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002


 で、こいつの午後の仕事が一体なんなのかというと、やっぱり心霊現象の調査だった。


「あら、お二人ですか?」


「はい。私が二階で、彼が藤田。記録係として来てもらいました。急に決めたので、事前にお伝えできていなくてすみません」


「ああ、いえいえ、別に構いませんよ。どうぞお入りください。管理人の眞形です」


 もともと二階一人であたるはずだった仕事――ってことは大したことない霊なんだろう。じゃあなんで俺が、車で大人しく仕事せずにここに一緒についてきているかというと。


「ほんっと、いいお屋敷ですねー……」


 ロケーションが最高だからだ。

 小高い丘の上に建つ古めかしい洋館。小ぶりではあるが、日本にこんなのあるんだー、ってぐらい立派な造り。レッドカーペット。俺が今まで見たことがあるなかで一番近いのはディズニーランドのホーンテッドマンションだな。ってことで霊のひとりやふたりは普通にいそう。あまりに綺麗なもんだから、まあ三十分か一時間ぐらい時間をつぶしても罰は当たらないだろうと、ご相伴にあずかることにした。


「あはは、そう言っていただけると嬉しくはあるんですが、なかなか管理が大変で。相続はしたものの、住めるような家でもないし、どう維持したものかと元々悩んでいたところにこの心霊騒ぎでしょう。ちょっと行く末が不安ですよ」


「……勿体のないことです」


 二階が神妙そうにうなずくが、立派な建築の将来を憂慮しているというよりも、ただ単に具合がわるいという感じだった。俺には分かる。


 花粉症なら、屋内に入れば多少はマシになるかなあとも思ったのだが、二階はむしろ顔色を青くしているように見えた。……あ、もしかして、花粉症と「心霊アレルギー」との合わせ技に苦しんでいるんじゃないだろうか?


 二階には、霊が見える。霊だけではなく、魑魅魍魎、悪霊生霊、餓鬼に河童に鵺に件、とにかく異形の者どもがなんでも見える。そして、いわゆる『霊感のある人』にありがちなように、周囲に霊がいるともれなく体調を壊す。――というか、霊で体調を壊せるような繊細なセンサーのことを『霊感』と呼ぶのかもしれない。


「で、なにか感じる?」


「いや……その、もともと体調が悪いから、よく……」


 あらまあ。センサーもぶっ壊れてるってわけだ。しかしまあ、『体調が悪くなる』のは二階の持つ力の副作用でしかない。二階は見えるし、祓えるし、異形のものと話ができる。今回のこの館の問題は何だっけ?


「お電話でも、二階さんには、大したことはないと思うとお話いただいておりましたが……たしかに、なんでもないのかも、と思うこともあるんです。この館に今、人は住んでいません。大小あわせて十二室あるだけの、こういう造りの建築にしてはかなり小ぶりの館です。何人か近隣にお住まいのアルバイトの方に来ていただいて、最低限の管理をしています。六年前までは入館料を取ってツアーをしたりしたこともあったんですが、今は止めています。再開しようかという話はずっと出ていたんですが……アルバイトの方が、なんだか此処はおかしいとたまに噂をするようになりまして。近所では幽霊館と評判になってしまいました」


 ありゃー、そりゃ災難だ。ま、でも、こんなに立派な館なら、ご近所さんに頼らなくても十分プチ観光スポットになれる気がするが。写真を撮るのが好きな人とか、コスプレするのが好きな人とか用のプランまで作れば、一室貸すだけでも色々ビジネスできそうに思うんだが――ま、不動産の管理なんてしたことないからよく分かんねーけど。


 二階はぼんやりと壁の絵を見つめながら、管理人の眞形さんに質問を投げかける。


「失火したのは東のほうですか? 六年前?」


 な、なんのことだ?


「……おや。ニュースになっていないのに、よくご存じですね」


 眞形さんも苦笑して頷いた。どうやら二階の言うことは図星だったらしい。


「隠してはおけないですね。そうです、ご近所の方ならみんな知っていますが、六年前……というか、もう少し前かな。突然夜に火が出まして。ありがたいことに火災検知器をつけていた部屋だったので、すこし壁が焼けただけで済みました。一番被害があったのは本ですね。スプリンクラーが動いてしまったので、背に水がかかってしまって……カーペット等も燃えましたが、この館、内装はほとんど安物なんです。レプリカというか、新しいものというか。古くてすこしでも価値があるのは、本と絵ぐらいですね」


「絵のほうには被害がなかった?」


「火があがったのは部屋の中でしたから。絵はここ、廊下にしかないんです。――火元がなんなのか、というのも実はまだ判明しておらず、でも中から生じたのは確実だったので、すくなくとも第三者の放火ではないということであまり細かい調査は行ってもらえませんでした」


