心と体
金を払ってるのだから、会話の主導権はつねに自分にあると寅吉は言う。
そして話したくないことは話さないし、答えたくない質問には答えるつもりもない。
無論のこと自分の母親が遊女をしていたことも、お千代には話さないでいた。
「寅吉さんって、ズルい男ですよね」
「お前も十分ズルいと思うがな」
「そういういい方もズルい」
お千代は腹を立てムッとした表情のままで寅吉に頬をよせた。
だが寅吉はお構いなしに笑い顔のままで言うのだ。
「この先はタダじゃないぞ。お前も俺にそれなりの額を支払えよ」
「な、な、な、なんでぇ!――あ、でも……いくら払えば寅吉さんの秘密を聞けるのかは、すごく気になる」
今度は目を爛々とさせてお千代は寅吉を見つめる。
これにはさすがの寅吉も驚いた様子だった。
「お前……。前より精神的に強くなってないか?」
「私も色々とありましたから」
得意げにお千代が鼻を鳴らすと、寅吉は彼女の目の前で指を一本立ててみせました。
その意味が分からずにお千代が目を大きく見開きます。
「一千両。ビタ一文たりとも負けないからな」
寅吉は立てた指でお千代の額を軽くひと押ししました。
あまりにも高額な値段にびっくりしたお千代は、首をよこに振りながら『たかっ、高すぎる!』と大きな声をだします。
しかし寅吉は『当然だ』と開き直った顔つきで言いました。
「俺の心は安くはないんだよ。――なんて言うより、誰しも高値を付けるはずだぞ。寧ろ体より心の方が大事だからな」
「……まぁ、そうですね」
夏の季節のころ、自分の心を守るだけにどれだけ戦ったか――。
日常では肉体的な争いより、精神的な争いの方が多いし痛みも治りにくい。
人との関係はつねに心削ることばかりだ。
会話の中でも、ふとした拍子に小刀でえぐられるような傷をつけられることもある。
お千代が深刻そうに考え込んでいる様子をみて、寅吉は顔を上に向けて屋倉板を見つめながらつぶやく。
「一千両は例えなだけだ。――実際は、心は値など付けられるようなもんじゃないしな」
心の値段。
昔はかなり大安売りしていたような気がする。
だから昔の私の売値を知ってる太一は未だにそのままの値だと思ってるから、あんなに私を馬鹿にした言葉を平然と言ってのけることが出来るのだろう……。
そして寅吉はずっと自分の心の値段のために周りと戦っているのか、――とも思う。
誰にも自分の気持ちを吐き出さず、飲み込むだけだといっぱいになりすぎやしないか?
「寅吉さんの心には、たくさんの値が付けられる思いがあるんですね」
「まぁな。人より多いと思うぞ」
「だからいつも誰かと争って疲れるんですよ。もうちょっと安値で売れる秘密事は減らしてみてはどうですか?」
「お前には今日だけでもずい分タダで教えてるんだがなぁ……」
「寅吉さんは何でも抱え込み過ぎです。そんなんじゃあ、そのうち秘密の重みで心が壊れますよ」
お千代は値の張る本当に重要なものだけ残して、あとは捨てた方が良いのでは?と提案する。
今回の悩み事もそうだが、大抵の人ならほかの人に悩みを聞いてもらって消化させる程度の事柄も、寅吉は誰にも話はしない。
そのため周りからも心配されているのに、自分のことでいっぱいいっぱいになっていて、身動きが取れないように思えた。
(縁談のことだって遊女である私に話すくらいな問題なら、彼の中ではとっくにどう対処するかはもう決めていると思う。
そのことを船頭なり上役に伝えていれば、ここまで大きな騒ぎになることはなかったんじゃないの?)
しかし寅吉は何も言わない。
だからお千代は寅吉の手を強くにぎる。
「お金を払わないと言えないようなことがあるの?」
「さっきも言っただろう。値が付けられないってな」
寅吉はそう言うと複雑な笑みでお千代を見つめる。
ふだんならここまで彼の心に踏み込んだら怒りの嵐なのに、今日は何かが違う――?
お千代が寅吉の様子のおかしさに気づいたそのとき、不意に彼がにぎられていた手を振りほどいた。
そしてお千代を軽々と抱き寄せ、意地の悪い顔つきをする。
「止めておけ。お前も人と関わる面倒は知ってるだろ?話の流れに身を任せると、ロクなことがないぞ」
「うっ……」
「お前のそういうお人よしなところが、人に付け込まれる要因なんだ。ちったぁ気を付けろ」
「それは寅吉さんだって――」
『同じでしょう』とつなげる間もなく、寅吉の唇に口を塞がれた。
突然のことにお千代が体をこわばらせる。
自ら率先して女を求めてこなかったのに、いきなりどうして――?
今の状況に驚きはしたものの、何の抵抗もなくお千代は寅吉を受け入れる。
別に大したことではない。
いつものことだとあきらめにも似た気持ちとともに、お千代の感情はしだいに凍りついてゆく。
寅吉は唇を離し、お千代の後ろから抱えるような姿勢をとると、右手を伸ばして彼女の胸元の衿元へ割って入る。
そして乳房を彼の手のひらで揉みしだかれると、ぎこちない手つきだなぁと思えるくらいに余裕ができてきた。
「ふぁ……んっ……」
だから遊女らしく、寅吉に対して感じているフリをしてあげる。
自分の体をまさぐられても、頭の中は冷めていて何も感じない。
でも悦んでいるように喘ぎ声をだすと、男はみんな満足してくれるから簡単だ。
お千代がそんな皮肉めいたことを心の中で呟いていると、寅吉の手は下腹部へと向かい、彼女の着物の裾をめくり上げる。
閉じた太ももの隙間から秘部を指でこじ開けられると、さすがにお千代も『ひっ』と弱々しい悲鳴を口にした。
「――やっぱりな」
お千代の耳元で寅吉はそうささやく。
そしてなおも彼は秘部を物珍しそうに指で撫でまわした。
「お前はワザとらしい演技をして良しとしてるようだが、身体は熱を帯びない上に、ここはまったく濡れてない。これでよく遊女やってられるな」
またしても寅吉に秘密を暴かれて、お千代は遊女を演じていた感情が吹き飛んだ。
「だ、だって、……寅吉さんがこんなことをするなんて思わなかったから――」
「俺の所為か?今日の相手が俺じゃなければ、ここにふのりでも仕込んでたんだろ?」
「なんで、……なんでそんなこと知ってるの!?」
「遊女はな、ここに色んなもんを仕込むよなぁ。子を成さないために奥に詰め紙やほおずきの根を差し込んでみたり、早く終わらせるために男が気持ちよくなるような物を詰め込んだりと、……大変なことだ」
さも見てきたかのように寅吉はそういうと、お千代のまたぐらから指を抜いて不敵な笑みを浮かべるのだった。
(遊女が嫌いだというのに、女に触れたことがないような手つきだったのに、どうしてこんなに詳しいの?)
一体、この男は何者なんだろうとお千代が呆然としていると、寅吉は後ろから両手で強く彼女を抱きしめた。




