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俺もあんな風に愛されたかったなあ、


最近よくそう思うようになったのはずっと好きだったアルファの先輩が、オメガの先輩と番になったらしく、仲睦まじく二人で共に過ごしているところをこの一ヶ月で何度も見かけたからだ。


さすがアルファと言うべきか…先輩、加瀬さんは警察組織や政治の世界の中核を担うエリートばかりの家系に生まれ、学才豊かで、運動神経も抜群。少し薄めの茶髪に色素の薄い瞳。高く通った鼻に端正な顔立ちで、男子の平均身長を優に超える爽やか系の美男子だから、家族や周りなど関わる人全てに期待される素晴らしい人なのだ。


朝、学校へ行くのに男のオメガの先輩を連れて歩く加瀬先輩。本当は気さくで話しやすく笑顔の絶えない人だが、あまり人前ではそういった一面を見せない人だ。それが登校中、周りに人がたくさんいる中で人の顔ってあんなに蕩けられるのかっていうくらい、甘い笑みをずっとオメガの先輩に向けてる。


あんな笑い方もするのか、と登校中の二人を二階の教室の窓から俺は自分の右手の甲に貼った大きめの絆創膏を弄りながら眺めていた。


昼時になれば二人が食堂に昼を食べに来るだけで周りは色めき立つ。

当然、アルファの中でも優れた方に分類されるだろう加瀬先輩と、女性と見紛う程の中性的な美しさのオメガの先輩。相変わらず加瀬先輩…いや。ふたりとも。ふたりともとても幸せそうで。



(ああ、いいなあ。いいなあ。俺がその場所に入れたらどんなに幸せだったろうなあ)



羨望、嫉妬、自分の心を負の感情がぐるぐると支配していく。



(先輩はあんなに幸せそうだから、それでなによりじゃないか…でも、)



あまり人と関わろうとしないアルファの加瀬先輩と、唯一仲の良かったベータの後輩。

それが俺と加瀬先輩の関係だった。


中学高校と続くエスカレーター式のこの全寮制の学校に高校から外部入学でやって来た右も左も分からず校舎の中を迷っていた俺に、道だけでなくこの学校のことをいろいろ教えてくれた先輩。


教えてもらった内の一つに二年校舎の第三音楽室がある。昼時のそこはいつの時も前後に授業がなく、週に二日三日はその場所で加瀬先輩とお昼を共にしていた。


他のアルファたちのように敵視することや害意を抱いてくることもなく、

他のオメガたちのようにフェロモンを振り撒いて同衾を求めることもなく、

この学園に未だ染まっていない、一般的に普通、凡人と呼ばれる性のベータの俺と過ごすのが楽だと先輩は裏表のない笑顔で言った。


俺がそんな加瀬先輩を惚れ込むのに時間はさほど掛からず、その時は俺が先輩のトクベツだ、と大手を振って喜んでいたのをよく覚えている。

今となってはオメガに生まれていたら…なんて虚しい妄想をするようになってしまっているが。


放課後、とくに意味もなく第三音楽室に来てしまった。学校から寮に繋がる門とは正反対の場所にあるのに今日は何故だか真っ直ぐ帰る気になれずに校内をフラフラしようか、と思い立って現在に至る。



(フラフラするはずだったのに…なぜ座って落ち着いてるんだ自分)



第三音楽室にはピアノが広い部屋の真ん中にあり床にはクッション性に富んだマットが敷き詰められている。防音の施された壁にもたれてズルズルと床に座り込めば、向かいのベートーベンの肖像画と目があった。



(そういえば…)



昼を一緒に食べていたとき。

ベートーベンに見られながら食べるのって緊張するねえ、と緊張感のカケラもない笑顔で売店のサンドイッチを口にしながらそう話していた加瀬先輩。

あれは可愛かったなあ、でも笑顔はかっこよかったんだよなあ、あの時には俺はもう、がっつり加瀬先輩にハマってたんだっけ…


なんて少し前の出来事を思い出していた時だった。



「芳野、いたんだね。久しぶり」



頭の中にいた人物が、突然目の前に現れた。

ポンッと俺の頭の中から出て来たわけではなく、彼…加瀬先輩がこの第三音楽室に入って来たのを声をかけられるまで気付かなかっただけだが。



「か、加瀬先輩…ひさしぶりです」

「一ヶ月ぶりくらいかな?」

「い、一ヶ月と二週間です、」



加瀬先輩はどうやら一人らしく、最近よく行動を共にしていたあのオメガの先輩はいなかった。


わあ、久しぶりの先輩だ、

少し髪が伸びた?前より表情が柔らかくなっている気がする、そのはにかんだ笑顔は相変わらずですね、


頭の中に咄嗟に浮かんだ感想たち。

無難なこと一つ言えればいいのに、俺と来たら。



「ふは、相変わらず芳野はキチョー面だなあ」

「う、すみません」

「なんで謝るのさ」



そう言ってまた笑う先輩。

オメガは番を見つけたら番のアルファにしかフェロモンを出さなくなるというが、それはアルファには適用しないのだろうか?…きっとしないんだろう。俺にはなんだか前よりさらにかっこよく見えるし、色っぽいし、すっごくドキドキする。


