悪役令嬢エレクトラ・プレアデスは病んだ執事の籠の中、微睡みに落ちる。
ξ˚⊿˚)ξ <諸注意。
1:ヤンデレ注意。
2:「ヒーローのメンタルがキモい」……まあヤンデレなので。
3:「こんなんヤンデレじゃない」さーせん。ヤンデレへの理解が不足ですねー。
4:「ちょっとえっちくない?」あ、はい。でもなろうのR18基準は踏み越えないよう規約を確認しました。
「エレクトラ!貴様がマイアに放った暴言の数々!気づいていないとでも思ったか!
斯様な者を王家には入れられぬ!エレクトラ・ヤヌス・プレアデス公爵令嬢、お前との婚約をここで破棄する!」
私の右の耳に嵌めた魔石から馬鹿王太子の声が響く。
「……なんで……なんてこと」
囁くような嘆きの声。夜会の会場の誰にも届かないであろうそれは、我が主人の胸元、薔薇のコサージュに仕込んだ集音魔法が捉えて屋敷にいる私の耳へと運んだ。
「なんでよ……助けて……コトー……」
ああ、お嬢様が私の名を!
今すぐ飛んでいきたい。ですが身分の卑しき執事たる私は、華やかなる宴の場には立ち入れぬ。
エレクトラ様は王太子の暴言に耐えながら息を整え、そして凛とした声を響かせた。
「わたくしは貴族としてのあるべき姿について彼女にお話ししたことはありますわ。それを暴言とは随分なお言葉ですわね。
そんな讒言を殿下のお耳に入れたのはどなたかしら?」
誰も名乗りなど上げはしない。ふん、誰も彼も卑怯者どもよ。
「だいたい、それが全て真実としてもですわ。公爵令嬢たるわたくしが、たかが男爵令嬢ごときにその程度のことをして何かの罪に問えるというの?」
「マイアは俺が愛する者だぞ!」
ああ、愚劣。あまりにも将来国を背負って立つには相応しくない男。
「なるほど、わたくしとの婚約がありながら不貞をしていたと」
「何が婚約者だ!お前との間に愛を感じたことなどない!」
「いいでしょう!婚約破棄の件、承りますわ。今後は殿下にもそこの何とか言う令嬢にも一切話しかけぬことといたしましょう」
「衛兵!つまみ出せ!」
私は彼女に危害が加えられる際は禁を破ろうとも駆けつけるべく、御身を護るために転移の魔力を練り上げる。
ですがお嬢様は毅然と叫ばれた。
「近寄るな!わたくしは婚約破棄を認めましたが、罪を認めたつもりはありませんわ!
下賤の者がわたくしに触れるなら、一族郎党の死を覚悟なさい!」
私は魔力を霧散させる。ああ、流石です。そうでなくては愛しき主人よ。
「……では御前失礼いたします」
「公爵家の忌み子め」「いいざまだわ」「気持ち悪いのよね」「ああ、悪魔の子だよ」
会場を立ち去らんとするお嬢様に浴びせかけられる罵声・嘲笑。その声を全て脳裏に焼き付ける。貴様ら如きにこの世界の至宝を嘲る権利があるとでも……!
