003
駐車場でしばらく二階を休ませてから、正門へまわって施設を訪ねた。
田舎っぽいとはいえ小ぎれいな施設だった。
築年数もそんなに経っていないようで、古くからの曰くとかはなさそーだ。
施設本体も、それらを取り囲む塀も白くて新しく、施設名を記した看板もシンプルで現代らしい。
あくまで事務的な感じのする建物ではあったが、小さな池にはウサギかリスでも住み着きそうな可愛らしい洞窟状の置物と油揚げが置いてあったりもして、「検査場」がマッドサイエンティスト的な人の根城だったらどうしようと要らぬ心配をしていた俺を少し安心させた。
入り口前の敷地マップ上には、コの字型だったりL字型だったりする二階建ての建物がぽつぽつと配置されている。なんか霊とか化物とかに関係ありそうなものはないかと探したか、あやしげなモノはなさそうだ。
受付で用件を伝えれば、依頼者はすぐに姿を現した。
今回は急にすみません、と彼は開口一番謝った。
「隣の県からいらしてくださったんですよね」
依頼者は制服としての白衣を着ていて、胸元のバッジには『研究員』の肩書があった。
二階を含めた三人で作業部屋となる倉庫部屋に向かいながら、俺は仕事の条件を整理する。
「お引越しというわけではないと思うので、ガムテープはきつく貼らないようにします。
段ボールはありますか?」
「はい、必要だと思われる分用意してありますが、万が一足りなくなったら教えてください。
とにかく詰めてくださればいいのですが、戻す時には年度順に並び変える予定です」
「なるほど。時間内で出来そうな範囲になりますが、年度順で仕分けしておきます」
「助かります。他にご質問はありますか?」
「一応見積では二時間予定としてますが、作業終了時刻の限度について目安はありますか?」
「二時間後というと、えーっと……十八時ですよね。
十九時まではいる予定ですし、それより少し遅れても構いません。
二十時をまわる可能性が出てきたら、ご相談ください」
「なるほど、承知しました」
なんて明瞭で分かりやすい返事だ。
これなら、《心霊》問題がなければ、単純作業だけでするっと終わる良単価の仕事になりそうだ。と、思ったその時。
「――あの、私からも一ついいですか」
二階が声をあげた。俺は内心驚きつつ、黙って見守ることにする。
「つかぬことをすみません――この近くに、神社はありますか」
「えっと、神社、ですか?
一番近くて、駅のほうですね。車でも二十分ほどはかかりますが」
「そう……ですか。いえ、ありがとうございます」
単純に神社の有無だけを知りたいなら、Google Map でも開けば済むはずだ。
わざわざ聞いたということは、地図に載っていないような情報を知りたかったのだろう。
「神社に捨てなきゃいけないような、怪しいものは出てこないはずですよ。
まあ、もしそれらしいものがあっても、段ボールに一緒に詰めちゃってください」
依頼者のその苦笑からは、不意な質問を受けたことによる困惑以外の感情は見当たらなかった。
特に何かを隠している様子もない。
「まあ、神頼みのお札でも張っておきたい気分ですけどね……お聞きだとは思いますが、たびたび盗難事件のようなものが発生しておりまして。必ずそうと決まったわけでもないんですが」
「外には、監視カメラがありますよね?」
「はい。ただ、古い暗視カメラですので、画質も悪いですし、たまにノイズが入るような調子の悪さもあって。仕方なく室内にも全館監視カメラを入れようという話になったのですが、予算の関係でどうしても今月中に工事を済ませてしまいたかったんです」
「盗まれたのは、これから箱詰めする書類ですか?」
「いえ、検査対象の試薬ですが……」
依頼人は、少し驚いたように目を見開いた。
あっ、やべー。二階の奴、いつもの調査案件みたいに尋問的に聞いちゃったな。
