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夜ふかしのすゝめ  作者: 桜野 佳宵
16/21

チグハグナ探偵タチ

「うおっ、生温い風が足をくすぐってきた!」


 大げさなほど飛び跳ねる大雅の声が、モワンモワンとトンネル内に響いた。


「文学的ですね」

 

 ツッコミを入れつつ、彼の反応を笑えばいいのか、それとも呆れたらいいのかと思案する。

 どちらも面倒なので、結局は中途半端に口角を上げて前を向いた。

 

 薄暗くてジメジメとしたトンネルの中はたしかに不気味だ。

 けれど、虎太郎が怖いと感じる相手は幽霊ではない。

 本当に恐ろしいのは、悪事をたくらむ人間や、人に害をなすケガレだ。


「ケガレと対峙したら、俺はどうしたらいいですか」


 電気の通っていないトンネルは真っ暗で、自然と警戒心が高まっていく。

 大雅のスマホの光だけでは心許なくて、虎太郎は無意識に体を強張らせていた。


「ううん、とりあえず俺の後ろから見ていてほしいかな。武器は俺と違うものだろうけど、実際に祓う様子を見ておいた方がいいと思う。まぁ、俺で見本になるか分からないけど」


 この人は、いちいち自分を卑下しないといけない呪いにでもかかっているのだろうか。

 そう思いながら、虎太郎は「了解です」とうなずいた。

 

 しばらく歩いていると、ようやく進行方向から光が見えてきた。

 ツタで歪になった半円の先には、入り口と何ら変わらない森林地帯が広がっている。

 出口をめがけて進むたびに、砂利同士の擦れる音がトンネル内に響いた。

 

「全然出ませんね。もうトンネル抜けますけど」


「うん。まぁ目撃された時間帯は夜が多いし、暗くなってからもう一度来るかなぁ」


 面倒くさそうに言う大雅に同意しつつ、トンネルの外に出る。

 西に傾き始めている日差しが眩しくて、虎太郎はそっと目を細めた。


 車に戻ると、大雅はおもむろにスマホのメモアプリを起動した。

 タッタッと軽快なフリック音とともに、手早く何かを書き込む。

 尋ねると、報告書に書く内容を書き留めているという。


「一応これもリーダーの仕事のひとつなもんで」


「そうですか」


 そう短く返して、虎太郎は外に視線を移した。

 正直言って手持ち無沙汰である。

 

(勉強道具でも持ってくるべきだった。まさか神獣使いの仕事がこんなに地味だったなんて)


 命を落とすこともあると聞いていただけに拍子抜けする。

 そんなこんなで完全に緊張の解れた虎太郎は、正真正銘の暇人と化した。


 雲の流れる様を眺め、時たま通る歩行者を目で追う。

 やがて見かねた大雅に誘われ、日が暮れるまでの2時間をスマホのミステリーノベルゲームで繋いだ。

 

 2人で1つの端末を覗き込むのは(いささ)か窮屈だが、新入生のスマホの配付が明後日以降らしいので、それまでの辛抱だ。


「探索パートで体力ゲージ減るの辛くない? ……あー、また何もなかった。また減った。こたろー、あとどこだと思う?」

 

「ソファーの間とか。それか棚の上にあるお菓子の箱」


「お菓子の箱? ……あっ、ほんとだ。気づかなかった」


 大雅が画面をタップすると、箱の中から一枚の紙が出てきた。

 入手したというテロップが流れ、自動的に別の場所へ案内される。


「ねえ、これさ、やっぱり酒屋のご主人が犯人なんじゃんね。事件前夜に2人で晩酌しているし」


「でも明け方ならともかく、死亡時刻は夕方ですよ。関係ありますかね。それより当日の昼食後に同期から渡された缶コーヒーの方が怪しいんじゃ」


 夕日によって緋色に染る車の中、二人はあーでもないこーでもないと話しながら頭をフル回転させていた。

 

 事件の概要はこうだ。

 とある会社の社員である森山達治(もりやまたつじ)が職場の会議室で亡くなっていた。


 第一発見者は被害者の1つ下の後輩で、事件現場に行った理由は、次の会議で利用するから準備しておくよう上司に頼まれていたからだ。


 予備の会議室だったそこは使用頻度が少なく、さらに奥まったところにあるため、犯人はもちろんのこと被害者の出入りに関する目撃証言もない。


 よって一番最初に虎太郎と大雅が目を付けたのは、第一発見者を会議室に向かわせた上司だった。


 しかし、探索パートで上司の机を探った際にそれらしいアイテムが出なかったので、どうやら容疑者として挙がる事すらないらしい。


 これに関して「勿体ない!」と叫んだのは、推理小説を愛読するという大雅だった。

 彼が言うには、第一発見者およびそれに関する人物は格好のミスリード素材だという。


 話は進み、次に主人公の探偵が調べ始めたのは、被害者の人間関係だった。

 何人か話を聞くと、被害者が非常に後輩から慕われていたことが分かった。


 事件当日もミスをした新入りを助け、お礼に缶コーヒーを受け取っている。

 彼が最期に口にしたのがこのコーヒーであったことから、虎太郎はその新入りを怪しんでいた。

 

「そもそも、死因から解き明かさないといけないなんて、警察は何をしているんですかね」


 妙にリアリストな虎太郎のぼやきに苦笑しつつ、大雅はさらに探索を進める。

 そしてついに、会社員以外のキャラクターが出てきた。名前は飯田宏司(いいだひろし)

 腹に内臓脂肪をたっぷり蓄えた酒屋の店主だ。


「被害者の森山さんと仲が良くて、よく一緒にお酒を飲む……と。えっ、怪しすぎでしょ。このタイミングで出るのも絶対何かあるって」

 

「メタ発言ですよ、それ」


 しかし推理小説愛読者の勘は鋭かった。

 燃料用アルコールがアイテムとして入手できたことで死因がメタノール中毒であるとされ、さらに酒屋の店主に被害者への個人的な恨みがあったことも判明すると、いよいよシナリオは飯田にフォーカスされていった。


 そうして先ほどの、「やっぱり酒屋のご主人が……」という発言に至ったのだ。


 現実主義者の虎太郎は大雅の「話の流れ的に」という考え方に納得いかなくて、メタノール中毒について調べようと言った。

 

「きちんと分かったうえで結論を出した方がいいですよ。ゲームでも、リアルでも」


 きっぱりと言い切る虎太郎に苦笑いを浮かべながら、大雅はそっと窓の外に視線を移した。

 畑と山と古民家しかない開けた視界に、不気味なほど赤く染まった雲が映る。

 大雅の視線を追って顔を上げた虎太郎も、その光景を目に入れて息を呑んだ。


「すごい。真っ赤だ……」


「うん、もうじき真っ暗になる。神獣たちの、そしてケガレの動きが活発になる時間だ」


 二人は先ほどまで熱中していたゲームアプリを閉じると、軽く身支度を整えて車を降りた。

 夕食の支度をする時間帯なので、あちらこちらで出汁の良い香りが漂っている。

 

 さて。調査の再開だ。

 虎太郎は車内にあった懐中電灯を片手に、背筋を伸ばして気を引き締めた。

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