扉が閉まり、回廊を一人歩まれているのだろうか。
馬車止めへと向かう道。会場の騒めきは遠く、僅かに鼻を啜るような音。
ああ、お嬢様。私はお嬢様をお出迎えする準備をせねば。
風呂と軽食を用意して鏡の前へ。
魔力を帯びて青みがかった金髪を梳り、後方へと撫でつける。
顔色をチェック、緋色の瞳が此方を覗き込む。愚物共への怒りが表情に出ていないか、黒羽の君に抱く劣情が表情に出ていないか、全てを薄っぺらい笑顔の下に隠す。
燕尾服の裾を襟を整え、タイが曲がっていないか、窪みは中心にあるか。……良し。
耳に仕込んだ盗聴の魔石を片づけた頃、屋敷の外から馬車の音が。石畳を蹄が蹴り、車輪が回るのが聞こえる。
私は急ぎ玄関へと向かった。
公爵家の敷地内にある離れ。そこが我が主、エレクトラ・ヤヌス・プレアデス様がお住まいになる場所であり、私、コトー・ファゴットの職場でもある。
私たち二人しかいない離れ。旦那様も奥様も近寄らず、他の使用人やメイドたちも排除されてきた。
旦那様は先妻の娘であるお嬢様を厭い、後妻である今の奥方やそのお子様達とよろしくやっている。
お嬢様が幼い頃に王太子と婚約を結んでいるため排除できぬだけ。だがこれで旦那様も動かれるだろう。
玄関の前、頭を下げて馬車を待つ。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
「ええ」
馬車の扉を開けると、不機嫌な声と共にすらりと繊手が伸ばされる。
それを優しく引き寄せると、光沢ある漆黒の盛り髪に取り囲まれた金の妖眼が顕れた。緋の口紅はいっそ毒々しいまでに妖艶。
ああ!夜闇を纏う黄金の月よ、夜の女王!
離れのお部屋へと彼女を導く。
毅然と前を見据えて歩いておられるが、いつもより僅かに足取りは遅く、私の腕にそっと添えられた手は僅かに震える。
哀れな小鹿か、指先に降り立つ移り気な蝶々か。
彼女の首飾りは公爵家の家宝たる北斗七星、金鎖に七の金剛石が飾られたもの。触れれば折れんばかりの白磁の首元に輝いている。
肩出しの真紅のドレスの首元には私が魔力を込めたコサージュ。
胸元は貪りつきたくなる豊かさ、腰は抱きしめたくなる細さ。スカートはふわりと広がり、滑るように歩かれる。
ああ、エレクトラ様。まさに生きる宝玉よ。
お嬢様のお部屋に辿り着き、部屋の扉を閉めるや否や、彼女は振り返る。金の瞳が盛り上がり歪む。そして震える手を持ち上げると私の胸を叩いた。
「なんで!なんでなのよ!」
彼女の拳が力なく幾度も私の胸へと叩きつけられる。
金の瞳からはらはらと涙が床へと落ちる。
ああ、我が太陽。雨を止ませて下さい。
私は貴女の影、貴女は私の光。
光が失われては私など存在すらできないのだから。
「どうせ聞いてたんでしょう!わたくしの無様な……惨めな様を!」
「お嬢様は御立派でした」
「嘘よ!」
夜会用の孔雀羽の扇を振り上げ、私に叩きつける。
乾いた音と共に扇の骨が折れ、その尖った先端が私の頰を抉った。
紅が散る。
「あっ……」
「嘘では御座いませんよ。お気は鎮まりましたでしょうか」
外では常に毅然とされ、本質はどこまでもお優しいお嬢様。
その抑え切れぬ激情を受け止められることの何たる幸せなことか。
私は他に誰もいないこの場で、敢えて耳元に唇を寄せて囁く。
「殺してきましょうか?」
