必然ナ再会
紺のボストンバッグを膝の上に乗せたまま、虎太郎は流れる景色をぼんやりと眺めていた。
ごうごうと風の切れる音が、分厚い車窓に遮られて鈍く響いている。
説明会へ向かうために乗ったものと同じ車で、同じルートをたどっているにも関わらず違って見えるのは、おそらく心のあり様が違うからだろう。
「虎太郎くん、嬉しそうだね」
ふと、隣の運転席から杵築が声をかけてきた。
虎太郎は自分の表情を見られていたことに恥ずかしさを感じつつ、素直にうなずく。
「正直、やっていけるかどうか不安ですが、同じくらいワクワクもしています。今までずっと与えられた道ばかりを歩んできたので、生まれて初めて自分の人生を歩んでいるような心地がしています」
「あはは、虎太郎くんは難しいことを言うね。でも、君がそう思ってくれていることは、学長である僕としては嬉しい限りだよ。人生は他人に決められるものではないからね。そうやって自分の信じる方を選択して、一歩ずつ歩んでいったらいいよ」
桜舞う春の空を見上げながら、虎太郎は笑顔を浮かべた。
「はい。ありがとうございます」
世の中にはどうしようもない大人がいて、生産性のないことばかりする。
けれど、世の中には他者を救い上げてくれるような素敵な大人も確かにいて、杵築がまさにそんな大人だった。
困っている人に手を差し伸べ、新たな道を示してくれる。
早くも虎太郎は、杵築との出会いに喜びを感じていた。
説明会から数か月が経った今日、虎太郎はついに施設を出る。
通っていた中学を転校という形で辞め、学校と施設に置いてあった少量の私物をまとめ、ついでに寝泊まりしていた自室の掃除も終わらせた。
立つ鳥跡を濁さずの言葉に従ったというよりは、自分の中でしっかりと区切りをつけるためだ。
それからささやかなお別れ会を済ませ、ちびっ子たちと涙ながらに「また会おうね」と言い合った。
寂しさはあるが、永遠の別れではない。
落ち着いたら会いに行くと、虎太郎は口約束を交わした。
さんざん虎太郎に嫌がらせをしてきた和希たちは、突然のことに動揺している様子だった。
多分、虎太郎が虐めが原因で施設を出ると勘違いしているのだろう。
部屋の隅に縮こまって青ざめている彼らの姿は、正直言って愉快な光景だった。
では実際に虎太郎が虐めをスタッフに告発したかと言えば、ノーだ。
ちびっ子たちのこともあるので念のため豊永さんには伝えておいたが、大っぴらにするつもりはない。
根掘り葉掘り聞かれることが億劫だったというのもあるが、それ以上に傷ついていたと思われるのがシャクだったからだ。
効果があると和希たちが感違ってしまえば、やがてちびっ子たちに同じことをするだろう。
それだけは避けなければならない。
(豊永さんに言ったとき、俺以上にショックを受けた顔していたからな。他のスタッフに言わなくてよかった。……よし、もう和希たちのことを考えるのは止そう。なんて言ったって、これからは孤児の虎太郎じゃなく、神獣使いの虎太郎になるんだから)
こうして、同級生が新中学三年生として入学式に参加する中、虎太郎は御先堂の生徒として、そして組織の一員として式に出る。
虎太郎は緊張と興奮でドキドキとうるさい心臓を宥めつつ、車を降りた。
そのまま杵築とともに講堂に向かう。
中に入ると、説明会に参加していた十三名の男女がポツポツと座っていた。
今回は席がきちんと決まっているようで、黒板に座席表が張り出されている。
虎太郎は自分の名前を見つけると、席番号を頼りに席に着いた。
「若草の緑がまぶしい季節になりました。御先堂第75回入学式にあたり、全教職員、そして組員を代表し、皆さんの入学および加入を心から歓迎いたします。本学は高等学校として機能しつつ、『神獣使い』の組員を育成することを目的として設立されました。組織は皆さんのように十代の若い層から還暦間近の者までと年齢層が幅広くあります。ここにいる新入生十三名には、勉学に励みつつ、様々な世代の組員たちとともに国民の安全を守るべく責務を全うしていただきたいと存じます」
学長である杵築からの式辞は、普通の学校のものとは程遠かった。
けれど、それがこれから虎太郎たちの日常になるのだろう。
そのことをことさら実感し、虎太郎は胸を高鳴らせた。
「組織は全十四チームに分かれており、基本的に二人組で任務にあたります。ペアはこちらで編成しますが、何か問題がある場合は自身のチームのトップに相談してください。それから、任務は近場で行うこともあれば、遠方まで赴いて遂行してもらうこともあります。学業に支障をきたすことのないよう、こちらでも精一杯サポートいたしますので、これからよろしくお願いします」
丁寧に一礼する杵築に、虎太郎を含めた新入生が小さく礼を返す。
このまま教壇を下りるかと思ったが、杵築は再びマイクに口を寄せた。
「それでは組員代表の皆さん、入ってきてください」
杵築の一言で、講堂の重たい扉がゆっくりと押し開かれる。
ぞろぞろと中に入ってきたのは、やたらオーラのある中高年の男女と若い青年たちだった。
若い方が中年者の後ろに付き従うような形で整列する。
「前列にいらっしゃる方々が各チームのトップであり、我々の間では『主任』と呼んでいます。そして後列がさきほど私の言った、君たちのパートナーとなる先輩です。彼らとは師弟として、また無二のパートナーとして、強固な信頼関係を築いてほしい。では、あとの説明や宿舎への案内は各チームに任せます」
そう言って講堂を後にする杵築に、一同は一斉に頭を下げた。
ドアが閉まって数秒の沈黙ののち、紹介されていた人たちが黒板に貼ってある座席表を確認し始めた。
すぐに会場はざわざわと話し声で溢れ、早い所では新入生と自己紹介を始めているところもある。
どのチームも穏やかな空気が流れる中、虎太郎の方にも近づいてくる者が二人。
一方は杖をついた四十代半ばの男性で、右頬に遠目でもわかるほどの大きな傷跡がある。
もう片方は細身で長身の若い男だった。
ふわふわと亜麻色の毛先を遊ばせている、なんだかチャラそうな外見の青年。
その若い方が、こちらに向けてブンブンと大きく手を振った。
「やあ、偶然だね」
そう言ってにこりと笑いかけてきたのは、チャラそうな青年もとい以前ばったり出会った組員、泉大雅だった。