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夜ふかしのすゝめ  作者: 桜野 佳宵
11/21

賑ヤカナ泉家

 大雅は観念したように頭を振ると、真剣な表情を作って「始めようか」と言った。

 虎太郎も一つ頷いて姿勢を正す。

 二人の間に漂っていた微妙な空気は、すぐに真面目なものに変わった。


「えーっと、まず、神獣使いの仕事がどういうものなのかは知っているよね?」

「はい、簡単になら。神使と協力してバケモノを祓う仕事ですよね」


 杵築の話を思い返しながら答えると、大雅は数度うなずいて肯定した。


「うん。大まかにはそんな感じ。それでね、僕らの間では、そのバケモノのことをケガレって呼んでいるんだ。人の心から生まれたもの。それがケガレの正体」


 虎太郎は大雅の言葉をゆっくりと咀嚼し、自分の中の常識に組み込んでいく。

 その様子を見届けてから、大雅は再び口を開いた。


「で、ケガレには自我の持たないものと、自我の芽生えたものの2種類いるんだ。自我のないやつは、まあ、場数踏んでいれば簡単に祓える。けど、自我のあるやつは厄介でね、人間に憑依して悪さしたり、物や植物と一体化して巧妙に隠れるものもいるんだ」


 虎太郎は一瞬うなずきかけ、それから思い切り顔をしかめた。


「……厄介ですね」


「でしょ。ちょー面倒なの。さらに厄介なことに、そのレベルのやつらは俺たちにも見えない。だから、自我のあるケガレを祓うには、神使の力が必要になるんだ」


 熱心に話を聞いていた虎太郎の目の前に、コトリと湯飲みが置かれた。

 いつの間に戻ってきたのか、エプロン姿の孝一郎がすぐ横で二ッと笑いかけてくる。

 向かいに座る大雅にもお茶を手渡すと、その隣に腰を下ろした。

 

「なかなか受け入れずらい話だろう。いくらケガレが見えるとはいえ、今まで培ってきた常識が一気に覆されるんだからな」


「そうですね。ギリギリ理解はできるんですけど、どうしても現実味がなくて」


 虎太郎は苦笑を返して、お茶を一口飲んだ。

 程よい苦味にホッとする。

 それから少し考えて、口を開いた。


「あの、神使はケガレを見つけるのが仕事なんですか?」


「いや、祓う方もやるよ」


 答えたのは大雅だった。

 湯飲み茶碗を両手でコロコロさせながら、虎太郎に視線を向ける。


「それだけ聞くと、人間必要ないじゃんって思うでしょ? でもね、実は俺たち、超重要なのよ」


 大雅の隣でお茶をすすっていた孝一郎が、うんうんと数度うなずいた。


「このあたり、テストに出るからね。マーカー引いておいて」


「出ない出ない。ちょっと主任、ペン渡してこないで。あと少し黙ってて」


 冗談か本気かわからないテンションの主任にツッコミを入れつつ、大雅はゴホンと咳払いを一つした。


「……さっき、自我のあるケガレは人間に憑依するって言ったでしょ? ツキビトって呼ばれるんだけど……とにかく、そのツキビトからケガレを祓うには、あることをしなければいけないんだ」


