空飛ぶ魚の魔人
最後が駆け足になっちゃうんですよね……。
また空に関する子になってしまいましたが、先に書きたかったので優先しました。
わたしだって大空を泳ぎたい!
今日も空を見上げるの。
あの空はどこまで続いているのかな。
わたしだってあっちで泳いでみたい!
海の底から浮上し、水面へと顔を出す。
鳥は翼で自由に空を飛び回り、どこか遠くへと行ってしまった。
――私は遠くまで泳げないし、深く行くのも限界があるのにずるい。
毎日空をみあげては、自身の不自由を嘆き、今日も海の中を漂う。
そんなことを繰り返したある日だった。
――今日はどこに行こうかな~。
漂いながら見つけたのは、狭い横穴。
――ここなら大きな魚も来れないし……行ってみよ!
好奇心で奥へ奥へと進んでいく。
わたしみたいな小魚は本来みんなで過ごすんだけど……、わたしはちょっと変わってた。
危険と言われる水面にも近づくし、群れから離れて単独行動を好む。
いつしかひとりぼっちになってたけど寂しくないんだからね!
奥に進むとたどり着いたのは広い空間。
光が海に差し込み幻想的で美しい。
見とれていたら近づく影に気付かなかった。
「やだーーーー! かわいい小魚ちゃん。どうやってここまで入ってきたのかな?」
「こら! 大きな声に驚いて固まってるじゃない」
「でも実際どうやって来たのかしら。入れないように水流で塞いだはずなのに」
数人の魚のヒレを持つ者達に囲まれ固まり動けない。
――う……う……うそぉぉぉぉぉおおおおおお!? 魚? いや人間がどうしてここにいるの!?
混乱から一人で叫ぶは聞こえていないと思った。
だってわたしは特別だから、この言葉はわたしだけのものだと思った。
「うわ! この子人の意思があるじゃない」
――人の……意思?
「すごいすごい! 話ができるよ! 珍しいね~」
何が起きているのか分からずただただ固まる。
目に映るのはさらに近づいてくる二つの影。
水に溶けてしまいそうな青い人? と話しかけた人とよく似ている魚?
「あら? お客さん?」
「ウンディーネ様! この子面白いですよ~」
(ウ…ウンディーネ様ってまさか精霊!? 初めて見たーーーー! どうしようどうしよう)
混乱する思考で出した答えは……。
――す…すみませんでした! 帰ります! 今すぐ出ていきます! お邪魔しました!!
金縛りが溶けたかのように動く体を捻り、外へと向かう狭い穴へと自身の持てる最速で向かうが、それは柔らかい何かによって阻止された。
――キュッ! いた…くはないけど痛い……。
見ればもう一人の魚の豊満な胸の谷間へとダイブしていた。
再び固まれば優しく包み込むように顔の間へと運ばれる。
「そんなに怖がらなくても大丈夫よ。すこ~しだけお話を聞かせて?」
空間の端には、大きく抉られた窪みがあり、彼女達はそこに座ったり横になったりしてこちらを見ている。
緊張で焼きあがってしまいそうだ。
「紹介するわ。彼女達は陸や人に焦がれた魚、人魚よ」
――それって、魔人ってことですか?
「そうね。世間ではそう分類されるわ。わたしはさっきの話で分かっているとは思うけど、水の精霊。ウンディーネ。そして彼女は……」
「わたしは海の守護者、三聖獣のシア。あなたとは長い付き合いになりそうね」
どこかおっとりとした口調で話す彼女は、優しく微笑んだ。
まさかこんな大物二人に会えるなんて夢みたい。
一人で感動していれば、話は進められた。
「あなたに名はあるの?」
――わたしに名はありません。ただ皆とは違うといつも思っていました。意思は通じるのに、話すことができなかったんです。わたしは……。
ウンディーネ様の問いに答え、流れで自身のことを話してしまった。
聞かれてもいないことを話し、ふと思い途中でやめた、これ以上勝手に話してもいいものかと。
ただその迷いはすぐにはらわれた。
「わたしは? あなたの事を聞かせて?」
その促しで、一気にわたしの思考は加速した。
今まで一人ではなし、一人で思っていたこと、誰かと話すことでそれは明確な意思となる。
思い出すのは先程の言葉、彼女達は人や陸に焦がれ魔人となった。それなら……。
――わたし……わたしは水面の向こうの空を泳ぎたいんです! ずっと憧れていました!
