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「最近さ、芳野っていい匂いしねえ?」

「におい?…あー、分かるかも。なんか甘い花の匂い。香水つけてんかな」

「香水とかより、なんかフェロモンみたいじゃね。色気出てきた的な」



エロオヤジかよ、と朝から笑いあう彼らの話題に上がったのは教室の端、校舎に出入りする人らがよく見える窓際の席に座っている芳野だった。

その芳野と言えば現在、その席を活かして頭を傾け視線は窓の外にずっと釘付けである。



(…あ!)



そしてやって来た目当ての人物に芳野はぱぁっと花開いたように笑った。


二階の教室の窓、そこから見えるのは生徒たちの登校風景。まばらに他の生徒らも登校している中で芳野の視線は一点集中している。



(!、こっち見た)



その人物とは言わずもがな、最近できた芳野の彼氏の、加瀬のことである。

上を向いてヒラヒラと芳野に向けて手を振り、目尻の垂れ下がった微笑みを浮かべている。



(えがお…かわい)



そんな加瀬の様子に芳野もへらっと蕩けた笑みを意図せず返す。

すると下の加瀬が食べるフリのジェスチャーと口パクで「またおひる」と言うから芳野はブンブンと上下に首を勢いよく振った。




「…なあ、芳野ってオメガだったっけ」

「え、ベータだろあいつは。…ベータだよな…?」

「いや今のはふつうにかわいいだけだわ、なんだあの笑顔」



一連の様子を見ていたクラスメイト3人。

こっそり芳野の知らぬところで、その笑顔と優しい雰囲気にファンが出来ていた。







いつもの場所、第三音楽室でいつものように昼食をとった2人は、ベートーヴェンの肖像画の前でいつもと同じく壁にもたれて座る。

変わったのは週二、三で共にしていた昼を毎日食べるようになったこと。



「加瀬さん、お昼ごはん菓子パンひとつだけじゃないですか!ちゃんと食べないとだめって言ってるのに」

「芳野がウルサイからこれでも食べるようになった方だよー」

「う、ウルサイって…!俺は心配で言ってるのに…もうじゃあ今から心配しない!加瀬さんなんて飢えてガリガリになっちゃえばいいんだ」



プリプリと怒る芳野に加瀬は悪戯が成功した子どもみたいに笑って自分で作ったお弁当を食べる芳野の頬を片手で挟んでむにむにした。



「ちょっと。彼氏にそんな冷たいこと言うのはこの口?」

「はにゃ、はにゃしてぇ」

「ふは、ぶっさいくでかわい」



そして二人のスキンシップが増えたのも、付き合ってからだ。


誰のせいで…と、頬を押されたせいでたこ口になるから喋れず、その恨み節は芳野の脳内で止まった。加瀬はしばらく芳野の頬を引っ張ったり、顔中をぺたぺた触って一通り楽しむとやっと離す。



「加瀬さんのばか…」

「お、まだ言うか」

「いえ!なんでもありまセン」



これ以上されたら自分の顔が伸びたりしないかの心配よりも、甘いマスクの美形の大好きな人の顔が目前にあるせいで破裂寸前の心臓の方が心配だ。


まだまだこちらを触りたそうにしている加瀬を横目に入れながら気を紛らわそうと芳野はお弁当を食べることに集中した。



「…芳野がこの前みたいに、毎日お弁当作ってくれたら、それなら食べる」



すると加瀬は形の崩れた玉子焼き、焦げ目をつけすぎたウインナーなんかの入った芳野のお弁当を見てそう言った。



「えっ」



ぎょっと芳野が驚くのも無理はない。お世辞にも芳野はお弁当の中身を見て貰えば分かる通り料理上手とは言えない。

それでもとついこないだ、一度きりではあるが食べることをめんどうくさがる彼氏のためにお弁当を作って持って行ったことがある。


張り切って前の晩から下拵えしておいたハンバーグは水分を多く含ませすぎてしまったのか形がまとまらず大粒のそぼろみたいになってしまったし、焼鮭は中までしっかり火が通っていなくてサイアクだった。



