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001


 大きくため息をついた。見上げたボード状の天井が、まさに『学校の天井』って感じがしてさ、二十年前を思い出してちょっと懐かしくなっちゃった。実はここは俺の母校でもあるんだな。


「おい、腰痛か?」


 腰に手を当てて反っていた俺に、機嫌の悪そうな相棒の声が降りかかる。

 まったくもー、別にサボってたわけじゃないっての。


「ご心配どうも。なにか見つかった?」

「こっちに来て手伝え」


 俺に出来ることなんてほとんど無いのになあ。正直なところ、いくら便利屋とはいえこういう依頼はちょっとうんざりしてるんだ。


 またもや心霊調査の案件だった。

 俺と二階が、相棒として組まされた。


 二階は黒髪長髪のなかなか美麗な男で、和服を着れば陰陽師のコスプレ程度には見えるし、スーツを着ればちょっと怪し気なバーテンダーにも見える。生来の生真面目さが顔の作りにも表れていて、この男には霊能力があります! と言われたら誰でも「まあそうかもな」と納得してしまいそうなオーラがある。


 対して俺は茶髪長髪、背だけは二階と同じ位あるからぱっと見似たような容姿なんだが、この夏サーフィンしちまったから少し日焼けしているし、なにより中身が違いすぎる。


 雑なことが丸わかり、霊も()()より()()って表現したほうが妥当そうな大雑把さ。髪だって、二階みたいにちゃんと櫛通してればそれなりにキチンとしてる男に見えんのかなー、と思ったりもするんだけど、でも結局中身が伴わないんなら、あんまり意味ないよーな気もするし。


「藤田、なに考えてる」

「いや、二階ちゃんってリンス何使ってる?」


 はーあ、と二階は大きくため息をつく。

 そんなに大きくしてみせる必要もないくせに、大げさで嫌味な奴だ。


「お前も時給分働け」

「はいはい」


 ――といっても俺には霊感はない。あるのは相棒のほうだけ。


 ま、『霊感が一切ない』っていうのもある意味便利ではあってさ、態度は不遜なのにスピリチュアルなことにかけては結構繊細な相棒くんが入れない祠に俺は入れたり、破れないお札を俺は破れたりするってわけ。だから俺とコイツはこういう時によく組まされる。


「で? なんなんだっけ、この中学校の問題」


「てんこ盛りだな。七不思議、巨大な蛇の妖怪、体育館横の祠、グラウンドから這い上がる小指の骨、動く絵、寄生する化物……思いつく限り、大抵の怪談話はある」


「はー。今回の依頼事項は?」


「水回りの故障。色々ある怪談話には、とりあえず合理的な理由をつけているらしい。七不思議は子どもの空想、いるのはただのでかい蛇、祠の近くは足場が悪いから人がよく転ぶだけ、絵は誰かが悪戯していて、生徒に化物が寄生していたかのようにみんなが思い込んでいるのは集団ヒステリー」


「正常性バイアスというか。明らかになんか()()だろ、それ」


「そう。だんだん校長たちも受け入れきれなくなってきたんだろう。水道管の頻繁な故障にはまだ理由付けが出来ていないということで、工事のための調査半分、心霊調査半分、で俺たちが呼ばれたと」


「……なーるほどな。じゃあどっちの回答をしても良いわけだ」


 正直なところ、パイプ管の劣化のせいにして帰っちまうのが一番楽だ。

 しかし真面目な相棒にそんな選択肢はないようで、さっきから学校中を走り回って『理由』を必死に探していらっしゃる。


 二階は今、廊下の手洗い場を覗きこんでいる。そんな平凡なとこよりも理科室の人体模型のほうがよっぽど怖そうだったけどなー。しかし霊感のあるコイツがスタスタここに向かったことを考えると、多分霊はここにいるってことなんだろう。


