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夜ふかしのすゝめ  作者: 桜野 佳宵
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小サナ兆シ

 封筒を受け取った虎太郎は、中身を取り出して目を瞬かせた。

「予備校のパンフレット?」

「そうだよ。私の経営する予備校の。あまり知られていないんだけど、実はうちは学校としても機能しているんだ」

 杵築(きつき)は人差し指をちょいちょいと動かし、ページをめくるよう促す。


 素直に従って、虎太郎はパンフレットの一ページ目を開いた。

「国内初の試み、高等学校と予備校の併設……」

 赤い文字で書かれたキャッチフレーズが目に飛び込んでくる。

 その下には、ある条件をクリアした生徒のみ進学コースに通うことが出来るという趣旨が(つづ)られていた。


「そこに書いてある通り、うちの進学コースは一定の条件をクリアしていないと入れない。この話は後で話すから、一旦置いておくね」

 虎太郎はひとつ頷いて、それから首を傾げた。


「どうして予備校と学校を一緒にしたんですか?」

 そもそも予備校は専門学校と同じ「専修学校」の扱いだ。

 まったく系統の違う二つをくっつける意味はあるのだろうか。

 そんな疑問をぶつけると、杵築は「いい質問だ」と頷いた。


「進学コースは、予備校と違って勉学の他に特殊な仕事が課せられるんだよ。組織の一員としてね」

「特殊な仕事?」

「うん。その仕事はかなり機密性の高いものでね。申し訳ないけど、ここで全てを話すことは出来ないんだ」

「……そうですか」

 虎太郎が簡単に身を引くと、手応えの無さでも感じたのか、杵築は慌てて口を開いた。


「で、でも決して怪しい仕事じゃあないよ? 君もすでに組員と会っているはずだから、わかると思うけど」

「組員に僕が……?」

 ワタワタと言い募る杵築に、虎太郎は眉をひそめる。

 果たして、自分はそんな怪しい人間と会っただろうか。


 うんうんと唸りながら記憶の糸をたぐる。

 しばらくして、虎太郎の脳内に昨日の出来事が思い浮かんだ。

 しゃべるオオカミやおぞましい化け物、そしてヘラヘラと笑う青年。

(あの人、たしか陰陽師みたいな仕事をしているっていっていたよね。あの人が組員? ……だとしたら。なんかその組織、チャラい人がいっぱい居そう)

 余計に胡散臭い印象になった。

 

「うわっ、なんかさらに怪しまれてる!? なんで!?」

 じとりと虎太郎に見つめられて居た(たま)れなくなった杵築は、ゴホンと咳払いを一つ落とした。


「たしかに、うちの組織は今までの常識を(くつがえ)さざるを得ない存在かもしれない。でも、この組織に入れば、確実に君の生き方を変えられる。全寮制だから寝る場所の心配もいらないし、仕事代だってきちんと出る。もう人に自分の人生を左右されなくて済むんだ」

 そこまで言って、杵築は虎太郎の目をまっすぐ覗き込んだ。


「少しでも興味を持ってくれたなら、今日これから行われる説明会に参加してほしい。……どうかな?」

 そう問われて、虎太郎は戸惑った。

(なんでこの人はこんなに必死になってくれるんだろう。赤の他人なのに)


 それに、正直自分がどうしたいのかよく分からない。

 たしかに施設は出たかったけれど、だからといって今の生活から抜け出せると思ったことは一度もなかった。

 不意に、黙り込む虎太郎を見かねたのか、園長がパンフレットを握る虎太郎の手に触れた。


「このままの生活で良いのなら、私たちは喜んで君をサポートする。だけど、これは一つのチャンスだと思うんだ。君が自分の価値や生きる意味を知ることの出来る、ね」

(生きる意味……)


 人生山あり谷あり。

 ふと、虎太郎はこの言葉を思い出した。

 もしかしたら、これは渓谷から這い上がるための一世一代のチャンスなのかもしれない。

 両親のいない孤独な自分。

 なんのために生まれてきて、誰に必要とされて生きているのか分からないまま、虎太郎はただ淡々と人生を歩んできた。


(このまま意味もなく生きるくらいなら、どんな仕事であっても人の役に立ちたい)

 その瞬間、虎太郎の返事は決まった。

「説明会、参加させてください」


 初めて虎太郎の人生に差した、一筋の光。

 それを逃さぬため、そしてその光が紛い物でないことを見定めるため、虎太郎は新たな道に足を踏み入れることとなった。

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