「だめ?また食べたいんだけど」

「ぜ、絶対菓子パンより体に悪い…それに、まずいし」

「でも芳野は食べてる。それに俺はまずいなんて言ってない」



パンを食べ終わった加瀬が、はしを置いた芳野の手を取り、その端正な顔から笑みを消して真剣な表情で言った。



「…手、怪我いっぱいだね」

「う、これは…、料理中に」



せっかく加瀬の事が好きだったと言うオメガに頼まれた生徒らに受けた暴行の傷が治ったところだと言うのに、芳野の左手は絆創膏だらけだった。包丁を使うときに切ったらしい痕がいくつかと、火傷のあとも。



「芳野のつくるお弁当は食べたいけど、ケガはして欲しくないなあ…」

「自炊にはまだまだ慣れなくて…」



高校から外部入学の芳野は初めての寮暮らし。実家で暮らしていた頃、いつも母が美味しい料理を作ってくれていたことに感謝する毎日だ。



「じゃあ今度一緒に作ろ」

「えっ!加瀬さん料理できるんですか?」

「さあ。あんまりやらないけど、レシピ見れば出来るでしょ」



加瀬の言葉に、芳野は華麗にイタリアンやフレンチを次々調理していく加瀬をイメージする。



(お、美味しそう…!)



あくまで芳野の想像に過ぎないのだが、ちらりとアルファの優れた一面を垣間見た気がした。ベータで鈍臭い自分にはレシピを見ただけで料理なんて出来ない。切るのも焼くのもまだまだぎこちないから、芳野は少し加瀬に嫉妬した。



「手、出して」

「?」



そんな、芳野の手を一度離した加瀬はごそごそと自分の制服のポケットから桃色のパッケージのチューブを取り出した。クリーム状のそれを手の甲に出し、手のひらで馴染ませると芳野の手に揉み込んだ。



「これね、フランボワーズの匂いの薬用のハンドクリーム」

「加瀬さんの匂いですね!これ!俺、好きな匂いです」

「まじで?俺もこれお気に入り」



大好きな加瀬の匂いのルーツを知った芳野。

甘酸っぱくて、肺いっぱいに吸い込んで鼻の奥にずっと留めておきたい匂いだ。

これで手の怪我が治る訳はないが、気休め程度に。加瀬はそんな気持ちで芳野の指を一本一本丁寧に、甲に平にとしっかりクリームを塗ってやる。



「あ、そいえば」

「?、なに?」

「最近俺…いいにおいするって言われること多くて。今朝も言われたんですよ!自意識過剰じゃなかったらだけど…。今までそんなの言われた事なかったし、自分の匂いなんて分からないから気付かなかったけど、もしかしたら俺、加瀬さんの匂いがうつってたのかも」



手にハンドクリームを塗ってくれる加瀬の手を芳野は握り返し、そのまま手を繋いだ状態になった二人。無骨で自分より一回りは大きい加瀬の手を見て芳野は言った。ほんのり桃色に染まる頬に上がる口角、その表情から芳野が嬉しそうだということが伺える。


しかし芳野はまわりから評価される自分の匂いが、加瀬の移り香だと思い込んでいるがそうではない。

いくら二人が恋人同士で、昼も放課後もこの第三音楽室で毎日一緒に過ごすからと言って、お互い寮からばらばらに登校してきてる朝から芳野が加瀬の匂いを纏えるはずがない。



「…染まりやすいのかもね、芳野は」



ある意味、と加瀬は付け足すのをヤメた。


自分の匂いに包まれている、と思い込んだままの愛らしい、鈍感なままの君でいて欲しい。そう加瀬が願ったからだ。


ーそう思う自分も大概だろうか。

加瀬の思惑が芳野に伝わる事はなく、今度は大人びた雰囲気をまとって笑った。






(あの、俺…頑張って料理上手になるんで、うまく出来たときには、加瀬さんに食べてもらえると嬉しいデス…)

(楽しみだな。早速今日から練習しようか)

(えっ?!きょ、今日から?!…あ、いや、がんばります!)

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