、これは?」
「薬ですよ。こちらで検査を行っているものの、完成品です」
「えーっと…………?」
「ああ、そうか。ちゃんとお伝えしていませんでしたね。
うち、農薬の試験場なんです。私も植物学者でして。
薬はたっぷりありますので、是非どうぞ」
なるほど、薬って、人間に使うんじゃなくて植物に使うほうの薬だったのか。
成分表を見るだけでは分からなかった。
薬を受け取り、俺と二階はもう一度池へと向かう。
俺には小さな洞窟と油揚げが見えたが、二階にはやはり視えなかった。
「……なんで、俺だけ見えるんだ?」
「物理的には、実際にあるんだろう。その上から、視えないように何か術を掛けてあるんだ。
お前には術が効かないから見えるし、俺には視えない――というところだろう」
二階は鞄から札を出し、何かしらをごにょごにょと呟いた。
その謎の儀式により二階にも祠が視えるようになったようで、真面目な二階らしく、念のため手帳にスケッチを取っている。
「……おい、この祠、奥に鳥居まであるじゃないか」
「マジで?」
二階が示した場所を覗き込むと、暗闇のなかにぼんやりと赤い鳥居が見えた。
たしかにここにお住まいのようだ。
二階がなにか言いたげな瞳でこちらを見ていたが、視線に気づかないふりをしてレモンの根っこに土を掛け続けた。いやー、悪かったって。
レモンの木を埋め終え、薬をまく。なかなか上手く植えられたような気がしていた。
「よーし、こんなもんかな。結局また泥んこになっちまった」
「ああ、見た目も良いし、これで問題ないだろう」
二階のOKも出た。俺には鳥居が見えている。
その横にレモンの木が育ち、いつの日か白い花を咲かせる日のことを想像して、なんだか微笑ましくなった。
「さて、と……」
俺と二階はスコップを持ち、車へ向かう。
道具一式をしまって、お互い運転席と助手席でふうと息をつく。
……ん、いや、ちょっと待て。
てゆーか。
そもそもの仕事、最初の三十分の分しか終わってなくね……?
傍らの二階も、同じことに気が付いたらしい。
さきほどまでの達成感はどこへやら、車内の空気はお通夜のようになっていた。
「なあ、さっき、まるで終わったかのよーな感じで報告しちゃったよな、俺ら」
「まあ、超特急でやるしかないだろうな……」
二階が特大の溜息をつきながら外へ出る。冬の夜は肌寒く、コートの襟をかきあわせて俺もドアを開ける。すでに作業開始より二時間が経過している。あと、何時間ほどかかるだろうか。
「――今からでも出てきて助けてくんねーかな、神サマ……」
「無理、だろうな……」
二階は苦笑いしたまま、先を歩いていく。
片付けにおいてはてんで頼りにならない二階と共に、俺は白い白い検査場の中へと戻る。
もしも早く帰れたら、初めて二人で飲みにでも行ってみよーかな、なんて思っていたのに、全く、思い通りにはならないもんだ。
<おいなり清掃編 了>




