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夜ふかしのすゝめ  作者: 桜野 佳宵
17/21

不一致ナ情報

 張り切って再調査に向かった虎太郎たちだったが、結局なにも現れず、なにも起こらなかった。

 変化があったとすれば、大雅のポジションくらいだ。


 昼間は立派に殿(しんがり)を勤めていた大雅だったが、不気味さの増したトンネルにブルブルと震え、全て渡り切るまで10センチも背の低い虎太郎の背中にひっついていた。

 延々とくだらない話を続けていたのは、彼いわく騒がしくしていれば幽霊が寄ってこないから。

 

 熊よけにもなるし一石二鳥だと言っていたが、どちらかと言うと虎太郎は後者の方が大事だと思った。

 実体のない居るかも分からないものに比べたら、野生のクマの方がよほど恐ろしい。

 長居しても良いことは無いので、虎太郎と大雅は大人しく山を下り、車の置いてある場所に戻ってきた。


「うーん、帰るにしては微妙な時間だよなぁ。疲れたし、お腹減ったし。明日また来るのダルいし」


「じゃあ、どこかに泊まりますか?」


 ネガティブな言葉が止まらない大雅に、虎太郎がさらりと尋ねる。

 正直、虎太郎も疲れていたし、お腹も空いていた。

 下手したら懐が軽くなってしまうけれど、その分節約すればいいや、なんて思ってしまう。


「そうだね。民宿が何軒かあったから、マシなところ選んで休もっか」


 歯に衣着せぬ大雅の言葉にうなずいて、虎太郎はぐっと伸びをした。

 緊張していたせいか肩が凝っている。

 早く休みたい気持ちに背を押され、2人は閑散とした村の中を歩き出す。


 ほどなくして質素な宿屋にたどり着いた。 

 ぐるりと見て回ったなかで一番新しくて綺麗な建物だ。

 一見ふつうの民家に見えるので、看板がなければ素通りしていただろう。


「あのぉ、すみませぇん」


 戸を引いて軽薄さ丸出しの口調で言う大雅に、ややあって「はあい」と声が返ってきた。

 廊下を歩くスリッパの足音とともに、ふくよかな初老の女性が現れる。

 優し気な表情からは、よそ者である虎太郎たちを歓迎していることが見て取れた。


「いらっしゃいませ。2名様ですね」


「はい。予約していないんですけど、部屋あいてますか?」


 丁寧な言葉につられてか、幾分かマシな口調で大雅が尋ねる。

 女性は柔らかく笑ってうなずいた。


「こんな人けのない村ですもの。常にがら空きですよ」


 にこやかに笑うくせに、ずいぶんな自虐ネタが放たれる。

 虎太郎と大雅は返答に困って苦笑した。

 いったいどう返せと。


「一部屋ずつにします? 料金設定が人数で決められているので、部屋を分けてもそこまで金額に差がでないんです。ただ一部屋の方が安くはなりますよ。こんな感じで」


 そう言って宿泊料金の書かれた紙を差し出され、虎太郎はちらりと大雅を見た。

 本心は別々の部屋を希望しているが、自分の懐具合や後々の事情を考えると一部屋がいいだろう。

 

(でも、さすがに出会って間もない相手と寝泊りするのは……)


 気まずいというか、気が休まらないというか。

 ペアを組んで初の任務だが、この数時間でなんとなく分かったことがある。

 それは、虎太郎の性格と大雅のそれがおそろしく合わないということだ。


 きっぱりはっきりを好む虎太郎と違い、大雅は物事を曖昧でおぼろげなままにする傾向がある。

 その姿勢は大いに虎太郎を苛立たせた。

 自分との距離感を探りながら気遣わし気に話しかけてくる態度も気に食わない。

 

 堂々と引っ張ってくれるようなリーダーであれば、虎太郎は迷いなくまっすぐついていく。

 しかし、大雅にそんな度量はないように見える。

 どうして組織は虎太郎と大雅を組ませたのだろう。

 

 先日、入学式の顔合わせで、大雅は「パートナーとして名乗り出たわけではない」と言っていた。

 つまりペアの組み合わせを考えたのは組織側の人間の誰かだ。

 