「あること?」


「うん。それは――」


 もったい付ける大雅に、虎太郎はごくりと喉を鳴らして身構える。

 大雅は真面目な顔を作ると、まっすぐ虎太郎を見据えた。


「会話」

「…………は?」

「いや、だから会話」

「聞こえてますよ。マーカーペンもいりません。そうじゃなくて……え、ケガレと会話するんですか?」


 差し出されたペンを突き返しながら尋ねると、大雅はゆるく首を横に振った。


「いや、ちがう。憑かれた人とすんの」

「出来るんですか?」

「うん。いくら自我があるとはいえ、所詮ケガレはケガレ。会話するまでの知能は持たないんだ」


 理解ができそうで出来なくて首を傾げると、大雅は「あー」と呻きながら頭をポリポリといた。


「つまり、ツキビトの言動をケガレが操るんじゃなくて、心の底にある不満や欲望をケガレのせいで強く意識しちゃって、結果悪事を働いちゃうって感じ」


「えっ、それじゃあ、本人は自分がおかしいって気づけないじゃないですか」


 ぎょっとして言い返す虎太郎に、大雅が目を輝かせて頷いた。


「そう、それ! こたろー頭いいね!! まさに今こたろーが言った通り、ツキビトは自身の異常に気づけない。いくら周りが止めても、その言葉は届かない。でも、俺たちは違う」


「どういうことですか?」


 虎太郎がそう尋ねると、大雅はニヤリと笑って前のめりになった。

 誰かが聞き耳を立てているわけでもないのに、秘密を明かすように声量を落とす。


「俺らのようにケガレや神使が視える人たちはね、一般人よりも言葉の力が強いんだ」


 ひそひそと伝えられた言葉に、虎太郎は眉をひそめた。


「声が大きいって意味ですか?」

「違う違う、言霊(ことだま)が使えるってこと」

「えぇ……言霊……?」


 胡散臭そうに言い返されて、大雅は思わずといった風に笑い声をもらす。

 隣で大人しく会話を聞いていた孝一郎も、つられて笑った。


「信じられないだろうけど、本当の事だよ。主に相手を説得しようとしたとき、顕著に現れる能力だ」


 孝一郎の言葉に、虎太郎は一度何か言おうと口を開くが、すぐに飲み込んだ。

 過去の自分を(かえり)みても、自分に何か特別な力があるとは思えない。

 

(だって、いくら『信じて』って言っても、人によっては信じてもらえなかったから。そんな便利な力があるのなら、俺はあそこまで和希たちから嫌がらせを受けていなかっただろうし。……その能力、もしかしたら俺にはないのかも)


 表情を曇らせる虎太郎に気づくことなく、大雅は口を開いた。


「でね、その力を使って、ツキビトに自分がおかしいんだって自覚させるんだ。すると、自覚したツキビトの体が拒否反応を起こして、ケガレが体内から追い出されるってわけ」


「……無理やり祓おうとするとどうなるんですか?」


 自分の中の懸念を追い払いつつ質問すると、「あっ、それ聞いちゃう?」と笑ってから、大雅はすっとその笑みを消した。


「廃人になる。ケガレは魂に寄生するから。だから神使は人と手を組んだんだ。言霊を使える、俺たちとね」


 虎太郎は「なるほど」と小さく呟いた。

 両者の利害が一致しているからこそ、御先堂は何百年も続けることが出来たのだろう。


 そこまで理解してから、ふと疑問が浮かんで大雅を見た。


「じゃあ、俺たちが祓うわけではないんですね」

「ううん、祓うよ。神使だけじゃ荷が重いからね」


 あっけらかんと返され、虎太郎は目をしばたかせた。


「えっ、でもどうやって……?」


 そのとき、玄関の方から鍵の開く音がした。

 ついでドアの開閉音。


 聞こえてくる足音と人の声に、孝一郎が立ち上がった。

 一連の流れを見ていた大雅が、虎太郎に向けてニコリと笑いかける。


「武器を使うの。まあ、その辺の説明はまた今度するよ。どうやら泉家が揃ったみたいだから」


 大雅の後ろに位置するリビングのドアから、二人の青年が顔を出した。

 眼鏡をかけた優しそうな青年と、真夏の空の下で虫あみ片手に笑っていそうな色黒の青年だ。


「あっ、ねぇ海斗(かいと)、新人の子が来ているよ。挨拶しないと」

「おー。よかったな、真白(ましろ)。可愛い後輩が増えて」


 一気に賑やかになったリビングは、自然と家庭の空気を醸し出していた。

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