早々ナ初任務
「一家に一人だな」
「ええ。一家に一人ですね」
感心の声を背中に浴びながら、虎太郎は箸で卵を溶いていた。
専用のフライパンを熱しつつ、同時進行で味噌汁も作る。
魚の焼け具合にも注意を払い、湯沸かしポットのスイッチを押す。
人数分のカップにフィルターをセットすると、フライパンに溶いた卵を流し込んだ。
平凡な一日の始まりの、平凡な風景。
しかし、孝一郎と真白が揃って「一家に一台」のような感想を口にするので、虎太郎は思わず笑ってしまった。
「施設にいた頃、よく食事の用意を手伝っていたんです。一人暮らしをすることが夢だったので」
「そっか。虎太郎は偉いね。僕なんて、手伝うどころか施設のものを口にすることすら稀だったよ」
そうあっけらかんと笑う真白は、虎太郎と同様、施設育ちだ。
詳しく過去を聞いたわけではないが、とにかく猜疑心の強い子供だったという。
今でこそ克服したが、昔は他人の作った食事を食べることができず、とても苦労したらしい。
「おはよーございまーす」
ダイニングテーブルに食事が並び始めた頃、タイミングを見計らったように、リビングのドアが開いた。
何とも気の抜ける挨拶をしつつ部屋に入ってきたのは、真白の相方である海斗だ。
態度はだらけているくせにきちんと身なりが整っている。
「いやぁ、スズさんの機嫌が悪くって遅くなったわ」
そう言って困り顔する海斗の肩の上で、スズと名付けられた鳥が小さく舌打ちした。
ウソという鳥で、言うまでもなく海斗の神獣である。
"また私のせいにするの!? 誰にも私の声が聞こえないからって、卑怯じゃない!"
ピーチクパーチク文句を言うスズに、虎太郎は目をしばたたかせる。
(今、声が聞こえないって言わなかったか? えっ、普通に聞こえてるけど……)
不思議に思って辺りを見回してみると、誰もスズの言葉に反応していないことに気が付く。
知らんぷりをしているという感じはないので、どうやら本当に聞こえていないようだ。
ただ一人、海斗だけが気まずそうに目を泳がせている。
「あの、声が聞こえないって──」
「おはよー」
気になって尋ねようとした虎太郎の声が、見事に遮られた。
力のない挨拶とともにやってきたのは、虎太郎のペアであり泉家の副主任的立場にいる大雅だ。
「まだ半分寝ているじゃないですか」
孝一郎を筆頭に挨拶を返す中、虎太郎が呆れたように言った。
海斗と同じく気の抜けた口調だが、彼の場合は服装もだらしない。
寝巻姿にぼさぼさの寝ぐせ頭で、背筋もだらりと曲がっている。
まさに今起きましたという出で立ちだ。
「しょうがないじゃん。俺、低血圧なの」
「はぁ、そうですか」
目の半分開いていない大雅に、虎太郎は適当に返して椅子に腰を下ろした。
他のみんなも席に着くと、そろって合掌する。
「おぉ、なんか今日の朝ごはん、めちゃくちゃ健康的だね。美味しそう」
コーヒーを飲んで目が覚めたのか、大雅が感心したように目を見開く。
他の三人からも口々に褒められて、虎太郎は照れくさそうに笑った。
「施設でだいぶ練習したので」
「いやぁ、練習できるってだけですごいよね。俺なんか、キッチンに立つことすら禁止されるもん」
過去に二度も料理教室を出禁にされたらしい彼は、当然のように泉家の台所も立ち入り禁止となっている。
どうしたらそうなるのか聞いてみたいような、聞きたくないような。
真白にそれとなく聞いてみたところ、真剣な顔で「救急車と消防車が必要になるから」との答えをもらった。
やはり聞かない方がよさそうだ。
虎太郎が美味しそうに食べてくれる皆を満足げに眺める中、ふと大雅のスマホが鳴った。
その途端、部屋の中の空気がピリッ引き締まる。
食べながらスマホを弄る大雅をだれも咎めないところから、よほど大切な連絡が入ったのだと分かる。
しばらく画面を眺めていた大雅は、嫌そうな顔をしてため息をついた。
「人遣い荒いなぁ。こたろー、俺ら今日から仕事だってさ」
「え、まだ神使も武器も揃ってないだろうに。本部は何を考えているんだろう」
不満げな大雅の声を聞いて、真白が心配そうに呟く。
話を聞いていた虎太郎は、ぎょっとして大雅を見た。
「えっ、俺丸腰なんですか?」
尋ねる虎太郎に、大雅が困り顔で腕を組んだ。
「神使は今本部が用意しているだろうし、神使が決まらないと武器も選べないから……うーん、丸腰だねぇ」
「そんな……」
昨日の歓迎会のときに孝一郎から聞かされた話を思い出し、虎太郎は顔を青ざめた。
この仕事で亡くなる人もいると、主任はそう言っていた。
そんな危険な現場に、何も持たずに行くなど、死にに行くようなものだ。
しかし、大雅は「まあまあ」と他人事のように虎太郎の肩を叩いた。
「大丈夫だよ。初めのうちは見ているだけだからさ」
そう言われてしまえば何も言い返せない。
任務内容を読み始めた大雅の横で、虎太郎はひっそりと思った。
この隣にいる適当そうな人に、果たして自分の命を預けて良いものかと。