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第六話

「昨日のことは覚えているな? 葉児」


 比武に赴く準備を進めながら、無功は熱心に言った。


「勝ち方に気を配るんだ。お前の武功は並じゃねえ。そんじょそこらの野郎に後れをとる可能性なんざ万に一つもねえんだ。いいか、手のひらの上で転がしてやれ。遊んでやるんだよ。プロなら、自分がどんなふうに見られているか、客は何を見たがっているのか、そこのところを計算して立ち回るんだ」


「わかってるわよ。少しは参考にするつもりだから。それに」


 葛葉はすぐ隣の芙蓉に顔を向けた。今日も変わらず日差しが熱い。芙蓉はいつもと変わらず白装束に身を包み、陽炎が立つ中、汗一つかかずぼんやりと佇んでいる。


「あたしは負けるつもりなんてないの。どんなイケメンで金持ちだろうと、圧倒して砂まみれにしてやるわ。ま、こんなとこにそんなヤツいるわけないだろうけど」


「そうかい。そいつは頼もしいことこの上ねえな。父親冥利に尽きてしようがねえ」


「一応言っとくけど」


 愛用のフード付きマントをオレンジの衣裳の上から羽織りながら、遮るように葛葉は言葉を被せた。


「あたしが戦うのは、アンタのお酒のためじゃない」


「……フン。今さらだな。重々わかってるさ」


「そう。ならいいの」


「葉児。上等な品ほど高く付く。希少価値があるからな。そしてそれは、この辺じゃお目にかかれねえもんでもある」


 葛葉は返事をしなかった。その代わり、大げさにマントを翻すと、芙蓉と揃ってオアシスの中心部へと足を向けた。 


 ※


「さて、本日はお集まりの皆々さま、貴重なお時間を頂きまして、貧道の講釈に耳を傾けて下さり、幸いなことこの上ございません。私どもは、遠く遠く、西の都長安より参りました旅の一家にございます。都ではかたじけなくも、どうにか仕事にありつくことができ、決して贅沢は叶いませんでしたが、家族三人身を寄せ合って日々の生活を慎ましやかに過ごしておりました。しかしながら、花に嵐のたとえもございます。良民をいたぶる無道の代官によって濡れ衣を着せられ、下の娘を妾に差し出せとの仰せ。もし逆らおうものなら、一家三人引っ捕らえて牢にぶち込んでくれよう、さあ今すぐよこせ、何なら上の娘も情けをかけて引き取ってやっても差し支えないわ、と無理難題の雨あられ。貧道も切歯扼腕することしきりでしたが、なにぶん一介の貧乏道士、お上に睨まれればひとたまりもございません。家族三人、絶望の涙で袖を濡らすしか術がございませんでしたが、天は窮地に陥った民衆に救いの手を垂れたまうもの」


 無功の長口上が始まっていた。辺りにはたくさんの人垣ができ、これから行われるであろう比武に興味津々の様子だ。


 葛葉はフード付きのマントを目深に被り、無功の話をぼんやりと聞き流している。


「ある日、天界におわす九天玄女さまが夢枕に降臨なされ、貧道に一巻の天書をお授けになったのでございます。そこに記されてあったのは、地を裂き天を翔る武芸の奥義。早速娘二人に伝授いたしまして、迫り来る代官の手先どもを蹴散らしたのでございます。これぞまさに、善なる行いには奇縁あり、悪なす者には報いある、といったところ。さて、そういったわけで無事代官の魔手を逃れ、都から脱出した我等一家ではありますが、なにぶん先立つものがございません。これからどのように暮らしていこうかと思案投げ首であったところ、下の娘が言い出したのでございます。『父上、私たちは類い希なる武功を身につけました。今まで養って下さったご恩を返すのは、今をおいて他にはございません。どうか、私に比武招婿をお命じ下さい。きっと素敵な殿方と巡り会い、幸せな家庭を築いてみせましょう。慎ましいながらも、親子ともどもずっと一緒に暮らせるならば、これに勝る幸せはありません』この言葉を聞いて、涙せぬ父親などこの世に存在しないでしょう。実の娘に柔肌を晒させ、剣風吹きすさぶ戦いの舞台に上げるなど、身を切られる思いではありますが、ここで難じては娘の孝心をないがしろにするというもの」


 何が身を切られる思いだ、孝心だ。一体どの口が言っているのか。聞くにつけてもふつふつと怒りが湧く。しかし、それにしても、と同時に葛葉は思うのだ。あることないこと、ここまですっぺらこっぺら話ができるこの不良道士は何者なんだ、と。しかも毎回話が微妙に違うのだ。場所を変えてするのならまだしも、このオアシスでの興行も十数回に及ぶというのに、観客たちもまるで飽きる様子がない。


