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004


 残り時間が十五分を切っていたので、眞形さんには手短に報告を済ませた。「フランケンシュタイン」はやはり個人的に思い入れのある本だったらしい。


 化物が自分の館を歩き回っていたと聞いても、なぜか嬉しそうにわらった眞形さんの表情を見て、たしかに祓わなくてよさそーだなと俺は思う。

 俺にはよくわかんないけど、付喪神は放火しないらしいし。

 じゃあ火がついたのはなんのせいだったんだよ、と聞く俺に、その解明は探偵の仕事であって俺の仕事じゃないと二階は言い切った。少なくとも心霊現象が原因ではないらしい。


 その後俺たちは、急いで車を走らせた。ギリギリだったが、なんとか予約が取れた。

 二階は病院に駆け込んでいく。懐かしいなあ、初めて二階と仕事した病院だ――つまりは、昔は霊の巣窟だった、ってことなんだけど。


 結果の受け取りだけだったからか、二階はめちゃくちゃすぐに戻ってきた。お世話になった看護師さんに笑顔で見送られて、ちょっと気まずそうにしているのが面白い。俺も運転席から腕だけ出して手を振った。なつかしーなー、一年ぐらい前だっけ?


「お待たせ」


「全然待ってないぜ。で、どうだった?」


「……健康体、だった」


 二階がひらりと一枚の紙をよこしてくる。

 人の診断書的なものって見てもいいのかよ、と思いながら、まあ見せられたのに無視するのも悪いので手に取ってみる。


 花粉だけじゃなくて、いろんなアレルギーの調査を一気にまとめてやったようだ。稲、クラス0、ブタクサ、クラス0、リンゴ、クラス0、ハウスダスト、クラス0――。


「つまり? アレルギーじゃないってこと?」


「ああ……」


「ってことは?」


「対処方法がない、ということになるんだが……ちょっと不思議なのが、さっきからやけに調子がいいんだ」


「……え?」


 改めて二階の顔を見る。たしかに、顔色がいい。

 さっきも結構元気よく車から飛び出していったような……。


「もしかしたら……幽霊だったのかも」


「……は、はぁ?」


 ゆ、幽霊?


「ここって結界が張ってあるだろ、以前の案件のときの名残りで」


「あー、たしかに。このへん一帯に張ったやつだっけ?」


「そう。病院の敷地に入ったときから寒気が止まった気がする。ちょっと車を出してくれないか?」


「お、おう、いいけど……」


 発進。そういえば二階と一緒の仕事で、俺が運転するのって珍しいな、と思う。

 二階は結構ハンドルを離したがらない質なので。


「……どう?」


「やっぱり、気持ち悪い」


 二階が顔を顰める。額に少しずつ汗が滲んでいく。


「でも、あの館には……付喪神? はいても、幽霊はいなかったんだろ?」


「うん……というか、さっきの館は関係ない。俺、この二週間ぐらいずっと具合悪かったし……」


「じゃ、なんで?」


「知らん……多分、どっかの莫迦が霊体を刻んで流したんだろう。炎で焼いたのかもしれない。あるいは呪いか……いるんだよ、なんちゃら清めしたなんたらをスプレーすればいい、とか、適当に考えてそういう荒いことをするやつが……」


 なんちゃら清めになんちゃらスプレー。

 疑似科学かニセ医学みたいだな、と俺は思わんでもなかったが、そもそも二階は霊体がどうとか呪いの残滓がどうとか言っているわけで、合理的なのか理論的なのかオカルティックなのか、もうよくわからん。


「じゃ、花粉じゃなくて幽霊だったってこと?」


「多分……」


 と言いながら、ごほ、ごほっと咳を繰り返す二階が哀れだった。

 そりゃ、マスクも薬も効かないはずだ。二階はもごもごと何事かを言って護符を湿布みたいにスーツの内側に張っていた。それでいいのかよ? と茶化したくなったがやめておいた。




  *




 次の現場。二階が(今度は)なんの変哲もないオフィスビルに入っていくのを見届けて、俺はワゴン車のなかでPCを開く。よーし、今日は結構いろいろ冴えてたし、このまま書類のお仕事も片づけちゃうぞ。そう思いながらスイッチを押す。つかない。電源が、つかない。


「……あれ、パソコンって、そのへんのコンビニとかで充電できるんだっけ……?」


 五分検索して、どうやら無理そうだ、ということが分かった。

 しょうがない。もう自分の仕事はやめにして、二階の助手に徹しよう。

 あーあもう、結局半日仕事できなかったじゃん。


 たしか五階だったかな。

 なぜか停止中の表示が出ているエレベーターに、俺は特に不審も感じず通り過ぎ、外階段を上る。

 いい風が吹いている。戸に鍵はかかっていなかったので、鉄臭そうなドアノブをひねったらすぐ開いた。


 二階はなぜかすぐそこにいた。

 ちょうど巨大な黒い雲に包まれて、護符を落としているところだった。

 大ピンチじゃねーか。俺はそれを拾ってやる。


「……来てくれてありがとう。青い護符を出してくれるか?」


 俺の目には護符は全部茶色に見えるけど、ご丁寧に『青、退魔用』と書かれているジッパーを選ぶ。

 中からお札を取り出す。おれにはただの古紙に見えるし、ここにどんな化物がいるのかも分からない。

 でも、恐ろしいものが見えないからこそ、護符を拾って渡してやれる。


「どういたしまして、はいどーぞ」




 結局、そのまま二件目の悪霊退治をすることになった。

 心霊仕事を梯子したのは初めてだ。


 ちなみに俺がほっぽりだした書類仕事は、七割ぐらい松原がやってくれていた。


 のこり三割を、これから二階と片付けようと思う。




<花粉症?編 了>

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