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夜ふかしのすゝめ  作者: 桜野 佳宵
18/21

違法ナ所持

「こたろー、ミヤビさん、俺はもう帰りたいです。神社の看板が真っ二つになって地面に転がっていたところを見てから、もうひたすら帰りたいです」


「その前から帰りたがっていたじゃないですか。ほらテキパキ歩く! そんなんじゃ夜が明けますよ!」


 2人と1匹は懐中電灯の明かりを頼りに森の中を歩いていた。

 宿屋の女性から聞いたとおりに歩を進め、ようやく見つけた石段の脇には、なにかに叩き割られたような看板の残骸があった。

 

 声にならない悲鳴をあげた大雅がコンマ数秒のフリーズを経てミヤビを呼び、何かに謝罪しながら先に進んだのが5分ほど前のこと。

 慎重に登っていた石段を、そろそろ登りきる。


「あ……あぁ……鳥居だぁぁ」


 いよいよ泣き出しそうな声に、並んで歩いていた1人と1匹は隠すことなくため息をついた。


"怖がるな大雅。わざわざヤツらに餌をやってどうする"


 威厳のある低い声がするりと耳に入ってくる。

 空気を震わせるような届き方ではなく、むしろ空気をかき分けて入り込んでくるような感覚だ。


「わ、分かってるよ。俺の恐怖心はケガレにとってさぞかしご馳走なんだろうね。でもさぁ……これは怖すぎない?」


 大雅の目が虎太郎の方を向いた。

 同意を求めるその視線を見事に無視して、虎太郎は懐中電灯を握り直して顔を上げる。

 石段を登りきったところには、先ほど大雅が言った通り、小さめの鳥居が立っていた。

 

 元はおそらく朱色に塗られていただろうそれは、外装がハゲて中の木が丸見えになっていたり、汚れてくすんでいたりして、より一層不気味さを醸し出している。


「絶対に神様怒ってるやつじゃん。廃神社じゃん」


「廃神社ですよ」


「帰りたい」


 大雅が腕を擦りながらボヤいた。

 春先の夜で冷えるうえに、ここは草木に囲まれた森林。

 薄手の上着を羽織ってきたとはいえ、やはり寒い。


「……風邪を引く前にさっさと終わらせて、暖かいものでも飲もうか」


「そうしてください」


 ようやく覚悟が決まったらしい大雅に、虎太郎はホッとして頷いた。

 ミヤビがグッと伸びをするのを見ながら、大雅は腰に提げていたウエストポーチのチャックを開けた。


「それじゃあミヤビさん、ケガレ探しよろしくお願いします」

 

"あいわかった。お前たちも警戒を緩めるなよ"


「うん、分かってる」


 大雅が頷いたことを確認してから、ミヤビは背を向けて境内に足を踏み入れた。

 徐々に小さくなる背中を見送っていると、隣から金属同士が擦れるような音が聞こえた。


「なんの音……えっ、銃刀法違反!?」


「言うと思った!」


 素っ頓狂な声を上げる虎太郎に大雅が同じようなテンションで返した。

 その右手には、見間違いでなければ、黒光りするハンドガンが握られている。


「なっ、えっ、それモデルガンじゃないですよね。どう見ても金属でできてるし、黒いし、銃口が塞がってないし」


「そだよ。まあ、実弾じゃないからセーフセーフ」


 そう言ってグッドサインを出す大雅を、虎太郎は疑いの目で見た。

 ヘラリと笑う男から違法な匂いがプンプンしてくる。

 やはり御先堂はヤバい組織なのでは、と虎太郎は思った。


「中には何が入ってるんですか?」


 念の為に尋ねると、大雅は軽い口調で「コトノハ」と答えた。


「……はい?」


「だから、コトノハ。『あ』って言うと『あ』の文字が銃口から飛び出てくるの」


 なぜか鮮明に情景が浮かんだ。

 ゴシック体の「あ」が銃口から勢いよく放たれる光景が。


「……嘘ですよね?」


「ははは」


 少し考えてから問うた虎太郎に、大雅がどちらとも捉えられない表情で笑う。

 追求しようと口を開けた虎太郎だったが、しかしそれは叶わなかった。

 そう遠くないところからオオカミの遠吠えが聞こえたからだ。


「合図だ。こたろーはこっちね」


 言うが早いか、大雅はグイッと虎太郎の腕を引いて自分の後ろに下がらせた。

 慣れた手つきでスライドを引き、両手で包み込むように銃を構える。

 

 静まり返った境内で、虎太郎は自分の心臓の音を聞いていた。

 徐々に早くなってくるのは、大雅の纏う緊張感につられているせいだろう。

 虎太郎がゴクリと喉を鳴らした、そのとき。


"左だ、主"


 ミヤビの鋭い声によって静寂が破れる。

 刹那、手水舎のそばにそびえ立つ杉の木が大きく身を震わせた。

 黒い影が物凄いスピードでこちらに向かってくるのを視界にとらえかける。

 その瞬間、大雅が素早く発砲した。


 当然のように「あ」の文字は飛び出してこない。

 あまりにも早すぎて目で追えなかったが、銃弾にしては白っぽいなにかだった。

 

 回避するも掠ったらしい影が、ギャギャギャと不快な鳴き声を上げる。

 バサバサと羽ばたいているそれは、暗くてよく見えないが鳥に似た形状をしていた。


「飛ぶ系かぁ。ミヤビさん相性サイアクじゃん」


"うるさい"


 なんとも締まらないやり取りの後、大雅はミヤビさんに素早く指示を出した。


「上に行かれたら厄介だから、ミヤビさんは一旦距離とろうか。挟み撃ちの状態を崩さないように位置はそのままね」


"ワタシくらいになれば相性など関係ない。さっきの言葉は撤回しろ"


 ミヤビは文句を言いつつもケガレを追うのをやめて、その場に留まった。

 鳥型のケガレは上空を旋回し、しきりにこちらを見下ろしている。


 大雅は引き金に手をかけ、再び狙いを定めた。

 空気がピンと張り詰め、それにつられたように辺りも静まり返る。

 ケガレの羽ばたく音だけが虎太郎たちの鼓膜を揺らしていた。

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