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夜ふかしのすゝめ  作者: 桜野 佳宵
22/22

新タナ任務

 任務地から帰った翌日、虎太郎はまだ見慣れぬ自室の天井をぼんやりと眺めていた。

 朝早くにウダウダ言いながら本部へ報告に向かった大雅を見送り、学校から出されていた課題を終わらせ、来週から始まる授業の予習を終わらせたのが30分前。

 まだ午前中なのにやることがない。

 基本的に娯楽の類はやったことがなく、施設にいた頃もチビ達と遊んで休日を過ごすことが多かったので、ひとりになった今なにをして時間を消費すればいいのか分からないのだ。


 他の面々も仕事で家に居らず、家の中はシンと静まり返っていた。

 別に誰かほかに居たとして一緒に過ごそうとは思わないが、何となく一人静かにしているのは居心地が悪い。

 虎太郎は静寂に耐え切れず床から起き上がった。

 殺風景な部屋を出て木製のロッカーから掃除道具を引っ張り出す。

 

「まずは上から」


 独り言がよく響くなと思いながら、虎太郎はリビングの掃除を始めた。

 それから数時間が経ち、もくもくとシンクの水垢を擦り続けていた虎太郎の耳に玄関のドアの開錠される音が届いた。


「たーだいまぁ」


 続いて、何とも締まらない帰宅の挨拶が聞こえる。

 少しだけ。ほんの少しだけ、なんとなく心のどこかがくすぐったく感じた。

 もともとこういう挨拶は施設でも行われていたが、形式的なものと実際に家で交わされるものとでは何かが違う気がしたのだ。

 

 リビングのドアが開けられ、虎太郎は今気づきましたとばかりの澄まし顔で振り返った。

 薄手の藍色のニットにスーツを羽織った大雅が虎太郎を視界に入れて眉を上げた。


「おかえりなさい」

 

「あ、うん、ただいま。……って、こたろーもしかして掃除してたの? せっかくの休みなのに?」


「やることなくて落ち着かないんですよ。本も持ってないし、勉強も今日の分は終わらせたし」


 大雅は感心したように顎を撫でた。

 おもむろにトートバッグを漁り、四角い箱を引っ張り出す。


「偉いねぇ。そんな頑張り屋のこたろーにご褒美をあげよう。……なんて、上から渡すように言われて受け取っただけなんだけど」


「これって……」


 差し出されたのはスマートフォンの写真が印刷された箱だった。

 さすがに最新機種ではないようだが、虎太郎は分かりやすく喜びを露わにした。


「スマホ初めてだっけ?」


「スマホどころか、自分の電子機器を持つこと自体初めてです。目覚まし時計も調べものをするPCも、みんな施設の使い回しでした。唯一持っていた授業用タブレットは、使用範囲が限られていましたし」


「じゃあ、設定とかいろいろ手伝うよ」


 軽く笑みを浮かべながら大雅が言った。

 珍しく大雅が年上の先輩に見えた瞬間だった。


 それからまた時は経ち、寝支度を済ませた虎太郎は、自室でスマートフォンをいじっていた。

 ホーム画面やロック画面は初期のままだし、アプリも初期のもの以外いれていないので出来ることは限られているが、それでも初めての自分のスマホというだけで気分が揚がった。

 やたら色々とカスタマイズしたがる大雅を追い返すのには苦労したが。


 不意に、スマホが振動した。

 驚いて取り落としそうになるのを堪え、音の要因を探る。

 どうやらメールが届いたらしい。


 虎太郎は指を何度か彷徨わせてから、メールアプリを起動した。

 連絡先として入っているのはまだ泉家と御先堂の情報管理部くらいだ。

 なんとなく予想はついたが、それでも初めての通知に鼓動が高鳴る。


 さながら好きなひとからのメールを開けるように、虎太郎はぎこちなく画面をタップした。

 と、同時に部屋の扉がノックされる。

 メールの内容をチェックしつつ戸を開ければ、完全に目の座った先輩が立っていた。

 片手には使い古されたスマートフォン。どうやらこちらも確認済みらしい。


「ねえ、おかしくない? まだ1日しか休んでないのに、もう次の任務ってどういうこと?」


「知りませんよ。俺に聞かないでください」


「こたろーは丸腰のままだし、俺はめちゃくちゃ疲れているし」


「そうは見えませんけど。目は淀んでいますが」


 目に覇気がないのは出会ったときからだ。

 覇気がないというか、やる気がないというか。

 虎太郎の返答にムッとした大雅が前かがみになって自分の目元を指差した。


「よく見て、目の下に隈があるのが見えるでしょ? ね?」


「それよりこの『ツキビトの疑い』って、前に話していたあれですよね、会話することで祓うとかなんとかって言っていた」


 無視しないでよぉと言いながら、大雅は力なく頷いた。


「そう、人に憑くタイプのケガレ。つい1時間前に感知したらしい。お客さんかもしれないし、従業員さんかもしれない。ので、今から向かいます」


「は……えっ!?」


「だって、もしツキビトがお客さんだったらさ、もしかしたら明日の朝に帰っちゃうかもしれないじゃん」


「でももう22時ですよ!?」


 虎太郎からしてみれば、もう就寝する時間帯に入る。

 ぎょっとする虎太郎の肩に手を置いて、大雅が深く頷いた。


「わかる、わかるよ。なんで未成年のこたろーが居る俺たちのペアに回ってくるのかって言いたいんでしょ」


 微妙に言いたいこととずれているが、虎太郎はツッコミはせず、ただ肩に置かれた手をさり気なく払うだけ留めた。


「深刻な人手不足なんですよ、ここ。ていうか、ここ数週間、大祓でもないのにケガレの出現数が増えているんだって」


 そういえば真白と海斗も丸一日姿を見ていない。

 虎太郎は微かに抱いた不安を誤魔化すように眉を寄せた。


「増えているって、それ大丈夫なんですか」


「たまにあるんだよ。偶然重なったんだと思う。まあ、そういうことだから準備よろしくね。着替えと財布とスマホの充電さえあれば足りると思う。あと30分で出るよ」


 それだけ言い残して、大雅は自室へと踵を返した。

 丸まった背中は悲壮感が漂っていて、虎太郎はシャキッとしない先輩にため息をもらした。

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