「ここ、俺の母校でもあるんだ。二階って中学校この辺?」


「俺は中学校には行っていない」


「え?」


「そんなやつもいるんだよ――そろそろ、仕事中だと思い出してくれないか?」


 はいはい。とはいえ。


「何すりゃいいの?」


「何もかも怪しいが、どうも水回りに原因があるような気がしてならない。俺の目から見て怪しいところを挙げていくから、お前がどう感じるか教えてくれ」


「ほいほい」


 ただ感想を言うだけでいいなんて、楽な仕事だ。最近、スピリチュアル方面の依頼ばかりが多くてさ。ま、時給の仕事はある意味楽ではあるから良いんだけど。


 除霊系の依頼は、完了・未完了の基準が人によって違って難しいもんだから、原則的に成果報酬型の料金設定にはしていない。祓えても祓えなくても、二時間二人で一万五千円、としておくほうが分かりやすい。相棒曰く、ちゃんと祓っとるわ! ということらしいけど。


「ここから蛇口を見ると、自分と目が合う。かなり気持ち悪いんだが、どう思う?」

「映り込みってこと? んー、角度の問題か? 目なんてどこにも見えないけど……」


 俺がそういうと、二階は手元の手帳に一行、何かを書きつける。重要そうに花丸までつけている。しかし何が書いてあるのかは、俺には分からない――何故なら何語なのかもよう分からない横文字なので。日本の霊は大抵日本語しか読めないので、こうしておけば情報を盗み見られることはないとのことだ。いや、英語得意な霊だっているだろ……ってか、仕事仲間である俺も読めねえんだけど。


「お前だけに見えるってことは、これは心霊現象?」

「多分な。ここに金魚いるの見えるか?」

「そこ水ないじゃん、いねぇよ。聞かなくても分かるだろ……」


 こういうふうに、聞いてるだけで寒くなってくるような質問に付き合いながら学内を歩く。


 狛犬の目は俺には普通に見えたし、ピンク色の虫なんて影も形も見えない。パプリカは普通に美味しそうだし、踊る埃など何処にもいない。花瓶に挿してあるのはただの可愛らしい()()たばだし、当たり前だけどのっぺらぼうなんていない。足首たちが見えるか? と言われたときにはさすがに「見えるわけねえだろ!」と叫んでしまった。なんだこの絵? と二階が恐ろし気に見ているのはただの長閑な風景画だった。ほんと何が見えてんだよ、とちょっと可哀そうになってくる。


「マジでてんこもりじゃねえか」

「うーん。あまりに盛沢山(もりだくさん)で、時間配分をミスしたな。これじゃあ、根本原因まで辿り着けないかもしれない」


 スタート地点の手洗い場に戻ってきたときには、すでに四時間以上が経過していた。


 これでもかなりショートカットしたほうだ。体育館横の祠なんて、二階はその下に何が埋まっているのか見たいとまで言い出した。さすがにそれは呪われても文句言えねーからナシで、と五分ほど抗議して諦めてもらった。泥仕事もさせられて、身体中子犬みたいに泥んこだ。


 手でも洗うかと、緑色のネットに入った石鹸をひとつ手に取る。こういう一つ一つのアイテムがめちゃくちゃ懐かしいよな。中学生のころは日常だったのに、学校から出るとあんまり見なくなる。この、ちょっと背の低い手洗い場もなんだかノスタルジーっていうか。


「あ」


 と、二階がふと手帳から顔をあげて呟いた。


「ん?」


「それ、あまり使わないほうがいい」


「それって、これ? 石鹸? なんで?」


「多分、女の怨霊か何かがここにいるから」


「どうして女?」


「まあ、男でもいいか。とにかく髪が長い怨霊だ」


 へー。で、なんで? と聞こうとして俺は、あまりにナゼナゼと聞きすぎている自分の浅さが嫌になった。でも分かんないんだから聞くしかないよな。もうちょっと、こっちが貧相な気持ちにならないように、丁寧に話してくれりゃいいのにな。