 ちょうど席が空いていたからかもしれないが、命がけの仕事だというのならそれなりに考えられているはず。

 そこまで考えたとき、横で自分の財布とにらめっこしていた大雅が虎太郎に声をかけた。


「あのさ、悪いけど一部屋でいい? それならまだ経費で落とせそうだから」


「は、えっと……いいです」


 淀みなくとは言い難い間を作りながらも答えると、大雅が眉をひそめて笑った。

 上手く言葉にできないが、やりにくいとか居心地悪いとか、多分そんな顔をしている。


 あまり人の機微に敏感ではない虎太郎からは、少なくともそう見えた。

 あるいは自分の感じたものを相手に押し付けただけかもしれない。

 やりにくい、居心地が悪いと感じているのは虎太郎の方なのだろうか。


 そんなことを考えながら宿泊の手続きをしている様子を眺めていると、不意に大雅が宿屋の女性に「そういえば」と話を切り出した。


「徒波トンネルが心霊スポットだってネットで騒がれているんですけど、やっぱり地元でも有名なんですか?」


 雑談のようなノリで尋ねる大雅に、虎太郎は少しヒヤリとした。

 村の人たちが虎太郎と大雅の姿を白い目で見ていたことを思い出したのだ。

 

 どこぞの迷惑配信者と違って、2人は仕事で来ているわけだけれど、話を聞きつけて訪れたという点だけは一致している。

 心霊スポットのことを話に出して、今まで人あたりの良かった女性が顔をしかめる所を見たくなかった。


 けれど、女性は虎太郎の心配したような反応はしなかった。

 1度キョトンとしたが、すぐに合点がいったようで大きく頷いた。


「若い子たちが最近ウワサしているあそこね。嫌な顔をする人の方が多いけど、宿を経営している身としては、泊まりに来るお客さんが増えるので大歓迎です。バンバン泊まりに来てくださいね」


 そう言ってケラケラ笑う彼女に、虎太郎と大雅は曖昧に笑った。

 彼女の言い方や態度は、虎太郎たちをその類いだと思っていることが滲み出ている。


 虎太郎と大雅は目を合わせ、「まあいいか」と無言で肩をすくめた。

 そう思われている方が寧ろやりやすい。

 そんな2人の思惑など露知らず、女性は再度口を開いた。


「まあ、確かにあのトンネルは不気味だから、心霊スポットと言われてしまっても仕方ないですけど。でも、私たち地元民からしたらよく使うトンネルです。だから普通のトンネルだって、自信を持って言えます。それよりも、その近くの廃神社の方がよっぽど近寄りたくないんですけどね。そちらはご存知ですか?」


 虎太郎はハッとして大雅を見た。

 同じように大雅も虎太郎を見る。

 2人の目には確信の色が宿っていた。


「いえ。あの、その神社の名前と場所、教えて貰えますか?」


 大雅の食いつき様に笑いながら、宿屋の女性は快く詳細を教えてくれた。

 名前は『茅波(かやな)神社』といい、トンネルのある森の麓にあるらしい。


「ネットの情報を鵜呑みにして思考が停止してたわ。危ない危ない」


 宿泊部屋に着いてから、大雅がへらりと笑って言った。


「ほんとですよ。別の場所かもしれないなんて、思いつきもしなかった。でも、何はともあれ、次にやることが決まりましたね」


 そう虎太郎が言うと、怖がりなリーダーは嫌そうに頷いた。


「うん。本当は朝がいいんだけど、確実に仕留めるためには仕方ないね。夕食後に行ってみようか。件の茅波神社。廃神社とかマジほんと無理なんだけどさ。……え、朝じゃだめかな!?」


 情けない声を上げるとともに頭を抱える大雅を冷たい目で一瞥してから、虎太郎はそっと窓の外に視線を移した。

 すでに外は真っ暗で、ポツポツと灯されている家の電気だけが村の存在を主張している。


 少し目線を上げれば、例の森が月に照らされてぼんやりと姿を露わにしていた。

 怪奇現象を信じない虎太郎の目ですら、その森はひどく不気味に映る。

 

 なにか得体の知れないものを抱えているのだろうか。

 虎太郎は日中に手放した緊張感が戻ってくるのを感じながら、その森をじっと見据えた。

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