002
守衛室に行く途中、校長室にも立ち寄り今日の分の報告をした。
まだ何も分かっていないので特に言えることもないわけだが、まあそこは俺の口が適当にベラベラと喋ってくれた。こういう対人スキルばっかり上手くなるんだよなー、この仕事。
二階と俺は『心霊現象』への対処の時にだけ組まされるコンビだ。
まあ厳密にいえばその時だけと決まっているわけでもないんだが、平常時にやってる仕事のジャンルがかなり違うもんだから必然的にそうなる。
俺は普段は身体を使う仕事や接客業のピンチに呼ばれることが多い。
あとは汚部屋の掃除とかも結構ある。掃除は割と得意だし、ゴミ屋敷を人が住めるようになんとかするってのはなかなかいい仕事だ。お客さんに許可をもらえたら、ビフォーアフターを動画にしたりすることもある。YouTubeに投稿するとけっこう見てもらえる。
あとは、たまーにだけど女の子の話し相手とか、送り迎えとかの仕事もある。時給が良いわけじゃないけど、指名制の仕事なので悪い気分にはならない。
で、対して二階。
接客系の仕事は基本受けない。
なんで何でも屋に勤めてるんだろうってぐらい、偏屈で気難しい男なんだが、いろいろソツなくこなすので所長から重用されている。
一人でできる仕事のほうが好きとかなんとかで、探偵的な、興信所っぽい業務を担当していることも多い。浮気調査とか。デスクワークも結構やっている。俺よりも少し前から在籍している。
在籍年数も近いし、年齢も一緒。
たまたまだけど同じく長髪の男。
なんか背格好も似てる。
というわけで、心霊系の怪しい仕事の時だけペアになって動いてる。
……もうちょっと心開いてくれても、いいんだけどなー……。
と、思うこともなくはないが、ま、オープンな人間関係ってのは強制するもんじゃないからな。二階はそういうのを望まないやつだったんだ。
「……お」
職員室の前を通り過ぎ、裏手の駐車場へ抜ける廊下を歩く。
窓の向こうに二階が見えた。さっきよりは顔色もよく見える。
さっさと帰してやるか、と少し足を速めた――……その瞬間、影が見えた。
「うぉっと!」
「わ!」
――すまん!
と、咄嗟に叫ぼうとしたが、声が出なかった。
現れたのは制服を着た少女だった。
どうして日曜日の学校に? ……あ、いや、部活とか委員会とか、別に事情はいろいろあるか……まるで坂の上から転がってきた林檎、空から落ちてきたぬいぐるみ、棚からぼたもち……って感じの、本当に唐突な登場だった。
俺はつい直前まで前を見て歩いていたはずなのに。
「ごっめん、前見て歩いてたはずだったんだけど。悪いな」
少女のほうも、驚いたように身を竦ませていたが、やがて硬直が解け深呼吸するように肩を上下させた。
「あ……大丈夫です」
一瞬身体が重なるほど近づいたかと思ったが、衝撃が来なかったところをみると、すんでのところでぶつからずに済んだらしい。
事故とはいえ、女子中学生と正面衝突するなんてちょっと外聞がよくないからな。よかったよかった。
「ほんとごめん。じゃあな……じゃなくて、失礼します」
そういえば仕事中だった。
と思い出し、できるだけ丁寧な言葉で答える。ふー、と俺も胸を撫でおろし歩き出す――歩き出した、その時だった。
「あの……っ、あの絵って、見えますか!」
「…………ん?」
誰かさんみたいな聞き方だな、と思った。
俺はちょうど、こういう質問ばかりされる一日を過ごしていたから、あまり違和感を持たず少女が指差す先を見た。
――絵?
「絵? って、そこ? いや、見えないけど」
「あ…………ありがとうございます!」
少女は、昔のぱかぱか携帯を折りたたむみたいに綺麗に腰を何度か曲げてお辞儀して、それから声をかける間もなく走り去っていった。あっ、ちょっ、と小さく俺は声をあげたが、少女自身の足音に掻き消され、彼女には全く聞こえていなかっただろう。
「……絵?」
もう一度、彼女が指したほうを見る。
ここはたしか二階とも一緒に通った。
あいつも同じことを聞いただろうか?
ダメだ、めちゃくちゃな質問を沢山受けたせいで、全然思い出せねえ。