「なるほど……」


「でも不気味なのに変わりないでしょう。消防車が来ても放水の必要はないぐらい、最小限の火事ではあったんですが、それでもご近所には謝罪にまわりました」


 なるほど。じゃあ近所の人は、以前から、なーんかあの館おかしいぞ、と思っていたりしたわけだ。ま、立派な洋館ってだけで、なんの曰くもなくとも、幽霊話を噂したくなるもんだとは思うけど。


「噂の内容はどのようなものでしょうか」


「他愛ないものです。窓に人影を見たとか、悲鳴が聞こえる気がするとか。誰かに実害が出ているわけでもありません」


「なるほど……」


 二階はやはり廊下の絵画をひとつずつ眺めながら、考え込んでいる。二階の顔立ちや、黒い長髪を見て、俺は『二階って陰陽師みたいだなあ』といつも思っているんだけど、こうして洋館のなかに立っているとこれはこれでよく似合う。ドイツかどっかの貴族みたいだ。


「……幽霊、だと思いますか?」


「今のところ、そうとは思えません。ご依頼通り、簡単に護符だけを」


 眞形さんは頷いて、お願いしますと一礼した。


「ところで……風邪ですか?」


「多分、花粉症です。すみません」


「あ、いえいえ……季節外れの花粉症ですね。お大事に」


 眞形さんは同行しないようだ。あとはよろしくと言って「事務室」と書いてある部屋のなかに入っていった。こんな館が職場なんて、羨ましい限りだな。


 この仕事にあてられた時間は一時間。元々、調査工数はあまりかけられないのだろう。おまじない程度の気持ちで、札を貼りまわって終わりになるんだろうか。


 二階は相変わらず、絵画を見つめている。たぶん油絵だ。こういう洋館に飾っているにふさわしい感じの。少し暗い絵だな、とは思った。女性がひとり、黒いドレスをまとって、黒い背景を背負って、ソファかなにかに座っている。俺の貧弱な絵画知識レパートリーのなかで、一番よく似ている絵を見つけるとすれば「モナ・リザ」だろうか。でもモナ・リザほど微笑んでいない。神経質そうに、そして真剣に、こちらをまっすぐ見つめている、すこし年を重ねた女性の絵だ。


「……この絵、好きなのか?」


「ん? 好きってこともないが……メアリ・シェリーの肖像画だ。象徴的だな」


「だれ?」


「『フランケンシュタイン』は読んだことないのか?」


 名前ぐらいは聞いたことがある。ああ、だからこの絵はこんなにオドロオドロしい感じなのか。かなり壮大なファンアートなんだな。


「ないなー、俺怖い話苦手だからさ」


「よく言う……」


「いやいやいや、お前もさあ、よくそういうの読めるよね?」


 世間の人は、幽霊や悪魔を、あくまでフィクションだと信じていられるから、消費して楽しめるのだ。二階や俺のように――そう、俺ももう、さすがに心霊現象がこの世界に《ある》ということを疑ったりはしない――世界には人間ではない異形の化け物がたしかにいるのだと知っている人間にとって、怪談やオカルトはノンフィクションになってしまう。


「俺も怪談話は苦手だよ。ただ、ああいう人造人間的なものとか、ゾンビとか、そういうのはまあ……好きとは言わんが、たまに読む」


 ゾンビって、幽霊と紙一重な気がするが……まあ、ちょっとジャンルが違う、というのは分からんでもない。ホラーよりもコメディに近い作品だってあるもんな。(コメディ作品にキャッキャと喜びポップコーンをむさぼる二階、ってのもなかなかイメージしづらいが)


「危険は少ない。一応札を貼って帰ろう」


 ふーん。こんな見た目の、こんなに雰囲気のある、しかも六年前に火の出ている洋館。俺からしたらすでにビンゴきまってる感じだが、二階の印象はそうではないらしい。……ま、雰囲気に左右されず判断できる、ってのが二階の『力』のひとつでもあるのかもしれないが。


 二階はすでに俺と絵画に背を向けて廊下の奥へ歩き出していた。一応、凡人代表として、聞いておくことにする。


「火が出てんのって、やばいんじゃねーの?」


「ああ……実は、そうでもないんだ。むしろ、なんなら浄化されてしまっていると思う」


「浄化?」


「そう。これはあくまでも日本の霊の話だが……この国は死者を火葬にするだろう、だから霊は、火を見たり、火に包まれたりすると、だいたいその場から離れる」


「え……なんで?」


「色々と理屈はつけられるが……でも、霊体が嘘をつけないことと関係しているんじゃないかな。日本人は結局、炎に焼かれたら死後の世界に送られる、とぼんやりながらイメージしているんだ。霊はかなり素直な存在なので、火に焼かれると、そのまま死ななければならないと思うんだ――死ぬというか、行くというか」