そして嫌な感情がまた自分の中でぶり返した。



「…先輩、番が見つかったんですね。おめでとうございます」


「最近一緒にお昼食べてなかったですけど、ちゃんとお昼食べてましたか?先輩はめんどくさいって言ってすぐに昼を抜こうとするから…もう先輩と一緒にお昼食べられないから俺はもう見張れませんけど、ちゃんと食べてくださいよ」


「あっ、そうそう、先輩が一緒にいたオメガの先輩、すごく可愛らしい人でしたね、俺たまに遠くから見かけたりしてたんですけど、ふたりともすっごくお似合いで、」


「はは、そうだ、俺はもう先輩のトクベツ枠にはいれないですねー。寂しいなあ、俺もはやく素敵な恋人が欲し…」



「ちょっとちょっと、待って、芳野。なに言ってるの?」



フランス人形のように美しいオメガの先輩。加瀬先輩と肩を並べて歩く様子はとても絵になっていた。

頭の中にはその二人の光景しか浮かばず、思ってもいないことたちをズラズラと言い並べてしまった。そして先輩に制止されてハッとなる。俺と来たらまた、先輩のことも考えず自分の感情をそのままぶつけてしまって。



「す、すいません」

「だから謝らなくてもいいって」



笑いながら今度は頭をポン、とされた。うう、めっちゃかっこいい。アルファのカリスマ性が恐ろしい。



「なんか、勘違い?誤解?させてしまったみたいだから一つずつ解いて行こうか」



よいしょ、と俺の前にしゃがみ込んで話していた先輩は俺の右隣に移動してきて同じように壁にもたれかかって座り込む。たったそれだけの動作すらかっこいい。


…じゃなくて。勘違い?誤解?



「まず、俺に番なんていないよ」



けろり、とそう言ってのける先輩。この部屋の時間がストップしたのかと言うくらい、俺は目が点になって、声がでなくて、脳みそが考え方を忘れたのかと思わせるくらい、思考が追いつかなかった。



「でもまあ、オメガの子と一緒にいたのは事実だ。彼のにおいに少しだけ、あてられたんだけど」



そう言いながら、俺の右手の絆創膏をつん、と触る先輩。



「…この怪我、あの子に負わされたんだってね」

「こ、これは」

「見えてないだけで、服の下とかひどいんじゃない?なんでそういうことをすぐに言わないのかねえこの子は」

「ちょっ!せん、ちょちょ、せんぱ、いやいやいや!」

「なに言ってるのか分かんないって」



先輩は喋りながら俺の制服のシャツをびろーんと色気のかけらもなく捲り上げる。そして露わになる俺の貧相な腹筋。…ではなく、複数の青痣とか、かさぶたになって治りかけの傷。



「ごめんね。俺の配慮が足りなかった」



希少種のアルファ。アルファというだけでその存在価値は高く、同じアルファも、もちろんオメガも、凡人のベータでさえをも魅了する。

先輩の魅力に取りつかれたのは俺だけではなかったのだ。


一ヶ月前まで、何度かあのオメガの先輩、そのフェロモンに充てられたベータたち一行に呼び出され先輩のそばから離れろ、なんて恫喝や脅迫、酷い時には暴行、クラス内では嫌がらせなんかを受けていた。右手の甲に貼った絆創膏や服の下の傷はそれらが原因。



「あのオメガの子の匂いがさ、結構俺好みでね、まさかこの子が俺の運命の番だったりするのかななんて思いながら一緒に過ごしてたんだけど」

「はい、」

「あの子から直接聞いちゃったんだよね、芳野に乱暴してたって。そしたらさ、俺その瞬間からその子の匂いがもう、ドブみたいな臭いにしか感じられなくって、気づいたら今ここ」



先輩はオメガの先輩が好きだったのにも関わらず、その先輩やその取り巻きたちが俺に暴行したことに対して怒って、オメガの先輩を放ってここに来た、ってこと?

なぜ?なぜベータの俺なんかの為に、アルファよりもさらに希少種のオメガを突き放すんだ?



「だから俺はあの子を一度も抱いてないし、キスすらしてない。お昼は…この一ヶ月ほどは俺がここに来なかったせいで一緒に食べることができなかったんだよね、それもごめん。都合いいかもしれないけど、明日からはまた一緒に食べてくれると嬉しい」



最近また昼飯抜くこと多くなってしまったんだと加瀬先輩は付け足して笑って、じりりとこちらに詰め寄った。



「ーーーで、俺は自他共に認めるアルファの中でも優れている方の人間だと思うんだけれど」



ああ、先輩の美しい文句の付け所ひとつないお顔がこんな近くに…!

俺は首をブンブンと残像が残るくらい強く縦に振り頷く。



「芳野が俺のトクベツ枠にまだ居てくれるつもりがあるのならどう?こんな素敵な恋人、欲しくない?」



俺の顎をいやらしくそおっと掴んで俺の動きを止めた加瀬先輩はそのまま、その薄くて大きな唇で俺の口を塞いだ。



(せせせせ先輩、サンドイッチを食べるよりもキスをしてる方が、ベートーベンだけじゃなくてバッハとかモーツァルトとか、なんかみんなに見られてる気がして緊張っていうか、恥ずか死するっていうか…!!!)

(ふは、かわいいなあ芳野は)

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