「どうしてー、髪が長いー、幽霊がー、いるってー、わかるー、んですかー?」


「……少しは大人っぽく話せないのか?」


「こっちはな、分かんねえことばかり質問される一日を過ごしてんだぞ。ちょっとぐらい情報教えろ」


「別に隠してるつもりはない」


 見ろ、と手帳を突き出される。読めないんだっつーの。……と思いつつ一応覗く。殴り書きされた横文字の文章は相変わらず読めねえが、地図のほうなら多少分かる。


「うーん。敷地中、まんべんなく怪談が生じている……って感じ?」


「たしかにそうだ。さらに特徴を探すとすれば、水に関連するところは特に強い反応がある。例外は祠だが、あれも多分下に水が流れているんじゃないかな……」


「……で?」


「で、とは?」


「この石鹸と髪との関係は?」


「ああ、そっちか」


 説明してもらうため石鹸を渡そうとすると、二階は嫌そうに(かぶり)を振った。


「お前がそれを使おうと思ったってことは、普通の石鹸に見えたんだろう。しかし俺には明滅した何かに見えるし、髪をこすりつけているみたいな映像が被さって見える。それにお前がさっきサボってた時、そこのクラスの担任の先生が、『何故か一番右の石鹸だけ誰も使っていないようで、交換した覚えがない』と話してくれた」


「ほー。誰も使いたがらない、ねえ……」


 俺は真っ先に使おうとしちまったけど……


「いや、多分、本当は使われているんだ。しかし回復している」


「回復?」


「夜の間に。理由は不明だが、髪の油で石鹸を作っている霊がいる。一日の消耗量なんて大したことないから、教師は気づかない」


「げっ。じゃあこの石鹸、幽霊の髪の油がついてるってことかよ?」


「まあ別に洗浄能力に問題はないだろうと思うが、ちょっと気味が悪いかもしれないな」


 ちょっとどころじゃねえよ……。


「トラップの多い学校だな。生徒だけでプール掃除禁止、学校で家族を見つけても話しかけちゃダメ、七不思議は噂もするな、何故か赤のヘアゴムだけ校則違反、そして一番右側の石鹸は使っちゃいけない……っと。出来ないことばっかじゃん、不便だなー」


「不便で済むならいいけどな。本当、お前の元気さが羨ましくなるぐらいだよ」


 二階が言う。その顔色を(うかが)いつつ、そろそろ時間かな、と俺は腕時計を見た。今日の契約は五時間だ。残り数十分ほど時間が残っているものの、今回は四日間の帯契約だから、明日辻褄を合わせれば今日多少早く帰ってもかまわない。


「お前さー、もう上がる?」


「はあ? まだ何も掴んでいないじゃないか」


「でも、日没になったら危ないかもしんないだろ。残りは俺がやっとくし」


 ――二階は、霊が見える。


 霊が見えない俺にはよく分かんないことだけど、こいつは心霊スポットにいると明らかに少しずつ衰弱する。衰弱っていうと大げさかもしれないが……俺にとって、だいたい三十三度の炎天下の晴れの日に外を歩いているのと同じような感じ。最初は良いが、四時間もやってりゃ十分キツくなってくる。


「お前ひとりで、それこそ何するっていうんだよ」


「なんかあんだろ。調査写真撮ったりとか、OBやOGに電話で聞き込みしたりとか?」


「時給の無駄遣い」


「あのなあ……」


 ……ま、あんまり意地張らせても可哀そうか。


「正直な話、俺が疲れたんだよ。こんな泥んこになったんだし、顧客への初日頑張ったアピールは十分だろ? 違う?」


 大きく両手を広げて見せる。まあ、なかなか貧相な見た目だ。安物とはいえスーツで来たのにこんなに泥んこ。

 二階は俺を見て、手洗い場を見て、そして手帳を一瞥(いちべつ)して、だいぶ考えてから頷いた。


「……分かった。明日は月曜だし、普段の学校の様子も掴めるだろう。登校する生徒たちの確認のためにも、少し早めに来よう」

「おー。朝は得意だからな、それでいいぜ。じゃ、キー貰ってくるわ」


 学校施設にありがちなように、この学校においても車のキーは全て守衛室に預けることになっている。二階は頷き、再び手帳に視線を戻した。


 ――まったく、仕事熱心なことだ。


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