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夜ふかしのすゝめ  作者: 桜野 佳宵
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急ナ邂逅

 暴行を受けた日から、いじめは更にエスカレートしていった。

 金を要求されたり、先生からの頼み事を押し付けてきたり、いじめっ子の見本のような動きをする彼らにただただ呆れるばかりだ。

 曲がったことが嫌いな虎太郎は、もちろん全て拒否した。


 先生たちの監視の目を気にしているのか、和希たちは学校で手を上げることはない。

 それに気づいた虎太郎は、それはもう堂々と過ごしていた。

 まぁ、施設に帰ってからお釣りの出るほどお返しされるが。

 それでも、やられっぱなしでいるより余程マシだった。


「あーあ、帰りたくないなぁ」

 日が沈みかけて藍色に染まった空を見上げながら、虎太郎はポツリと呟いた。

 肩に指定のスクールバッグをかけ、学ランに包まれた体を嫌々ながら動かす。

 稲の刈り取りを終えた田んぼを眺めるフリをして、できるだけゆっくりと歩く。


 明日は土曜日で学校がない。

 つまり、一日中施設のヤツらと過ごさなければいけないのだ。

 余計に帰りたくない。

(せめて他の施設みたいに個室だったらよかったのに。なんで四人部屋? しかも、高校に上がっても二人部屋だし)


 幸い、和希らの一味とは一緒の部屋ではないが、ルームメイトたちとの仲は良くない。

 というより、虎太郎と関わりたくないように見える。

 それが彼らの本心からなのか、それとも和希たちの命令なのか、分からないし分かりたくもない。

 

(あと一年と数ヶ月で二人部屋、さらに三年我慢すれば一人暮らしができる。それまでの辛抱……)

 そんなことを去年も考えていたな、と虎太郎は苦笑した。

 去年より一年少なくなったけれど、まだまだひとり立ちするには長すぎる年月だ。

 早く立派な大人になりたい。それが虎太郎の願いだった。


「そのためには勉強を頑張らないと。……ん?」

 バッグを持ち直そうとしたとき、ふと目の端で何かが動いた。

 田んぼとは反対側の、茂った森の中だ。

 乱雑に生えた木々の合間を、黒い影が物凄いスピードで駆け抜けている。


 シュンシュンと風の切る音がして、草同士の揺れて擦れる音も交じる。

 黒い影はすぐにいなくなったので、虎太郎はタヌキか何かだと判断して肩を竦めた。

 田舎なので、こういうことは割とよくあるのだ。


(でも、足音がしなかったな……)

「うわっ、ぶつかる!!」

「え?」

 考え込んでいた虎太郎は、突如聞こえた声に顔を上げた。


 同時に、森の中から人影が飛び出して来る。

「ぎゃあああ!!」

「わっ、ちょっと、待っ──!」

 避けようと足に力を入れるも、時すでに遅く。

 情けない叫び声をあげる人影とともに、虎太郎は地面を転げた。


 砂埃が舞い、反射的に目を瞑る。

 口の中が砂でジャリジャリしていて気持ち悪い。

 顔を(しか)めつつ身を起こし、虎太郎は自分の体をチェックした。

(怪我はなし、と。……で、何が突進してきたんだ?)


 砂埃の落ち着いた頃を見計らって辺りを見回すと、すぐ近くに長身の男の体が落ちていた。

 虎太郎よりは年上だろうが、若い男だ。

 半身が田んぼの中に突き刺さっている。


「いててて。……うっわ、収穫後で良かった。危うく泥だらけになるところだったわ」

 のそりと起き上がった巨体が、ボソボソと早口で(まく)し立てる。


 その様子をジッと見ていると、視線に気づいた青年は虎太郎の方に視線を向けた。

「あ、ぶつかった子か。ごめんね? 怪我なかった?」

「まあ、はい」

 一応年上のようなので敬語で答えると、青年は満面の笑みで頷いた。


「そっか、良かった」

 良かった良かったと繰り返し、それから何かを探すように辺りを見回しながら立ち上がる。

 森の方をチラリと見た彼は、髪を掻きまわし、困ったように口をへの字にした。


「うーん、逃がしちゃったか」

 色素の薄い髪をぐちゃぐちゃにしたり直したり、忙しなく右手を動かしている。

 深く考え込んでいる青年を邪魔しないよう、虎太郎は立ち去ることにした。

(よく分からないけど、話しかけられたくなさそうな雰囲気醸し出しているし。挨拶だけして去ろう)


 虎太郎はスクールバッグを拾い上げ、青年の方を向いた。

「あの、それじゃあ俺はこれで──」

 虎太郎が言い終える前に、再び森の中に黒い影が現れた。

 シュンシュンと音を立てて、大きな影がこちらに向かってくる。


「ひっ」

 小さく息を呑む虎太郎の横で、青年の驚くような気配がした。

「えっ、君、あれが見えるの?」

 だが、今の虎太郎には青年の質問に答える余裕などなかった。

 

 あの影の正体を虎太郎は知っていた。

 幼い頃からずっと虎太郎を悩ませている化け物。

 他の人には見えず、呻き声も聞こえない、けれどたしかに存在しているもの。

 室内から見ていたそれは、いつも違う形をしていた。


 巨大な牙をもっていたり、長い尻尾があったり、ときには人型のものもいた。

 しかし、それらが現れるときは大抵真夜中なので油断していた。

(どうしよう……。逃げ切れるか?)

 ゆっくり後退しつつ、虎太郎は自問する。


 一歩、また一歩。

 相手をできるだけ刺激しないように、静かに距離をとる。

 冷たい汗が背中を伝った。

──と、ふいに青年に腕を捕まれた。

「えっ、なに!?」

 驚いて引っ込めようとするが、ビクともしない。

 

「このままじゃ襲われる。ついてきて! 森の中に逃げ込める場所があるから!」

 ついてきてもなにも、強引に腕を引っ張られては他に選択肢なんてないだろうに。

 そう心の中でツッコミつつ、虎太郎は素直に足を動かした。


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