そういえば、今日はただのお片付けが仕事なんだった。
「――というのも、もし、紛失ということでしたら、作業中に見つけた場合にお報せできますので」
愛想笑いを貼り付けながら横やりを入れれば、依頼人は納得したように頬を緩めた。
「ああ、なるほど。でも、なくしたのは試薬ですので、紛れ込むことはさすがになさそうですね。
そこそこ大きい特殊な瓶に入っていて、紙の間に挟まるようなものではないので」
「なるほど、そうですよね」
二階もそれ以上は追求せず、そのまま俺たちは倉庫部屋に着いた。
室内では無数の紙書類がそこかしこの机でタワーを作っていて、まるでミニチュアのビル街のようだった。紙だけとはいえ、多少は骨が折れそうだ。
道具が足りているのを確認してから、俺と二階は作業を開始することにした。
もう一部屋のほうも状態は大して変わらなかったし、見積金額の変更もなさそうだ。
「じゃ、後はお任せください」
会釈しながら倉庫を出ていく依頼人を見送ってから、俺は二階へ尋ねた。
「で――どうだ? なんか変な感じしたりする?」
「正直、一切しない。実はさっきのトンネルでの急停車の時も、何か悪い感じがしたというわけじゃなかったんだ。本当に、動物の影が見えて、ただ止まったというだけで――」
「だけど、あんなにピタッとアニメみたいに車が止まったりは……しないよなあ」
不思議ではあるが、ヒントが無いんじゃあしょうがない。
俺と二階は、とりあえず目の前の仕事にとりかかることにした。
二部屋あるので一人一部屋ずつやってもよかったが、二階の希望で、二人で一部屋ずつ片付けることにした。まあ、万が一心霊案件だった時のことを考えると、二人一緒にいたほうが良い。
「んとー、ざっと見たところ、ここ五年分の書類が殆どかも。
年度ごとに一枚ずつ目印置いたから、一旦仕分けして、あとでまとめて段ボールに入れよう。
段ボールの搬出の作業もあるから、四十分後までに目星七割に達してなかったら、それ以後の年度振り分け作業は廃止にしよう」
「……なるほど、了解した」
俺が二階に指示を出すっていう構図が、やっぱりなんだか新鮮だった。
慣れないってもんじゃない。二階の側も、誰かに決めてもらって何かするなんてあんまり経験ないんじゃないだろーか……と思ったりした。
新鮮な体験に一人感慨深くなっていた俺に、二階が思い出したように言った。
「そういえば、さっきはどうもありがとう」
「ん?」
「盗難事件、というところが引っかかったから、つい依頼人に色々聞いてしまった。相応しくなかったな」
「ああ――あれね。いや、別にだいじょーぶだろ」
結局依頼人も不審がってなかったし。
「聞き込み仕事も、どうも慣れないんだ。
うまく聞き出すということが出来なくて……」
「そーだったっけ?」
確かに、俺と二階のペアにおいては聞き込み仕事は俺の担当になることが多いが――それは、俺でもできるようなことが聞き込みや調査ぐらいしかないからだ。
少し気を落としたような二階の様子がことさらに珍しく、俺は苦笑いした。
「ま、問題なさそーならそれはそれで良かったよ。
楽な仕事だし、さっさと詰めて帰っちゃおうぜ」
「ああ。四十分までに七割、だったな」
「そういや体調、大丈夫なのか?」
トンネルでの急ブレーキ時には相当具合が悪そうだったので念のためそう聞いてみたが、正直、今の二階はかつてないほど顔色が良かった。
「ああ。自分でも驚くほど、すぐ回復した。
今日の体力には自信があるし、少しは役に立てると思うから、期待してくれ」
元々俺一人でもやれる仕事なのに、立派な体格の男が追加でもう一人いる。
二馬力で働けば、割と早めに終わるかもしれないな――なんて思っていた俺の楽観的な幻想は、十五分後には粉々に打ち砕かれることとなった。




