新タナ環境
満面の笑みを浮かべる大雅の後ろに、あの白いオオカミが控えていた。
ヘラヘラした男と凛とした佇まいのオオカミという、なんとも対比の激しいコンビだ。
「いや、どこが偶然ですか。他意しか感じられないんですけど」
白々しい様子の大雅を、虎太郎がじろりと睨みつけて一蹴した。
数日前に会った組員とパートナーになるなど、偶然というにはあまりにも出来すぎている。
理由は分からないが、おそらく彼が虎太郎のことを組織に伝えたのだろう。
大雅自身も無理があると理解していたようで、きまり悪そうに肩をすくめた。
「いやー、でもパートナは名乗り出たわけじゃないよ? 君の入隊にはたしかに関与しているけどさ」
「やっぱり」
「でも、嫌じゃなかったんでしょ? じゃなきゃ、虎太郎くんは今ここに居ないわけだし」
宥めるようにそう言われ、子ども扱いされた心地になる。
それがとても嫌で、今度は虎太郎の方が目を逸らした。
別に組織に自分の存在を報告されたことが嫌なわけではない。
むしろ御先堂への入塾は虎太郎にとって人生の転機ともいえる出来事なので、大雅は感謝すべき恩人である。
だからこそ、そんな恩人のことを単なる胡散臭いチャラ男として扱っていた虎太郎としては、少し気まずいのだ。
不意に、微妙な空気が流れる二人の間に巨体が一つ割り込んできた。
「二人とも会話が弾むのは一向にかまわないが、とりあえず移動するぞ。うちが一番最後だ」
バリトンボイスを発する巨体は、大雅とともに虎太郎の元へやってきた、あの右頬に大きな傷のある男だ。
精悍な顔立ちに似合う太い眉をピンとつり上げ、男は歩を進めながら虎太郎に視線をやった。
「紹介が遅れてすまない。俺は『泉家』のまとめ役であり、御先堂の主任を務めている泉孝一郎だ。パパと呼んでくれて構わない」
「…………はい?」
厳格そうな男の口から似つかわしくない言葉が飛び出してきて、虎太郎は思わず聞き返す。
(今この人パパって言わなかったか?)
聞き間違いかもしれない。そんな期待を込めて巨体を見上げる。
「冗談だ」
男もとい孝一郎は不思議そうな顔をする虎太郎に、表情を一切変えることなく答えた。
三人は御先堂の建物から出ると、ビルの裏手に回った。
個人店の並ぶ通りを通り過ぎ、十五、六分ほど歩く。
そのまま入り組んだ工場地帯を抜けると、森の方からふわりと澄んだ木の香りが香った。
森の手前には大きな家がいくつも立っており、和洋様々な形をしている。
住宅地というよりは別荘地といった感じで、背景の木々によく溶け込んでいた。
(なんでこんな立地の悪そうなところに家が……? 工場と森の板挟みって、住みにくいだろうに)
小首をかしげていると、虎太郎の様子に気づいた孝一郎が口を開いた。
「ここが神獣使いの組員が住まう家々だ」
そう言って、右手の平を家々に向けた。
「あぁ、なるほど……」
虎太郎は孝一郎の言葉に納得して頷いた。
神獣使いは非公式の組織だ。職業柄、目立つところで生活するのは色々都合が悪いのだろう。
孝一郎は虎太郎と大雅を連れて、たくさんある家の中の一つに向かった。
瓦屋根に木製の両開きドアという、和洋の混じりあった外観のそこは、ちぐはぐな印象を与えつつもちゃんとした家だった。
児童養護施設のように事務的な見た目ではない、普通の家。
それが虎太郎には物珍しく映る。
『泉』と掘られた表札を通り過ぎ、虎太郎は家の中に入った。
玄関は施設や学校の昇降口みたいな広々としたものではなく、大人が二人立てば埋まってしまうほどの狭さで、居間まで続く廊下は数歩いけば歩ききってしまうほど短い。
廊下の右側には手すり付きの階段があり、どうやら二階に繋がっているようだった。
「虎太郎くんはたしか施設の出だったな。一般の家はどの部屋も狭いから驚いただろう」
興味深げに辺りを見回す虎太郎に、孝一郎が気遣わし気な声音で言う。
しかし、虎太郎は大きく首を横に振って否定した。
「いえ、狭い方が落ち着くので。それに、やっと普通になれたって気がして嬉しいです」
「そうか」
孝一郎はわずかに口角を上げると、一言そう返した。
そのまま三人はリビングに入り、各々着ていたコートを脱いでダイニングテーブルに座った。
リビングにはダイニングテーブルのほかに革張りのソファーとローテーブル、そして大きめのテレビが置いてあった。
壁に予定などの書かれたホワイトボードが設置されていたり、チェストに写真が飾ってあったりと、生活感が垣間見える。
また、掃き出し窓からはこぢんまりとした庭が見えており、綺麗な花がたくさん植わっていた。
「さて、虎太郎くんには説明しないといけないことが山ほどあるわけだが……」
そう言って思案顔をした孝一郎は、すこしの沈黙ののち、一つ頷いて席を立った。
「俺は一家の大黒柱だからな。ちょっとお茶を淹れてくる。そういうわけで息子よ、お前が説明しなさい」
「だれが息子だよ。ていうかお茶出しは大黒柱のすることじゃないって」
息子と呼ばれた大雅が慌てて引き留める。
しかし、孝一郎はさっさとキッチンに姿を消してしまった。
残された二人の間には、またしても気まずい空気が流れた。