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夜ふかしのすゝめ  作者: 桜野 佳宵
12/21

ササヤカナ歓迎会

 真白と海斗。

 見た目からして対照的な二人の青年は、虎太郎の歓迎会の準備をしながらも、さらりと自己紹介をしてくれた。


「僕は泉真白(ましろ)といいます。二十一歳です。御先堂(みさきどう)に入って六年目になるかな。孝一郎さんや大雅さんほどじゃないけど、一応この組織の仕組みは理解しているつもりだから、分からないことがあったらなんでも聞いてね」


 真白はあまり初対面の人と話すことが得意ではないのか、色白の頬をかすかに赤く染めていた。

 眼鏡のフレーム越しにのぞく瞳が優し気で、虎太郎はホッとして会釈を返す。

 

「俺は海斗かいと。十八歳。この中じゃ一番虎太郎と歳が近い。俺もまだまだ新人だから、一緒に頑張ろうな」


 こちらは真白と違い、人懐っこい笑みを浮かべて自己紹介してくれる。

 日焼けしているせいか、真っ白な歯がやたら印象に残った。


 互いに挨拶を済ませると、ようやく歓迎会を始めた。

 料理の大半を用意したのは、大雅に説明を任せて一人キッチンにこもっていた孝一郎だ。

 大皿に乗せられた料理たちは、雑に盛られているにもかかわらず、とても美味しそうにみえる。


(美味しそうだけど……なんか緑が少ないような……)


 肉料理がずらりと並んだテーブルは、育ち盛りの虎太郎とて魅力的だ。

 けれど、小さめの皿に申し訳程度に置かれたサラダはいただけない。


(これは改善が必要だな)


 ひとつ頷いて、虎太郎は小皿を手に取った。

 未成年の虎太郎と海斗以外は酒を開け始めている。

 主役であるはずの虎太郎よりも、成人組のほうが楽しんでいるように見えるのは気のせいだろうか。


「しかし、虎太郎くんが泉家に来てくれて本当によかった。大雅が一人で任務に赴く姿を見るたびに、罪悪感でどうにかなりそうでな」


 孝一郎が申し訳なさそうに眉を下げて言った。

 海斗と真白も同じように目を伏せ、しんみりとした空気が漂う。

 なんとも言えない雰囲気に首を傾げる虎太郎の横で、大雅だけが明るく笑った。


「そんな深刻な顔しないでよ。簡単な任務ばかり回してもらったし、むしろ前より楽だったからね」


 大雅は頭の後ろで手を組むと、さぞかし残念そうに「あーあ」と言った。


「これから面倒な仕事がどんどん入ってくると思うと嫌だなぁ。こたろー、俺がラクできるように修行頑張ってね」


 道化なのか、それとも本気なのか、言葉の程度がイマイチ分からない。

 虎太郎は少し迷って、一言「はぁ」とだけ返事をした。


「……ていうか、やっぱり大雅さんが説明に回されたんですね」


 フライドチキンに(かぶ)りついていた海斗が、ふと思いついたように言った。

 もごもご口を動かす彼を、すかさず真白が「行儀が悪い」と叱る。

 話を振られた大雅は不服そうに目を細めた。


「やっぱりってなによ」

「だってあんた、料理出来ないでしょう。料理どころか、家事全般だめじゃないですか」

「えっ、そうなんですか?」


 虎太郎が反応すると、大雅は慌てふためいて立ち上がった。


「ちょっと海斗、後輩の前で止めてよ! 威厳を見せておかないと、ついて来てくれなくなるじゃん!」


 テーブルが少し揺れて、グラスの中身が零れかかる。

 大雅の正面に座っていた真白は、呆れを滲ませつつ自身のグラスを退避させた。


「安心してください、大雅さん。そんなことを言っている時点で、すでに威厳は無くなっていますので」

「真白が冷たい!」


 ヒイヒイと情けない声で喚く大雅から距離を取りつつ、虎太郎は孝一郎の方を向いた。

 孝一郎は彼らの様子を見守りつつ、静かに食事している。

 大人の風格があってかっこいい。


「あの、孝一郎さん」


 虎太郎は孝一郎にだけ届く声量で話しかけた。

 なんとなく、会話を大雅たちに聞かれたくないと思ったのだ。

 それを察してか、孝一郎はそっと顔を近づけてくれた。


「さっき大雅さんの説明を聞いていて思ったんですけど、仕事で頻繁に出かけるのに、勉強する時間はあるんですか?」


 質問を受けた孝一郎は、わずかに眉を上げて、おかしそうに目を細めた。


「なるほど、杵築が気に入るのも分かるな」


 そうぽつりと呟いてから、酒を一気に飲み干す。

 コトンと置かれたグラスの音は、大雅たちの騒ぎ声によって掻き消された。

 

「勉強は一人ひとりのペースに合わせて調整する。得意不得意だけじゃなくて、その時々の任務状況にも応じて学習を進めていくんだ」


「……つまり、あくまで任務が第一なんですね」


 勉強が別段好きと言うわけはないけれど、落ち着いて学ぶことができないのは少し悔しい。

 それは、同学年に後れを取りたくないという、子供のような意地でもあった。


「この組織は万年人手不足でな。すぐにでも仕事の依頼が回ってくるだろう。だが、学校の機能を持つ以上、勉強面のサポートも手厚く行う。そこは安心してくれていい」


「わかりました」


 頷く虎太郎に満足気な笑みを返してから、ふと孝一郎は表情を改めた。


「それから、数年に一度、大渦(たいか)の日が来る。一晩中大量のケガレが発生する、我ら神獣使いが最も忙しい日だ。数が多いだけじゃなくて、ケガレ自体も力が強まり、ここで命を落とす人だっている」


 虎太郎は言葉を返すことはせず、ただ静かに耳を傾けていた。


 実感がわかないせいで、恐怖を感じることはなかったが、漠然とした不安が心を覆う。

 暗い表情を浮かべる虎太郎の頭を軽く撫で、孝一郎は柔らかく微笑んだ。


「そうならないように、我々は修行を積むんだ。自分やペアの命を守るためにな」


 話を聞いて、徐々にこれからの自分の姿が見えてきた。

 虎太郎は高ぶった気持ちを抑えるように、グラスをゆっくり傾けた。

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