「な、なるほど……」


「だから今も、火が出たところとは逆の方向に向かってる。館中見回る時間はないから、適当にポイントポイントに貼って帰ろう」


 こんなに洋風チックな館に、あの和風バリバリの札を貼るってのはちょっと不思議な気分だな。まあ見えないところに貼るんだろうけど。高いもんばかり置いてあるんだろうに勝手に歩き回らせてくれるなんてやけに信用されているな、と思ったが、よく見たら一定間隔で監視カメラが付いていた。部屋のなかにもおそらく設置されているんだろう、そういえば六年前までは一般の人が入館できたんだっけ。あの「事務室」から、遠隔で見えるようになっているのかもしれない。見た目よりもハイテク。


 早速二階は『回覧室』と書かれた札の下がった扉を開き、部屋のなかを歩き回り始めた。立派な書見台がいくつか置かれた部屋だった。面白いもんだなー、見学に来た甲斐があるってもんだ。


「しっかし、すごい数の本だな。あ、『本は大事にお手に取って下さい』だってさ。見てもいいってことかな?」


「構わないんじゃないか? 俺も今、いくつか動かしちゃってるし……」


 二階は棚からいくつか本を出し、奥のほうを物色している。ああやって、怪異が隠れていないか確認しているんだろう。本はひとつひとつ、どれもしっかり『西洋の貴族の家にありそうな本』って感じで製本されている。背が硬い、っていうのかな。カバー部分もしっかりしている。順番に一つずつ開いて書見台に乗せてみる。こんなにじっくり読書するのなんて初めてだ――と思ってわくわくしたもんだったが、残念、考えてみりゃ当たり前だが本の中身は横文字だった。ぱっと見読めなかったから、どうやら英語ですらないようだ。アルファベットっぽい文字ではあるが。一冊目は植物に関する本のようだった。二冊目は筆跡に関する本だろうか……三冊目はほんとに文字ばかりで何を語っているものだか全くわからなかった。四冊目に至っては、文字部分が一部欠けていた。まったく全部書かれていないというわけではないから何か意味があるんだろうが、読めないからサッパリなんのこっちゃか分からない。空きがあるってことは、問題集とか計算ドリルとかなのか?


 ……なんてふうに色々俺が物色している間、二階は真摯に仕事をしており、五分ほどで作業は終了した。


「よし、次の部屋に行こう」


「おうー……ん、今日は『働け』って言わないのな」


「一人分の時給しかもらっていないし。それに、多分この仕事、俺にもそんなに期待されていないと思う」


 二階がお札のしまわれている透明ジッパーを、丁寧に丁寧に閉じながら言う。おれにはミミズのようにしか見えない文字が書かれた茶色の古紙たち。


「え、どーゆーこと?」


「ここの人、洋風趣味だろ、どう見ても。ロザリオが飾ってあるし、そこの瓶の中には聖水が入ってる。まあ、念のため自国の対処も試してみるか、って感じなんじゃないかな」


「でも、そもそも霊はいないんだろ?」


「霊が一切いない場所なんてないよ。だからこの館か、館近くか、どこかに何かはいるだろう。悪霊かどうかは知らないけど……どちらかというと、気になるのは、いくら安いとはいえ、なぜ俺が呼ばれたのか、ということだが……」


 ふーん。というか。


「お前って、安いの?」


「……まあ。教会からエクソシスト呼ぶよりは、かなり安いと思うが……」


 そ、そうなんだ。フリーランスになってもやっていけるんじゃないかコイツなら。俺みたいに、出来る仕事に変に偏りがあるわけでもないし、自己管理もできてるし。


 ……今は、風邪っぴきだけど。


「……てゆーかさ」


「なんだ? さっきから」


「お前、薬飲んでるんだよな?」


「飲んでる。だから運転していただいている。どうもありがとう」


「い、いや、そういうこと言わせたいわけじゃなくて……それでも鼻がぐずってんのって、なんなの? 普通、花粉症って薬飲めば一応落ち着くんじゃないっけ、人によるの?」


「……」


 二階は、黙った。考え込んだ。こんなに何かに納得している二階は珍しい。前回の中学校の仕事以来、二回目だろうか。


「いや、たしかに……なんか、医者にかかればとりあえずなんとかなるような気がしていたが……市販薬ではあるけど、こんなにも何も効能が感じられないというのは、すこし……」


 不思議だ、と二階は訝しむように考え込んだが、しかし結局なにも答えが出なかったらしい。ため息をついて、部屋を出て、また廊下を歩き始めた。


 二階が、医者にかかればとりあえずなんとかなるような気がする、と言うのはなんだか面白かった。大抵のお客さんは、二階にかかればとりあえずなんとかなるような気がする、と思って、心霊現象調査をお前に頼んでいるような気がするから。洋風とか和風とかさ、そういうことじゃないんだよ、多分。

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