91.分家ビルディン子爵家の次男 1
オレの名前は、テス・レリ・ビルディン。九歳。初等学校三年生。分家ビルディン子爵家の次男だ。
オレの父上は、王宮騎士団の騎士だ。兄上も騎士団の騎士を目指している。オレも将来は王宮騎士団の騎士になりたいと思っている。
だが…。
オレは、次男だ。次男では家は継げない。家を継ぐのは嫡男の兄上。今のオレは、準貴族だが、成人して家を出れば平民となる。
平民では、騎士団に入っても出世は望めない。出世するには準貴族以上の身分と高等学校卒業以上の学歴が必要だから。どんなに頑張っても次男のオレには最初から出世の道がない。
王宮騎士団に入るために高等学校に進学したいと思っているが、中等学校も高等学校も学費は高い。嫡男の兄上は高等学校に行かせてもらえるがオレは厳しい。オレには妹がいるから。妹は準貴族分家ビルディン子爵家の三星長女として高等学校に進学し、格上貴族の本家筋に嫁ぐだろう。
分家準貴族はそんなもんだ。長男に生まれたら家を継げるが、次男以下は平民になる。そして、女の子は格上貴族に嫁がされる。平民になる次男以下に学歴なんて不要だから、中等学校までが多い。三男以下ならば、初等学校までのヤツらもいるくらいだ。
オレは運動が得意だから、上の学校に進学するために体育特待生推薦枠を狙っている。将来、出世はしないだろうが騎士団に入りたい気持ちは変わらない。って言うか、騎士団が一番オレに向いていると思っている。
二年生の時の第一選択授業も、三年生になってからの第一選択授業も第二選択授業も全部体育を選んだ。選択授業で体育を選ぶヤツはそんなヤツらが多い。次男以下、準貴族以下のヤツらだ。長男でも下の弟妹のために家計の負担を減らそうと特待生推薦枠を狙っているヤツらもいる。
今日の第一選択授業は、体力作りのための長距離走だった。学校の外周を七周約7km走る。長距離を走るのは得意だ。短距離よりも自信がある。オレは最初から飛ばした。だが、どうしてもオレの前を走る女の子に追い付かない。ついていこうとしてもどんどん離されてしまう。結局、最後まで追い付くことなく彼女に勝てなかった。
「はぁはぁはぁはぁ。やっぱり。はぁはぁ。速いなぁ~、フィアレアラ様。はぁはぁ。オレ、小さい頃から体力に自信あるのに。はぁはぁ。オレ、男なのに。はぁはぁはぁ~~。」
オレがゴールした時にはフィアレアラ様はとっくにゴールしていて涼しい顔をしていた。
「男児ではテスが一番じゃない。」
そうだけど、そうなんだけど、フィアレアラ様に勝てない。みんながゴールするのをして待っている間に話をしていたら、体育特待生推薦枠の話になった。
「全額免除狙わないの?」
そう聞かれて『ドキッ』とした。オレは勉強が嫌いだ。だが進学するためには勉強は必要。必要だけど必要最小限にしたい。全額免除ならば、学力も上位でないといけない。苦手な勉強するくらいならば、体力付けて半額免除でいいかな、とそう思っていた。
「テスは、『ジンクス・レリ・マ・イットー』って知ってる?」
フィアレアラ様は『ジンクス派』の祖の話をして、夢を叶えるためには努力が必要だと言った。それはその通りだ。『ジンクス派』の祖『ジンクス・レリ・マ・イットー』は分家侯爵家の次男の次男の平民だったなんて知らなかった。オレは、カッタル派イットー流だが、仲のいい友人のアレクは、ジンクス派だ。分家侯爵の次男の次男で平民だった彼が如何にしてそんなに出世したのか興味を持ったオレはアレクに『ジンクス・レリ・マ・イットー』について詳しく聞くことにした。
………………
「アレク、ジンクス派の祖の『ジンクス・レリ・マ・イットー』って平民だったって知ってる?」
「うん。知ってるよ。とても優秀で伯父の養子になって分家イットー侯爵家を継いだらしいよ。」
「次男の次男だったって聞いた。子どもの頃からよっぽど優秀だったんだろうね。」
「あまり詳しくは知らないけれど、テスが興味あるならば、うちの道場に来ればすぐに分かるんじゃないかな?」
「オレ、カッタル派だけど、行っていいの?」
「うん。ジンクス派は、他流派OKだからね。行くのも来るのも。」
我が国の五大剣術流派の一つイットー流は、とても大きな流派だ。五大流派と言われているが、半分以上イットー流と言っても過言ではない。
イットー流がとても大きな流派になったのは、本家イットー流の分流である『カッタル派イットー流』が多くの優秀な門徒を騎士団に送っているからだ。騎士団に入りたければ『カッタル派イットー流』と言われているくらい騎士団育成に特化している。
そして、もう一つの分流派『ジンクス派イットーイナコ流』。この分流派はイットー流とイナコ流を合わせたような新しい流派で、完全なイットー流とはいえないが、今の三星以下の主流になっている。男性だけでなく女性も多い。開祖は、分家イットー侯爵出身で、一代限りだが特別騎士爵の爵位を得、騎士団長にまで上り詰めた男『ジンクス・レリ・マ・イットー』。
騎士団を目指していたオレは、ジンクス派には興味なかったが、フィアレアラ様と話をして平民だった彼がどうして後世に名を残すまで出世したのか知りたくなった。