勢いのある反応に少し驚いたのか、瞬きわたしの変化に笑む。
人魚の彼女達は目を丸くし、その変化を感じ動揺を隠せずにいた。
――彼女達が人や陸に焦がれて魔人となれたなら、わたしも魔人になれますか?
精霊と聖獣は目を合わせ確信する。
「あなたならいつかなれるわ。ただ…水面の向こうは『そら』というの。そこにいるのは魚ではなく『とり』。魔人化は人と自身の種族が変化したものだから、魚が鳥になれるかは分からないわ」
精霊の言葉に期待と落胆で体の中心に重い物を感じる。ドクドクと脈を打つような初めての感覚に不安を覚える。
「人は魔人化するとき、自身の感情に近いものが、魔の姿となり力になるの。だからまだ諦めるには早いわ。それにあなたは泳ぎたいんでしょ?」
聖獣の微笑みに期待は勝ち、体が強く脈を打った気がした。
「あなたを魔人にはしてあげられないけど、私の力の中でなら空に近づけてあげるけどどうする?」
答えは一つ。
――お願いします!
ウンディーネ様の力で体は水の膜に包まれ、水面へと浮上する。
いつもならそこから先へと行くことのない自身が高く、より高く空へと昇っていく。
――これが空……。わたしの自由!
突然全身が熱くなり、焼かれるような痛みに堪える。
「ちょ……ちょっと待って! あれってまさか……」
人魚達が騒ぐの少しだけ聞こえた気がするが、今は気にしている場合ではない。
目を瞑り、苦痛に耐えれば自身が変わって行くのを感じた。
黒煙が集い、徐々に大きさを増す。
人程の大きさまでふくれたそれが消えたそこには大きな三枚のヒレを持つ人魚となっていた。
「まさかこんなに早く魔人化するなんて、面白い子」
クスっと笑う精霊と、仲間の誕生に喜ぶ彼女達を視界に入れ、自身の姿を凝視する。
「手がある……。わたしも魔人化できたのね!」
喜んだのも束の間、重力に勝てなかった体は海へと落下し、大きな音と水しぶきをあげ沈んだ。
(人魚だから、皆みたいに水でも生活できるよね!)
意気揚々口を開け呼吸しようとすると、灰に大量の水が流れ込み、息苦しさにもがく。
(な…なにこれ苦しい……!? 泳げない!!)
薄れゆく意識の中、遠くに彼女たちの姿を映したのを最後に瞳を閉じた。
「ぷはっ! い…生きてる!?」
「私達がいるのにそんな簡単に沈ませないわ」
「おめでとう! 人魚になれたんだよ! あれ? でも溺れてるし海泳げないんだよね?」
岩場にあげられていた体を水面に近づけ、顔だけ水につけるが長く持ちそうにないし目も痛む。
すぐに状態を起こし目で訴える。
「あなたの望みは空を泳ぎたかったのよね?」
一つ頷く。
「海を泳ぐのと空を飛ぶのは違うわ。あなたはまだ自分の力の使い方を分かっていないだけで、その望みは叶っているはず」
皆と違う自身のヒレに意識を向ければすぐに分かった。
空を見上げ、ヒレを動かす。すると体はふわりと浮かびコツを掴めば泳ぐように飛び回ることができた。
「本当に面白い子ね。あなたは人魚とは違うわ。そう…空を泳ぐ魚、エアリアルマーメイド。名前は……」
わたしは自由な空をいつまでも泳ぎ続ける!