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夜ふかしのすゝめ  作者: 桜野 佳宵
19/21

不快ナ修祓

 大雅が再び発砲した。

 少し遅れて激しい羽音と鋭い鳴き声が耳をつんざく。

 虎太郎は顔を歪ませると、無意識のうちに両の手で耳を覆っていた。

 

「ミヤビさん、離れすぎないように気をつけながら数センチ後退して」


 大雅が命じながら構え直す。

 ミヤビの返事を聞いたのち、大雅はケガレに視線を向けたまま虎太郎に声をかけた。


「あの鳴き声を聞き続けるのはキツイと思うけど、両手はちゃんと空けておいて。いずれはこたろーも武器を持って闘うんだから」


「わ、分かってますよ。でもなんか、聞いていると変な感じがして」


 虎太郎が言いながら耳から手を離した。

 片手で胸のあたりを撫で、眉を顰める。

 胸というより、心だろうか。

 鳴き声が耳に入ってくるたびにドロリとした黒いものが溜まっていくような不快感があった。


「アイツらはさ、人間に恐怖心や嫌悪感を抱かせて、その感情を食べて生きているのね。だから鳴き声もさ、アイツが怖がったり苦痛を感じたりして出しているっていうよりも、俺たちが不快な気持ちになるようにわざと発しているわけ」


 いいながら、大雅は引き金にかけていた指に力を入れた。

 大雅の動きに勘付いたらしいケガレが高く浮上する。

 

 それとほぼ同時にミヤビがワンと一吠えした。

 刹那、どこまでも飛んでいきそうなケガレが、なにかにぶつかって動きを止める。


”結界を張った。長くはもたないが、数分はこれより上に逃げることもないだろう。今のうちに倒してしまいなさい”


「助かる! ありがとう、ミヤビさん」


 大雅が銃口の位置を素早く修正した。

 ケガレは何が起こっているのか理解していないらしく、何度も飛び上がろうともがいては見えない壁にぶつかっている。

 

 再びケガレが鳴き声をあげた。

 生き物の絶命するときの声に似ているそれに、虎太郎はまた耳を抑えた。


「こたろー、耳」


 すかさず注意してくる大雅に「すみません」と謝り、虎太郎はすぐさま両手を下げた。

 丸まりかけていた背筋を伸ばし、きちんとケガレを視界に捉える。

 大雅は素直に言うことを聞く虎太郎を見て、気まずそうに眉を下げた。


「いや、ごめん。最初は仕方ないよね。今回のケガレ、だいぶ前から存在しているっぽいし。無理そうなら耳は抑えていてもいいから」


 言い過ぎたとでも思ったのか、大雅が柔らかい口調で言い直した。

 出来ないと言われているようでムッとした虎太郎は、首を横に振って腕を組んだ。

 無理だ、出来ないと他人に決めつけられることほど屈辱的なことはない。


「平気です。次から気を付けます」


「あ、はい」


 体育会系のノリが心底合わなさそうな大雅がたどたどしく頷くのを横目に見つつ、虎太郎はケガレをジッと観察した。

 バサバサと羽音を立てて逃げ惑う様は、一見ただの鳥に見える。

 しかし、暗闇で良く見えないながらも、ぼんやりと浮かぶシルエットは妙に頭部が丸っこく、変わったフォルムをしていた。


 鳩の類だろうか。そう虎太郎が思ったとき。

 月が雲の隙間から抜け出して、タイミングよく辺りを照らした。

 ゆっくりと鳥の姿が明瞭になってくる。

 刹那、虎太郎は声にならない悲鳴を上げた。


「ひ、ひと……ひとの……」

 

 鳥の体に人の顔が乗っていた。

 ただの顔じゃない。

 瞼のない丸い目と唇のない大きな口が張り付いた、果たして人と呼んでもいいのか迷うおぞましい見た目をしている。

 

 施設のちびっ子たちの絵だってもう少し上手かった。

 ホラーすぎる。

 こんな恐ろしい化け物と対峙していただなんて。

 虎太郎はあまりの恐ろしさに動けなくなった。


「うわ、きんも」


 前方で銃を構えていた大雅が心底嫌そうな声を出した。

 虎太郎は頭にわずかに残っていた冷静な部分で少しだけ驚く。

 

 怖いではなく、気持ち悪い。大雅は大のオカルト嫌いだと思っていたが、見たところ抱いた感情は嫌悪感だけのようだ。

 ホラー映画さながらの化け物と戦っていながら、である。


(相手が目に見えないと怖い、だっけ? あれ本当なんだな)


 虎太郎はある種の感心を抱きながら、無意識に背けそうになっていた視線を固定した。

 ケガレは相変わらず境内の上空を旋回している。

 

 すばしっこい割に行動範囲はかなり狭く、手水舎より内側には入ってこない。

 もしかしたら、辛うじて神域としての力が残っているのかもしれない。

 

 ぼんやりと虎太郎がそんなことを考えていると、また裂けんばかりの大きな口から鳴き声が発せられた。

 精神がごっそりと削られるような不快感に両手がピクリと動く。

 けれど、なんとか耳を抑える前に堪えた。


「次で仕留める。ミヤビさんは少し緩めてから追い立てて」


 "承知"

 

 ミヤビがグッと上半身を下げるのを見届けてから、大雅は撃つ体制をとった。

 これが最後と言わんばかりの雰囲気に気圧されて、虎太郎はゴクリと喉を鳴らす。

 しかし照準が現在のケガレの位置よりも少し上にずれていることに気づいて片眉を上げた。


(これじゃあ当たらないんじゃ……?)


 そう疑問に思ったとき、今までジッとしていたミヤビが勢いをつけてケガレに向かって来た。

 闇のように黒いケガレの目が一瞬ミヤビの方を見て、拒絶するように絶命に似た声をあげる。

 

 同時にふわりと数センチ上に浮上した。

 最初は結界が解けてしまったのかと焦ったが、ケガレは再び見えない壁にぶつかって羽音を立てる。


「かかった」


 小さく大雅が呟いた。

 迷わず引き金を引き、白い弾丸がまっすぐケガレにめがけて飛んでいく。

 自分が殺されかけていることに気づいたのだろう。

 ケガレは一段と激しく羽ばたいた。

 

 けれどもう遅い。

 放たれた真っ白な弾丸は、鳥の首と思しき部分に容赦なく着弾した。

 とっさに耳を抑える虎太郎だったが、ケガレは声ひとつ上げずに落下した。

 

 血は出ておらず、首に風穴が空いている。

 少しの間もぞもぞと動いていたが、徐々に表面の皮膚という皮膚が波打ち始め、ケガレの体は真っ黒なヘドロに変わっていった。

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