002
二階は基本自分で運転したがるので、二人で出かける時は俺は助手席に座ることになる。
スマホをカーナビ代わりにスタンドに挿しちまったんで手持無沙汰でやることもない。
依頼書を何度か読み直したりと仕事らしいことをしてはみたものの、特に新情報が発見されることもなかった。
高速に入って少しした頃、二階が口を開いた。
「……今日の仕事のメインは、一応片付けなんだよな」
「ん? そーそー。まーでも、一人でもできそうな感じだし、
ちょっと見て問題なさそうなら別に車で待っててくれればいいよ。
パソコン持ってきてんだろ?」
「いや、デスクもないし、捗らないだろうから別にいい。
ただ、俺はあんまりやったことない種類の仕事だから……」
二階の担当は、心霊現象が中心だ。
その他なんか難しそーな書類作成、経理処理、などなど。
あっと驚くようなゴミ屋敷の案件が舞い込んで事務所総出の案件になったとしても、
おそらく二階にヘルプが行くことはないだろう。
「確かに、やる機会ねーよなあ」
「まあ、荷物ぐらいは運べるだろう」
「お客さんの指示にもよるけど、今回は詰めて外に出すだけだから、簡単簡単。
清掃じゃなくて片付けだし」
「清掃は結構面倒か?」
「そりゃーもう。
今日の午前中とか、割と手ごわいゴミ屋敷だった上に、庭掃除と植木抜きまでしたから泥んこになったし。
ま、でも屋外より部屋の中にあるもんのほうが断然怖いかな、見慣れてるはずのコーラとかポテチとかが、見知らぬ生命体になってたりする」
「それは怖いな……」
二階が苦笑する。二階にしてみれば、異業種の話を聞いているような感じだろう――いや、そうでもないか? 見慣れているはずのものが恐ろしい形を取って目の間に現れてくる、というところは、多数の怪異とゴミ屋敷清掃との共通点になりえるかもしれない。
「書類のファイル分けとかは必要なのか?」
「いやー、急ぎって言ってるし、いらねーんじゃねーかな。
余力があればやっといて、とか言われる可能性はあるけど、機密文書だから読むなって言われることもよくあるし」
「ああ、なるほど……」
今回の現場は何かしらの検査場とのことなので、どっちかっていうと『出来るかぎり触るな・読むな』って言われる可能性の方が高そうだ。
「ま、法人依頼なら手とか足が汚れることもねーし、ちょっと汗流して終わりだろ」
「個人のほうがやっぱり面倒なのか」
「そりゃあね。水道の請求書が見つかったら捨てずに置いといてくれとか、印鑑紛失中だから小さいポーチとかも全部開けてから捨ててくれとか。今日だってついでにレモンの植木の処分もお願いされて、しょーがなく車のトランクに入れてきたし。仕事が後から増えることがとにかく多い」
「ああ――まあ、見積も難しいだろうからな」
「あと、単純に汚かったり、カビが凄かったり。
あとは子どもがいる家だったりすると、汚すぎる惨状とかが単純にちょっと心に来ちゃったりとか?」
「ああ……たしかに。俺も子どもの霊は苦手だ」
へー、意外だ。
思っていたより俺たちの仕事って分かり合える部分が多いのかもしれないな、と俺は面白く思った。
「書類詰めの場合は、紛失しないように――というか、紛失を疑われないようにするのがまず一番。
で、その次に、できるだけ手早く綺麗に詰めること。
なんか持ち出したって疑惑を掛けられるのが一番めんどくさい」
「そんなことがあるのか?」
「珍しいけど、なくはない。
今回の現場は特に、元々盗難が疑われてるらしいし――ま、単純に担当者がなくしてるだけって可能性もある気がするけど」
と、喋りながら、二階といる時に俺がこんなに喋るのって珍しいな、と思う。
そういえば俺たちが組むのは心霊案件の時限定なので、心霊知識ゼロの俺がプロの二階に教えを乞うていることのほうが多いわけだ。俺のほうが詳しい現場に行くってこと自体、初めてのことかもしれなかった。
「そーだった、むしろ心霊案件だった時に、どう料金交渉するかのほうが不安かも……」
ああ、と二階がわらった。
「それなら慣れているから任せておけ」
そりゃーそうだ。
もしそうなっちゃった場合のことなんて忘れることにして、俺はカーナビ代わりのスマホをちらっと見る。
順調に進んでいるようだ。二階はハンドルを切ってゆるやかに速度を落とし、高速を下りた。
「もうかなり近いな。十分以内で着きそうだが、コンビニは?」
「いやー、いいかな。直行でOK」
「了解」
ルートの通り車は左折し、トンネルへ入っていく。
ド田舎ってわけでもないが、そこそこ森っぽい所だ。
地図を見た時には、辺鄙な山のふもとにある施設だなあと思ったが、高速の出口からこれほど近いのなら案外アクセスが良いと言えるのかもしれない。
トンネルの出口が見える。かまぼこみたいな形の光が近付いてくる。
外の風景が少しずつ現れてきて、トンネルを抜ける瞬間――その時だった。
「……っ、二階!?」
全身を衝撃が駆け抜けていく。
車が、何か透明な壁に阻まれたかのように急停止した。
まるでおもちゃのミニカーを積み木に当てたかのように乱暴な停止だった――というか、あまりにも慣性を無視した動きだ。さすがの俺でも違和感を覚えた。身体中に響くような振動が落ち着くのを待ってから、俺は運転席の二階に再び声を掛ける。
「……っと、どした?」
冷や汗かいた程度の俺と違って、二階は蒼白の顔をしていた。
今にも寝かせてやらないと倒れそうだ。
他に車は一台もいないので、後続車との事故にならなかったのが不幸中の幸いだった。
「……すまん」
「なんだ、今の? 勝手に止まったのか?」
「いや――俺もブレーキは引いた。犬か猫かの影が見えたから……」
「い、犬ぅ?」
俺もずっと前を見ていたんだから、人が通ればそれと分かったはずだ。
しかし、俺には見えていない。霊感のない俺には見えず、二階には視えた。ということはつまり――
「……もしかして、ほんとーに心霊案件だったりしちゃって?」
「可能性は……ないとはいえない。用心していこう」
トンネルからのろのろと車を出し、道端に一度止めてもらってから、具合の悪い二階に代わって運転席に入る。残る旅路は五分程度だが、まー、俺が運転したほうがまだマシだろう。車は、先ほどの急停車などなんでもなかったというふうに快調に走り出した。
左折するついでにバックミラーを見れば、まるで芋虫の腹の中のようだったトンネルが、ぱっくりと口を開けて俺たちを見送っていた。




