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夜ふかしのすゝめ  作者: 桜野 佳宵
13/21

早々ナ初任務

「一家に一人だな」

「ええ。一家に一人ですね」


 感心の声を背中に浴びながら、虎太郎は箸で卵を溶いていた。

 専用のフライパンを熱しつつ、同時進行で味噌汁も作る。


 魚の焼け具合にも注意を払い、湯沸かしポットのスイッチを押す。

 人数分のカップにフィルターをセットすると、フライパンに溶いた卵を流し込んだ。


 平凡な一日の始まりの、平凡な風景。

 しかし、孝一郎と真白が揃って「一家に一台」のような感想を口にするので、虎太郎は思わず笑ってしまった。


「施設にいた頃、よく食事の用意を手伝っていたんです。一人暮らしをすることが夢だったので」

「そっか。虎太郎は偉いね。僕なんて、手伝うどころか施設のものを口にすることすら稀だったよ」


 そうあっけらかんと笑う真白は、虎太郎と同様、施設育ちだ。

 詳しく過去を聞いたわけではないが、とにかく猜疑心(さいぎしん)の強い子供だったという。

 今でこそ克服したが、昔は他人の作った食事を食べることができず、とても苦労したらしい。


「おはよーございまーす」

 

 ダイニングテーブルに食事が並び始めた頃、タイミングを見計らったように、リビングのドアが開いた。

 何とも気の抜ける挨拶をしつつ部屋に入ってきたのは、真白の相方である海斗だ。

 態度はだらけているくせにきちんと身なりが整っている。

 

「いやぁ、スズさんの機嫌が悪くって遅くなったわ」


 そう言って困り顔する海斗の肩の上で、スズと名付けられた鳥が小さく舌打ちした。

 ウソという鳥で、言うまでもなく海斗の神獣である。

 

"また私のせいにするの!? 誰にも私の声が聞こえないからって、卑怯じゃない!"


 ピーチクパーチク文句を言うスズに、虎太郎は目をしばたたかせる。

 

(今、声が聞こえないって言わなかったか? えっ、普通に聞こえてるけど……)


 不思議に思って辺りを見回してみると、誰もスズの言葉に反応していないことに気が付く。

 知らんぷりをしているという感じはないので、どうやら本当に聞こえていないようだ。

 ただ一人、海斗だけが気まずそうに目を泳がせている。

 

「あの、声が聞こえないって──」

「おはよー」


 気になって尋ねようとした虎太郎の声が、見事に遮られた。

 力のない挨拶とともにやってきたのは、虎太郎のペアであり泉家の副主任的立場にいる大雅だ。


「まだ半分寝ているじゃないですか」


 孝一郎を筆頭に挨拶を返す中、虎太郎が呆れたように言った。

 海斗と同じく気の抜けた口調だが、彼の場合は服装もだらしない。

 寝巻姿にぼさぼさの寝ぐせ頭で、背筋もだらりと曲がっている。

 まさに今起きましたという出で立ちだ。


「しょうがないじゃん。俺、低血圧なの」

「はぁ、そうですか」


 目の半分開いていない大雅に、虎太郎は適当に返して椅子に腰を下ろした。

 他のみんなも席に着くと、そろって合掌する。


「おぉ、なんか今日の朝ごはん、めちゃくちゃ健康的だね。美味しそう」


 コーヒーを飲んで目が覚めたのか、大雅が感心したように目を見開く。

 他の三人からも口々に褒められて、虎太郎は照れくさそうに笑った。


「施設でだいぶ練習したので」

「いやぁ、練習できるってだけですごいよね。俺なんか、キッチンに立つことすら禁止されるもん」


 過去に二度も料理教室を出禁にされたらしい彼は、当然のように泉家の台所も立ち入り禁止となっている。


 どうしたらそうなるのか聞いてみたいような、聞きたくないような。

 真白にそれとなく聞いてみたところ、真剣な顔で「救急車と消防車が必要になるから」との答えをもらった。

 やはり聞かない方がよさそうだ。


 虎太郎が美味しそうに食べてくれる皆を満足げに眺める中、ふと大雅のスマホが鳴った。

 その途端、部屋の中の空気がピリッ引き締まる。

 食べながらスマホを弄る大雅をだれも咎めないところから、よほど大切な連絡が入ったのだと分かる。


 しばらく画面を眺めていた大雅は、嫌そうな顔をしてため息をついた。


「人遣い荒いなぁ。こたろー、俺ら今日から仕事だってさ」

「え、まだ神使も武器も揃ってないだろうに。本部は何を考えているんだろう」


 不満げな大雅の声を聞いて、真白が心配そうに呟く。

 話を聞いていた虎太郎は、ぎょっとして大雅を見た。


「えっ、俺丸腰なんですか?」


 尋ねる虎太郎に、大雅が困り顔で腕を組んだ。


「神使は今本部が用意しているだろうし、神使が決まらないと武器も選べないから……うーん、丸腰だねぇ」

「そんな……」


 昨日の歓迎会のときに孝一郎から聞かされた話を思い出し、虎太郎は顔を青ざめた。

 この仕事で亡くなる人もいると、主任はそう言っていた。

 そんな危険な現場に、何も持たずに行くなど、死にに行くようなものだ。


 しかし、大雅は「まあまあ」と他人事のように虎太郎の肩を叩いた。


「大丈夫だよ。初めのうちは見ているだけだからさ」


 そう言われてしまえば何も言い返せない。

 任務内容を読み始めた大雅の横で、虎太郎はひっそりと思った。

 この隣にいる適当そうな人に、果たして自分の命を預けて良いものかと。

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