「え……」
「淫売男爵令嬢を、色情狂王子を、無能な取り巻き共を、見て見ぬ振りをした国王を、貴女を守りもしない両親を」
「本当に、……本当に殺してきてくれるの?」
「ええ、長のお暇を頂くことになりますが」
さすがに私とて王族を弑して捕まらぬとは言えませんから。
ですが我が女神が平穏を得るというのであれば、我が身などどれほどの価値がありましょう。
全魔力と生命力と来世以降の運命も全て燃やし尽くす禁呪を以てすれば、この王都を灰燼と化すことも可能。
命の気配なき絶望の廃墟の頂上で唯一人、孤独に涙を流すお嬢様。それも素晴らしい。
「……今はいいわ」
彼女のために世界を道連れに破滅するという思考はあまりにも甘美な毒薬。
だがそれを引き留めたのもまたお嬢様である。
私は紳士の礼を取って敬意を示す。
「仰せのままに」
ああ、やはりお優しい。
彼女が落ち着くのを待ち、声をかける。
「お風呂はお入りになりますか?」
「もう疲れてしまったわ。明日ね」
「ではせめてお顔だけでもお拭き下さい、今、布をお持ちしますので」
「ええ」
私が熱く絞った布を用意し、近づく。
涙が化粧を流し、頬を汚してしまっている。
「失礼いたします」
私はそっと顔を拭った。熱い布が顔に当てられ、お嬢様の眉間の皺が緩む。
顔を拭い終えると、我が至上は両手を持ち上げた。
私は背中に回り、ドレスのボタンを外していく。ばさりと服が床へと落ち、コルセットの紐を解いていく。
ふぅ、と甘美なため息。
締め付けられていた肋骨が開放され、深い息に染み1つない背中が波打った。
次いで床にスカート、ガーターと落ちていく。
頭に手をやり、髪飾りとピンを外していくと、結い上げられていた黒髪が真っ白な御身の背中に流れ落ちる。
ああ、黒翼の天使よ。何故、天から堕ち、人の間でも疎まれるのか。
お嬢様の膝の裏に手を。抱え上げて寝台の上へと運ぶ。彼女は何も言わず私の首に手を回される。その瞳は硝子のように無機質。羞恥心の欠片も感じられない。
屈み込んでおみ足から靴を脱がせ、下着を抜き取り一糸纏わぬ姿に。
白き裸体を寝台に晒す。
ああ、彼女は一人舞台に立つ女役者。
その本質はか弱く、柔らかだけれども。ドレスという鎧、化粧という仮面を纏って舞台に立っていた。
だが今や彼女は全ての護りが剥がれ、王太子の婚約者という武器も失ったのだ。
私はそっと彼女の身に布をかける。
「お休みなさいませお嬢様」
離れようとした際、お嬢様の手が私の燕尾服の裾を掴んでいた。
背中を丸めて、その力強い意志をあらわす金眼を閉じて物言わぬ様は、まるで子猫のよう。
私は黒き髪に唇を落とし、その手から力が抜けるのを待った。
灯りを落とし、自室には戻らず部屋の隅へ。
もし魘されるようであれば直ちにその手を握って差し上げるために。暗闇の中、私は声に出さず呟く。
ああ、親しき暗闇よ。エレクトラ様こそ私の世界の色の全て。彼女が喪われれば我が感情も色もなにもかもが闇に沈むであろう。
愛してる、傷つけたい、高貴たれ、地に堕ちよ。
公爵令嬢という地位を失えば、羞恥に頰を染めてくれるのだろうか。
いとおしい、汚したい、護りたい、殺したい。
私の劣情を叩きつけたらどのような顔をなさるだろうか。
そうして彼女を評価しない現世から共に去り、永遠となった方が幸せなのでは?
