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014


「で、どーする?」


 正直もう、時給分は働いた。

 まるまる四日の契約だから明日までは来なくちゃならないが、水道管の不調は適当に報告すれば問題ない。半分は霊の仕業、半分はパーツの劣化、とかなんとかで。


「報告書なら、俺作れるぜ。

 前が手帳にまとめてたマップ、あれも清書して参考資料として付ければ、もう十分だろ」


 そもそもこの学校の超常現象を全部どうにかしろとは言われていない。

 たった四日の時給の仕事にしては、菅原さんの件まで解決できたのは上々とも言えた。


 結構危ない霊がたくさんいるようだから、たぶん本格的な霊媒師を呼んだほうがいいですよ、このマップご参考まで、という報告程度でぜんぜん許される。真面目な二階の責任感だって、そこそこ解消されるってもんだろう。と、思うんだけど。


「藤田」

「ん?」

「頼りにしてもいいか?」

「頼りって?」


 嫌な予感がした。基本的に120%を目指す奴なんだよなあ、コイツは。


 案の定、二階は言いづらそうに黙っている。今頃頭ん中で言葉を選んでいるんだろう。

 だからといって優しくこちらから水を向けてやろうとも思えなかった。


「いやいや、時給分は働いただろ? 菅原さんも祓えたし」

「そうなんだが……」

「昨日の夕方のアレ、見ただろ。っつーかお前のほうがよく見えてただろ?」

「うん、たしかに……」

「あれは――俺たちの手には負えない」

「……そうでもないさ。まだお前がいる」

「俺ぇ?」


 まさかの提案に、声が裏返ってしまう。

 いやいや、こういう時にお世辞でごまかすタイプじゃないだろ?


「一つ策があるんだ。お前に手伝ってもらえれば、もしかしたら……」


「あのな、時給の仕事だぞ。お前が吐いてまでやるようなことじゃない。

 ――対処が分かりゃあ、それで十分だろうが」


「対処?」


「そりゃ、水に近づかないとか、なんかあったら霊媒師呼ぶとか……」


「学校で過ごしてて、水に近づかないなんて不可能だ。霊媒師は良い手かもな。

 しかし、霊が出たからといって、消防車みたいにすぐ駆けつけてくれるわけじゃない」


「……まー、そうだけど」


 少女の霊。やけに感傷的だった二階の横顔を思い出した。

 ……俺には、霊は見えない。その見えなさが、見える誰かの役に立つとして。


「でも、全員祓って回るわけにはいかねーぞ」


「それは、分かってる。

 だからあと一人だけでいい。祓う必要もないかもしれない」


「これを言ったらおしまいかと思って黙ってたが――たった一人祓ったからって、だから何なんだ。

 お前の手帳の×印、見てみろよ」


 二階は手帳を開かない。でも、俺が言いたいことは分かっているはずだ。

 勿論俺だって、本当に馬鹿正直に手帳を見てほしいと思ってたわけじゃない。


「たった一人。たしかにそうだな。

 でも、菅原さんだってその『たった一人』だった」


「……うん、まあそうだけど」


「勿論限度はある。これは時給の仕事だろ? 時間いっぱいで良い。

 全部を祓おうとは思っていないし、実はそうするべきでもないんだ。

 でもこの長髪の幽霊のことはどうにも気になる――だから、手伝ってほしい」


 二階は手帳を俺に向けて開いた。いっぱいのバツ印。

 そのうちのたった一つを除いて、残りの全部を諦めると、コイツは言っているのだ。


 はー、頑固だ。

 結局俺は、二階の考えをちゃんと変えさせたことは、一度もないのかもしれない。

 誰かと仕事をしていると、相手について分かりきっているはずのことを、もう一度しっかり分からせられる時がくる。


「――で、俺は何すりゃいい?」


 返事代わりにそう言えば、二階は苦笑いしながら素直に言った。


「ありがとう」


 まったく、感謝だけは素直にするやつなんだよな。

 と、これもまた分かり切っていることだ。


「危険な目には遭わせない。二人で長髪の幽霊に会いに行くんだ。

 呪いを知り、それを菅原さんに伝えていることからしても、おそらく相手は話の通じる霊だ」


「……さっき、霊は俺たちとは別の原則で生きてるから話通じない、みたいなこと言ってなかったか?」


「それでもあの少女と話は出来ただろう。長髪の霊も同じく、会話が可能だと思われる。

 もちろん原則の違いを考慮する必要はあるが、おそらく基本的な言語理解能力はあるものと見做していいはずだ。また、少女に呪いを託しているところからして、ある程度の共感力や思考力があるようにも見受けられる。そして、状況的に、おそらく本人は夜から出られない可能性が高い」


 たしかに、長髪霊の本人様は《昼》にはお目見えしてないもんな。


「俺が対話して、お前が護符を投げる。相手からお前は見えないはずだから、事前に合図を決めておけばタイミングも図れるし、それほど難しいことでもないはずだ。だから、会うことさえできれば……まあ、これが一番難しいんだが」


「会えるかって、その長髪に?」


「そう。話さえできればいいんだ。そうすれば呪いの条件を聞くことができるし、どうして彼女に呪いをかけたのかも分かるから、その論理を紐解いてやれば再発を防げる。

 つまり、こちらの世界の原則の部分を教えてやるんだ……祓ってもいいし、すでに定着しすぎている霊ならそのまま残しておいてもいい。とにかく同じことが起きるのを防げるんだが……会えさえすれば」


「ん? てことはさー」


 ふと俺はひらめく。というか、ひらめいたというのも烏滸がましいぐらいのことだけど。

 じゃぶじゃぶじゃぶ、と泡を立てる。この石鹸、普通にいい匂いだな。


「これでよし。夜になればあの幽霊、ここに石鹸作りに来るんじゃね?」


 そこで奴に質問すればいい。という俺の提案に、相棒は顔を顰め、しかし納得したように頷き、踵を返して校長のほうへ向かった。


 仕事熱心な野郎だなあ、と口笛を吹く。十五メートル先で、相棒が俺のほうを振り返って睨む。


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