寅吉と弥彦:其の一
弥彦は寅吉と横並びになり、一旦おなごやや舟押しの居住区から港沿いの船宿が並ぶ大通りにでた。
やや大き目な着物に違和感を感じながら寅吉は、港の方に目を向けて弥彦に話しかける。
「ここの港は何度か海を埋め立てをして整地したり、船の乗り入れがし易いように雁木を整えていると聞いたが、その資金はどこから出てるんだ?今はどこの藩も財政難だろ?だからここまで金を出すとは考えられん。それに沖の港でここまで大きな規模の港町は見かけないからなぁ」
「うちの港は商人たちが売り上げの一部を出し合って、町出来銀という制度を作ってるんですよ。ですから港の補修や改築以外にも、港町の共用建築物などの修繕費用もここから出てるんです」
「藩がそんなことを認めているのか?そんな資金の管理を港町で行うのもまずいだろう」
「今のところは咎め立てされてはいません。それなりの大店が資金運営の管理をしていますから」
藩に無許可で港町の統治をしていることは、反逆の意思ありと見られてもおかしくはないのだが、何分この港町は内海の沖の島なので藩の目が届きにくい。
商人が集う港町ということもあり、それなりに大金を藩に収めている商人たちには役人も手出しがしにくい。
下手に横やりを入れて他藩へ資金ともども移住されてはかなわないからだ。
そのため町出来銀勘定帳は発言力の高い商人が持ち、港町の商人たちから集めた資金を管理し、港町の補修以外にも商人たちの経営資金の借り入れも行っていた。
「本当に商人のための港町なんだな……」
寅吉がめずらしく感心していると、ついさっきまで彼に振り回されていた弥彦は苦笑いをした。
「それでも船が来なければ、すぐに立ち行かなくなる貧弱な港町ですけどね」
「まるで藩札のようだな」
「たしかに――」
藩札とは幕府貨幣の供給が間に合わず、貨幣の流通が滞っている地域などで行われていた政策で、とくに西日本では銀取引の藩札が多かった。
商家はもとより、宮家や神社など色々なところから藩札は発行され、貨幣の代わりに扱われていました。
また藩内で発行された藩札は、その藩の中だけで使用ができる紙幣であり、財政破綻した藩の藩札や、藩が改易すると藩札は紙くずになるという諸刃の剣のようなしろものでした。
「この港町で商売をするなら、何が当たると思うか?」
「そんなことが分かるなら、とっくに僕ははじめてますよ」
「へえ、若い衆なのに商人目指してるんだな」
「まだ見習いですよ。それに下賤な職だと言われようとも、客が欲しがる商品を売る立派な商売だと思ってますから」
「しかしその商品は高値がつく女がたくさん育てば左団扇だが、病気になれば金が出て行くばっかりだし、その上死なれたら借金も回収できない賭博のような商売だろ」
「そうですね。楼主も苦労ばかりで実入りが少ないと嘆いてますよ」
はははっと笑いながら寅吉の言葉を軽く受け流す弥彦は、花街に足を踏み込むと急に顔つきが変わりました。
「それで旦那さん、この度はうちの茶屋の遊女のどこが悪かったのでしょうか?」
先ほどまでの気安い雰囲気ではなくなった弥彦に寅吉は警戒する。
「俺は元々遊女が嫌いなんだ。どこが悪いと聞かれたら、お前ンとこの茶屋につれてきた船頭や表司が悪い」
身内を悪者にして誤魔化そうとするが、弥彦は『んっ』とのどを鳴らすと低い声色で言うのだ。
「でもお千代さんとは色々と親しくされてますよね。彼女も遊女なのにおかしいですよね……」
「アレとは一度も寝てないぞ。ただ話相手が欲しくて買ってるだけだ」
「茶屋の旦那さんの中でも、馴染みの遊女が月の障りのときに話しだけで終わらせる方もいますが、沖の遊女を買う男のほとんどは床を共にするためなんですよ」
その場に立ち止まって弥彦は口の端を吊り上げて寅吉を見つめる。
寅吉もまた鋭い目つきで睨みつけた。
「それがどうした。金さえ払えば、遊女をどんな風に扱おうが客の勝手だろ?」
「その通りですね。――だからこそ不思議なんですよ」
「……何が、だ」
弥彦は右手の軽くあご先へ添えると神妙な顔をしました。
「そこまで執着する女を抱かないってことが、ですよ。日中でもおふたりで逢引されてますよね?」
「女を抱かないのは俺の信条だ。あと、アレとは出かけたときにたまたま出会うだけで、逢引なんかしとらんぞ」
「信条、ですか…。物は言いようだなぁ。――それにしても昨日も今日も、……その前からもお千代さんとは度々会われてますよね」
「――お前、俺らを監視してるのか?」
行動記録を逐一とられているのではないのかとおどろき、寅吉は目を大きく見開いた。
しかし弥彦はふっと小さく息を吐くと首をよこに振る。
「うちの茶屋の遊女の動向は、この港町の周囲なら勝手に入ってくるものなんですよ。巧妙に隠す者もいますが、お千代さんはああいう方なので自然と情報が届くんです」
「……へえ、それを利用して昼間でも遊女を野放しにしているのか」
「簡単には足抜けできない、島ならではのことですよ」
そういってにこりと微笑むと、弥彦は再び茶屋へ向かって歩き出した。
寅吉は険しい顔つきであとをついて行く。
「あ、そうそう。僕の方から大旦那さんたちにはお断りを入れましょう。旦那さんに迫っただけで吐かれるとなると、うちの遊女の心情にも良くないですから。――それに後片付けも結構面倒なんでね」
「そりゃあ悪かったな」
「こういうことも僕らの仕事ですから、気にしないでください」
「………」
嫌味な野郎だと思いながらも、寅吉は苦虫を噛みながら耐えるしかない。
遊女や女がらみになるとどんなに言葉で威嚇しようとも、お千代のように力ずくな行動を取られたり、弥彦のように逆に言葉で切り返されると勝ち目がないからだ。
はあっと無気力なため息をつく。
とりあえず又助や与作のことは、弥彦が何とかするということだけでも有り難いと思うしかない。
寅吉は重い足取りで前へ進むしかなかった。