ああ、闇に思考が引き摺られる。コトー・ファゴットよ、エレクトラお嬢様に救われた恩を、彼女の従者としての矜持を忘れるな。
……………………………
私は一睡もすることなく翌朝を迎えた。本館から旦那様の遣いが訪れ、顔を出すよう命じる。
お嬢様とゆっくり朝食を取り、衣装を整えて昼頃にそちらへと向かった。
「お前をベテルギウス修道院送りとする」
席につくや否やの旦那様の言葉に、お嬢様の顔が青褪める。
「そ、んな。わたくしは何も……」
「黙るがいい。プレアデス公爵家の面汚しめ」
面汚しは貴様の方だろうに。
ああ、懐に忍ばせた短剣で滅多刺しにしてやりたい。その脂肪まみれの腹は実に突き刺しがいのあることだろう。
「お待ち下さい、旦那様」
「コトー・ファゴットか。……何だ、エレクトラの犬め」
私の唇が歪むのが分かる。エレクトラ様の犬、愚物にしてはいいことを言うじゃないか。
「ベテルギウス修道院は男子禁制、お嬢様をそこに入れるのであれば、私は公爵家を辞させて頂きますがよろしいので?」
ちぃっ、と大きな舌打ち。
絶望を表情にのせて振り返る我が最愛。ああ、なんて愛おしい。
「貴様、公爵家に拾われた恩を忘れたか!」
「私を拾ったのはエレクトラお嬢様に御座います。プレアデス家に拾われたのでは御座いません」
魔術師組合を追放され、路上で行き倒れていた私を救って下さったのはお嬢様唯一人。大人達の反対を押し切って従者として雇ったのもお嬢様。
今やこの王国でも最高位の魔術師でもあるこの私を縛る尊き鎖はあなた唯一人なのです。
「デネブの別荘を頂けませんか?今は使われておらぬでしょう」
デネブはプレアデス公爵家の暗部。身内から罪人や内部抗争の敗者を幽閉するための別荘。
「毒杯は」
「呷ったことにしていただいても構いませんよ、対外的には」
旦那様は長い長いため息をついた。
「……明朝出立せよ」
「承知いたしました」
私はお嬢様の手を取って立つ。
部屋から去るとき、我が運命は振り返って旦那様に声をかけた。
「ご厚情、感謝いたしますわ」
そして私の耳元で囁く。
「有難う、コトー」
……………………………
粗末な馬車で田舎道を行く。
御者もつけられず、私が手綱をとっての旅。
遠くに湖畔に建つ瀟洒な別荘が見えた。
近隣の村人がこちらを見た。デネブ近隣の村は食料などを送ってくれる。一方で我々が逃げぬよう公爵家の監視員や兵が紛れているはずだ。
貴人のための美しき牢獄。
「お嬢様、到着いたしましたよ」
「すう……すう……」
お嬢様は馬車の中、寝てしまわれていた。
長旅に加え、あまり質の良くない馬車だ。疲労も出てしまったようだ。
手には手巾、高価な透かし編みは皺だらけになり、濡れている。
涙を拭われていたのだろう。
「失礼いたします」
私は先に屋敷の扉を開ける。人気は無いが、掃除だけはされている様子に安堵する。
我が光を横抱きにかかえてそっと馬車をおりて屋敷の中へ。
お嬢様をまずは応接室のソファーにそっと座って頂く。
「……コトー?」
「はい、エレクトラお嬢様、コトーはここに」
「運んでくれたの……ありがと」
甘い声、公の場でもご家族の前でも決して出さない声。
「いえ、ゆっくりとお休み下さい」
「うん」
金の眼が閉じられる。
大丈夫です、お嬢様。
しっかり『ざまぁ』はいたしましょう。
私の盗聴術式で淫売と色情狂の全ての密会も取り巻き共の陰謀も、公爵家でお嬢様が疎んじられていたことも。
公的な記録として提出できる状態で保管してあります。
裁判所、第二王子派、中立派、五月蠅い新聞屋にも、場合によっては隣国にも流しましょう。
いつだって奴らを告発し、不幸のどん底にも叩き落とせるのです。
……でもそれは今ではない。
「ああ、おいたわしや。美しく可哀想なマイ・レディ」
今だと第二王子派に取り込まれてしまう。その旗頭にされてしまったら、第二王子の婚約者にすげ替えられてしまうやもしれぬ。
「私ごときに愛されてしまうだなんて」
時間がいる。そう、ゆっくりと王太子の権力を削ぎ、悟られぬよう第二王子に力を与えねば。
その間にこの鳥籠の中、この麗しの金糸雀が飛び立てぬよう、ゆっくり優しく羽根を捥いで差し上げなくては。
「王国国民、全てにとっての女王様ではない。私だけの女王様。
私の為だけに囀って下さい。きっと幸せに致しますから」
私は跪いて両手を地につけ、彼女の靴の爪先に口付けた。
ξ˚⊿˚)ξ <ご高覧ありがとうございました!
よろしければ下の★で応援よろしくおねがいいたします。
★ヽξ˚⊿˚)ξノ★