リアルナ心霊スポット
徒波トンネルの標識を探すべく、2人は村の中を歩き回っていた。
村の人たちが鬱陶しそうに見てくるのは、おそらく他人を顧みない迷惑配信者たちが夏になるとこぞってやってくるせいだろう。
今回、ケガレの情報を得た場所が動画や掲示板からだったのが何よりの証拠だ。
伊勢家の張り巡らせている別媒体の情報網にも引っかかっているので、ケガレがこの周辺にいることは確かだ。
しかし、反応の現れる範囲が広いせいで、神獣使いたちは情報収集から行わなければならないのだ。
「情報を得られるという点からしても、やっぱりケガレは心霊スポットで発見されることが多いんですか?」
周囲を見渡しながら尋ねる虎太郎に、大雅が苦笑交じりにうなずいた。
「人の恐怖はケガレにとってご馳走みたいなものだからね。うめき声を上げたり足音を立てたりして、恐怖心をあおってくるんだ」
なるほど、と頷きかけて、虎太郎は眉をひそめる。
ケガレは人の恐怖が好物で、心霊スポットには怖いもの見たさでやってくる若者たちが……。
「……えっ、祓う必要あります? 怖いもの好きはホラー体験できるし、ケガレもご馳走にありつけるし、ウィンウィンでしょ」
虎太郎の言葉を受けて、大雅は「言うと思った」と笑い声をあげた。
「ケガレがそれで満足してくれたらね」
「……というと?」
もったいぶる大雅に目を細めながら先を促した。
虎太郎は簡潔な説明を好んでいる。
要するに短気なのだ。
大雅は虎太郎の鋭いまなざしを受けて、心得たとばかりにうなずいた。
「元は人の心から生まれたんだ。人間のように欲が出て、さらに人けのある場所まで下りてくることもあるし、長くこの世に居続けて強くなるヤツもいる。そこまでくると祓うのに苦労するからね。出る杭は打っておかないと」
そう言って人懐っこい笑みを浮かべた大雅は、そっと腰に提げている武器を撫でた。
直接聞いたわけではないので確信はないが、大きさと形からして飛び道具らしい。
さすがに銃刀法違反に引っかかるようなものではないだろうが。
そう思いながら、虎太郎はわざとらしく顔をしかめた。
「出る杭は打たれる、ですか。……そんなことをするから、下が育たないんですよ!」
「あっれ、今話しているの日本の社会問題についてだっけ?」
なんと、意外にも頭の回転が速いようだ。
唐突にボケた虎太郎に適切なツッコミが入った。
「……すみません。朝刊に載っていたもので、つい」
「あれでしょ、三面記事。俺はもっぱらネットだなぁ」
「SNSだと早いですもんね。取捨選択がなかなか難しいですけど」
そんなくだらない会話をしつつ向かったのは、もちろん件の徒波トンネルだ。
ようやく森の入口に看板を見つけた二人は、鬱蒼と生い茂る木々を見上げていた。
「……ところで、こたろーはこういう系大丈夫?」
薄暗い森の中を見渡しながら、大雅が言いにくそうに尋ねた。
丸太階段を登り始めると、辺りの温度が一気に下がるのがわかる。
空気が水分を多く含んでいるせいか、少し肌寒い。
「こういう系って、オカルトのことですか?」
「そう」
階段の幅が広いせいで、一段上がるごとに二歩進む必要がある。
そのちょっとした動作がどうにも億劫に感じて、虎太郎は歩調を緩めつつ肩をすくめてみせた。
「大丈夫ですけど。目に見えないモノを怖がるなんて不毛でしょう」
ケガレのように人に害をなすならともかく。
淡々と答える虎太郎に、大雅が苦笑交じり空を仰いだ。
「うわぁ、こたろーっぽいわ」
「そうですか」
相槌を打ちながら、虎太郎も同じように空を見上げた。
覆いかぶさるように立ち並ぶ木々の合間から、こっそりと養花天が覗いている。
ぼんやりと眺めていた虎太郎は、次の瞬間、ひとつの可能性に気づいて勢いよく振り返った。
「え、もしかして大雅さん、オカルト系苦手なんですか?」
純粋に驚く虎太郎に、大雅が複雑な表情を浮かべて「うぅっ」と呻いた。
羞恥心を滲ませつつも本気で困っている横顔に、冗談でいっているわけではないのだと分かる。
「えぇ……ケガレは平気なんですよね?」
急に不安になって尋ねると、大雅は「当たり前でしょ!」と憤慨した。
プンプンと効果音が聞こえてきそうな怒り方をするので全く怖くない。
「ケガレは目に見えるじゃん! 目に見えないって怖いじゃん!」
「不毛だ……」
目いっぱいの主張を冷たい視線で跳ね除け、虎太郎はおもむろに顔を上げた。
いつの間にか階段を登り切っていたようで、目の前には車一台通れそうな砂利道が横たわっている。
首をひねって道の先を覗き込めば、件のトンネルがぽっかりと口を開けて虎太郎たちを待ち受けていた。
「あーあ、もろホラーじゃん。…………よし、君が先に行きなさい。殿は俺が務めます」
「かっこよく言わないでくださいよ。ただ怖いだけじゃないですか」
呆れながらもためらいなく一歩を踏み出す虎太郎に、大雅が悪びれもなく続く。
リンと鈴の鳴る音がして視線を下に向けると、大雅の神使であるミヤビさんが虎太郎の横を歩いていた。
怖くないとはいえ、初任務で肩に力の入っていた虎太郎は、その存在に少しホッとする。
顔を上げて見据えた先には、薄暗いコンクリートの壁がどこまでも伸びていた。