縁をタ契ル鋏の魔人
こっそり書き置き。
私は人の幸せな縁を見るのが好きです。
今日も窓から町を見渡せば沢山の人が行き交います。
幸せそうな恋人。
楽し気な家族。
喧嘩をしている店主と客。
手元で遊んでいた糸が不意に絡まり溜息をつく。
「またか……。こういうの嫌いなんだけどな」
窓越しに、喧嘩をしている店主と客に向けて絡まった糸を合わせる。
劣化した木枠の窓は糸を引っかけるのにちょうどよかった。
近くにあった裁縫鋏を手に取り一断ち。
不思議と喧嘩は終わり、不機嫌な客は去って行く。
なんだか自分が彼らを切り離したようで心地良い。
反対を見れば四人の男女。
眺めていると何か様子がおかしい事に気付く。
でもあれは……、私の好きな幸せの縁。ただ結ぶのはこれからだ。
他の二人の違和感は彼らをくっつけようと不自然な立ち回りをしている。
滑稽であり、微笑ましい。
先程切ってしまった糸の代わりに新しい糸を手に取る。赤くて綺麗な細い糸。
彼らの幸せを願い手元で糸を遊ばせる。
今度は綺麗なリボンができあがった。それと同時に彼らは手を繋ぎどこか照れている様子。
うまく縁が結べたようだ。
自分が何かしたわけではないが、私の糸が叶えたようでどこか誇らしく感じる。
だからといって何かあるわけではないのだけど。
気分がいいので、外出をすることにした。
人を見ているのも楽しいが、たまには自然と触れあうのもいい。
町の一角には、自然が残っている。
ここには、魔獣もいないし安全に緑を楽しむことができる。
中心へと向かい歩を進めると、木々の香りが心地よく、より気分を高めた。
キュゥ……。
どこからか弱々しい鳴き声が聞こえる。
耳を澄まし、辺りを見渡せばもう一つの声が聞こえた。
「……大丈夫? 痛い?」
声の方に向かい、木々の隙間から様子を見ると、小さな男の子と小さな獣がそこにはいた。
小さいが角と羽をはやした魔獣がぐったりとしている。
「魔獣?」
思わず声に出してしまった。
「だれ!? そこにいるの?」
男の子は肩を震わせこちらに声をかける。
バレてしまってはしょうがないので、ゆっくりと近づく。
「散歩してただけなんだけど……、驚かせてごめんね? そのこは魔獣だよね。どうしてここにいるのかなって」
敵意がないことの証明に両手をあげながら近づく。
なぜか彼らを見ていると薄い糸が見えた気がしたが、特に気にすることなく横に座る。
「触ってもいいかな?」
男の子が小さく頷いてくれたので、そっと触れる。
見ると羽の付け根から足にかけて深い傷がついていた。
助かりそうにない。
「ここでね、遊んでたらね、空から落ちてきたの。でもどうしたらいいかわかんなくて……」
看病していたのか綿やガーゼ、血のついた大きな絆創膏が近くに沢山落ちている。
聞けば、魔獣であれば討伐されるため、両親に相談できず一人で面倒を見ていたようだ。
とても害にはならなさそうな愛らしい魔獣だが、仕方のないことかもしれない。
もう一度魔獣を撫でると、指先にチクリと違和感を感じ、慌てて離すが、何かが刺さった形跡はない。が、瞬間目に見える無数の糸。
男の子と魔獣を結ぶ今にもほどけそうな弱い糸。
互いの心臓から伸び身体に巻き付く、男の子の長い糸と獣の短い糸。
本来見えるはずのないそれらを結ぶ。
互いを繋ぐほどけそうな糸を固く結ぶ。
そこで一つ問いかける。
「君はこの子とずっと一緒にいたい?」
この子は小さな子供だ。多分この返事には、先ではなく今見えるものに対するだけの反応になる。
それでも聞く必要があると思った。
「うん! ぼくがずっと面倒みる! 大事にするよ! お姉ちゃん治せるの?」
「治せはしないけど……、少しだけなら延ばしてあげられるよ。その間に助ける方法考えようね」
よくわからないといった表情だが、期待に満ちた顔で様子を見守る男の子。
なんとなくわかっていた。
これ以上触れてしまえば戻れなくなる。
この先は、魔人の世界だ。
それでも、自身の手で縁に触れられる事に胸は高鳴り、その手を止める者は誰もいなかった。
指先から全身が黒煙に包まれる。
晴れたそこには魔人となった私。
長い糸と短い糸を強く結ぶ。もう少し遅かったら、この魔獣は死んでいたかもしれない。
その間も短い糸は消え、結び目を越え長い糸へと移っていく。
外出時、持ち歩いていた裁縫鋏を手に持つ。
黒煙に包むとそれは大きな鋏となり、両手を使い魔獣の糸を1本断つ。
しめつけるように絡まった死の糸を。
男の子の長い糸は先程と変わりゆっくりと消えていく。
やることを終え、手を払えば姿は元に戻っていた。
男の子は何が起きたのかと目を丸くしている。
「早く医者に見せてあげて。今は大丈夫だけど長くは持たないから、ご両親の説得頑張って」
「うん!」
残酷な事をしているなと自覚しながら走っていく男の子を見守る。
友好的な魔獣の管理をしている町なら治してくれる医者もいるかもしれないが、ここにはそういった施設はない。
人の医者も魔獣を治そうとする人はそうそういないだろう。
「ごめんね? 私には助けてあげられそうにないよ。あなたの頑張り次第だから、少しでも長く生きて」
最後にもう一度撫でて、その場を後にする。
小さな魔獣は恨めしそうにこちらを睨んでいた。
それから私は魔人として生きるために町をでた。
幸せな縁は結び、絡まった縁はほどく。
時には断ち切り結びなおす。
悪人は不幸と強く結び、善人は幸運と結ぶ。
人の縁とはなんて儚く美しいのだろうか。
そんな事を思いながら日々、楽しく過ごしています。
私といえば……、縁が何もないのです。
自分の縁は結ぶこともできず、見ることもできず。
少し残念に思うけど無縁が私の縁ならそれもありかな、なんて。
そういえば噂で聞いたのですが、初めて私が縁を結んだ男の子。
数日後、急死してしまったそうなんです。
男の子は魔獣を治してほしいと頼み続けたそうですが、受け入れて貰えず、そばで寄り添い亡くなったとか。
私は人の縁を断ち切るのも好きです。
初期設定忘れつつある今日この頃。