「そこで私ども一家は、長安を出奔してより、この茫漠たる大地を踏むまでひたすら戦いを重ねて参りました。しかしながら、お聴きの皆様方にはもうおわかりのことと存じますが、下の娘を打ち負かすほどの剛の者には未だお目にかかれておりませぬ。今日こそは娘に相応しい花婿殿に出会えるものと期待に胸を膨らませ、このオアシスを拠点にして生活しておるのでございます。この地には武芸自慢の英雄豪傑、弱きを助け強きをくじく義侠心旺盛な方々が多数通りかかるとも聞き及んでおります。どうか我こそはと思われる方は名乗りを上げてくださいますよう。不肖の娘に武芸の厳しさをご指導いただき、よき嫁、そしてよき妻となれるよう、婦道についてもご指南いただければ幸いに存じます。さあ、さあ。皆々さま、一手ご教授の程をお願いいたします」

 

 長口上が終わると同時に、葛葉は顔を覆うフードつきのマントを脱ぎ捨てた。

 途端、砂漠に感嘆の声が響き渡る。


 腰まで伸ばされた豊かな黒髪が静かに揺れる。雪のように白いかんばせ、凜とした眼差しは、突如砂漠に咲いた一輪の花だった。華奢な肢体を包むオレンジの衣装は肌を惜しげもなく露出させ、葛葉をより官能的に見せている。それだけではない。スカート前面に刺繍された鳳凰の柄が気品を添え、彼女の魅力をいやが上にも引き立てていた。


 取り巻く観衆の近くを、手に盆を捧げた芙蓉がゆっくりと回る。我こそはと思うものは、この盆に参加料を入れねばならない。代金は五十銭。砂漠地帯では決して安い金額とはいえない。葛葉の好物である羊肉の鍋も、一食五銭はかからないのだ。


 無功は愛想笑いを浮かべたまま、風になびく旗の横で立っている。ぐるりと見渡したが、すぐに名乗りを上げそうな者は見受けられない。それもそのはず、オアシスを拠点にしている隊商たちは葛葉の強さを誰よりも知っているのだ。


「よし、オレだ。オレがやる」


 沈黙を破って、人垣から一人の大男が歩み出た。

 人垣がざわめく。


「おい、新参だぜ」


「のようだな。はは、嬢ちゃん相手にどれだけ持つか、見物だぜ」


「他にも来たばっかの野郎はごまんといそうだがな。様子見か?」


 その男はこぶのように盛り上がった両肩をゆすりながら、砂地を踏みしめて芙蓉にに近づいた。腰には二丁の大きな手斧を差している。顔にある数条の刀傷が、その剽悍な性格を表すかのようである。


 芙蓉の盆に銭を無造作に置きながら、男は無功を睨みつけて言った。


「おい、クソ道士。約束を違えるなよ。勝てば、その子を好きにしていいんだな」


 男は品定めをするように葛葉の全身を舐め回した。絡みつく視線に、葛葉の背筋にぞくりと悪寒が走った。ただ、クソ道士には大いに賛成である。


「好きに、と申されましたか。嫁にとって頂くことになりますので、結果的にはそうなりまするが」


 あくまでも笑みを崩さず、無功は答える。 


「ハハハ! なら何の問題もない。女は男の所有物、財産だ。好きに扱うのが砂漠の常識だからな」


 葛葉の柳眉がぴくりと動いた。男の放言が気に障ったのだろう。


 無功はもみ手をしながら愛想笑いを浮かべると、軽く跳躍して「比武招婿」の旗の隣に立った。遅れて芙蓉も盆を提げてやって来る。


 葛葉が腰の剣をすらりと抜き放つ。陽光を反射して、剣尖がきらめきを発した。男も腰の双斧を抜き、軽く打ち鳴らす。


 場の空気が一気に引き締まった、その瞬間。


 砂上からオレンジが姿を消したかと思うと、男は下卑た笑みを貼り付けたまま、うつ伏せに倒れ伏した。


 しわぶき一つ聞こえない。

 何が起こったのか、まるで見当も付かないかのように。

 辺りは静寂に支配されていた。


「おま……! なにやって……!」


 思わずこぼれた無功のつぶやきだけが、この瞬間、砂上に存在した唯一の音声だった。


 葛葉は汚らしいものでも見るような目つきで男の背中を見下ろしていたが、やがて静かに剣を高く掲げた。

 張り詰めた緊張が一気にほどけた。砂上は大歓声に包まれ、砂漠の熱風が葛葉の髪を揺らす。


 男を一瞬で倒したのは、剣尖による点穴である。点穴とは気の流れる関所とでもいえる経絡に外部から気を注入し、行動不能にしてしまう技だ。葛葉は剣尖に内力を集中させ、軽功によって素早く背後に回り、目にも止まらぬ連続突きを浴びせたのだった。


 葛葉が最も得意とする戦法の一つである。


「ざまあみろよ、ほんと。女の子を見下すヤツには、これでも足りないくらい」


 がっくりとうなだれる無功を尻目に、葛葉は脱ぎ捨てたマントを拾い上げた。気分が乗らないという意思表示である。


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