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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第五章:物は言いようだ
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ほろ酔いの与作が思うこと

日差しが徐々に傾きはじめた空を見上げる。


(もう日が落ちるのも早くなったような気がするなぁ……)


つい最近まで温かく感じていた時刻だが、頬をかすめる風は冷たく感じる。

お千代が港でうどんをすすっていると、宴会用の仕出し運びをしていた太一が近づいてきた。


「やあ、これから仕事かい」


「……ええ、まあ」


お千代はやや他人行儀な話し方で太一の出方を伺う。

傍から見れば笑顔が似合う男だが、いつまた危害を加えてくるかわかったもんじゃない、――とお千代は警戒する。


しかし太一は悪びれることなく、いつもの調子で話しかけてきた。


「つ、じゃなくてお千代は一晩でいくら稼ぐんだい?」


「…一朱銀と百文から二朱銀くらいだけど――」


「ふ~ん。やっぱり茶屋の女より価値がないんだね」


太一はお千代の言葉をさえぎるように『ダメだなぁ』と言わんばかりの顔をし、


「ま、小銭を稼ぐのに頑張って体張りなよ」

と、とてもいい笑顔で言い残すとつた屋の方へと帰って行った。


(お前だって船宿の奉公人で、私より給金低いだろ!?)


とは心で叫ぶだけで口を閉じる。


――アレはああいう男だ。

ムキになるだけ無駄な事だと、お千代はそう頭に言い聞かせる。



うどんのつゆを一気に飲みこんで、それとともに太一のことはお終い。


(今日は早めに舟が沖に向かうんだから、余計なことはもう考えちゃダメだ)


どんぶりを屋台のおじさんに返して桟橋に下りる。

舟の前では姐遊女たちが立ち話をしているようだった。


「若い水主がふたり増えたらしいよ。それでうちは小波の相手にして、残りは吉屋がひとり回すそうだよ」


「そうそう、うちの旦那がそんなこと言ってた。何でも年長の水主が腰をやって起き上がれなくなったんだってさ」


「命に関わることじゃなくてよかったのですが、その様子ではもう船には乗れませんわね……」


昼の騒動で聞いたような内容を松野たちが口にしているようだ。


「でもおかしなもんだね。役回りが変わるはずだから沖の誰かが岡へ移動するはずなのに、…どうなってんだろうねぇ」


「つた屋の宴会に参加して、岡の女を買うのが沖の居残り組の夢なんじゃなかったのかよ。沖に残るなんて酔狂なもんがいるんだな」


「まぁ、まるで松尾の旦那さまのようですわね」


「むっ、そこがうちの旦那のいいところなんだよ!」


志乃が仕掛けて松尾が食らいつく、いつもの口げんかが始まりそうなところで、松野はふたりの額をピンと指で弾いた。


「くだらないこと言ってないでさっさと舟に乗りな。お千代もあきれ顔でお前たちを見てるよ」


「ふぇ~い」

「んんっ」


松野が舟に乗り込み、その後ろをだるそうな顔で返事をする松尾と小さく咳払いをする志乃。

三人の姐遊女が乗り込んだあと、お千代も舟に移動しました。


すこし時間をおいて小波が舟に入り、沖の遊女たちがそろったところで弁蔵が櫓を漕ぎだしました。



今日は波も穏やかで遊女たちの舟が沖の直江屋の船に着くと、馴染みの水主たちが渡し板を舟に掛けてくれました。

遊女たちが舟に積んだ仕出しを運び込むと、吉屋の舟の遊女たちも直江屋の船に乗り込みます。


料理を配膳し炊たちも仕事を終えると、水主たちはそれぞれの場所に座り、遊女たちも馴染みの旦那のとなりに付きました。

新人の水主たちはふたりとも小波を指名して、値を高くつけた者が彼女をとなりに侍らせ、引いた者のとなりには吉屋の遊女が座ることになりました。


宴会の準備ができたところで表司(おもてし)の与作が、水主たちにねぎらいの言葉を伝え、沖での宴会がはじまりました。


とは言っても岡のように三味線や(そう)をかき鳴らして遊女たちが唄ったり、踊ったりといった座敷芸はありませんが、ふだんは港に着いても岡に上がることのない水主たちは、酒と女があればそれだけで満足のようです。


みなそれぞれ飯を食い、酒を呑み、遊女相手に他愛のない話をします。

ほどよく酒に酔いはじめた与作は、黙々と目の前の飯を口に入れていた寅吉に絡み出しました。


「寅吉、なんでお前、船宿に残らなかったんだよ。岡の女の代金も又助さんが払うと言ったそうじゃねぇか」


「それを言うなら今年から船に乗った俺より、表司の与作さんが船宿の宴会に参加するべきでしょ?いつまで沖にいるんですか??」


「異例の大出世を喜んで受ければいいじゃないか、お前だっていつまでも沖にいる気はないだろ?」


「まだ知工の見習いなので沖で十分です。特別扱いはやめていただきたい」


寅吉はうんざりしたような顔をしながら飯をかき込み、酒を一杯だけのどに流すと席を外しました。

彼のとなりにいたお千代は、そそくさと片づけをはじめます。

酒の酔いの心地よさを害された与作は、なだめる松尾に酌をさせて言いました。


「せっかく周りがお膳立てしてくれるんだから、その波に乗ればいいのによォ。大店の婿なんざ、そうそうなれるもんじゃねえってのに、……これだから粋がったガキは面倒だよ」


「へ~。あの子、婿養子に誘われるほどのもんなのかい?」


「船主のお気に入りなんだよ。どうしてかは知らねぇけどな……。まぁ、悪くはねぇが、あの性格がなぁ――」


「あっはははは。とんだ跳ねっ返りだねぇ」


高尾の馬鹿笑いがこだまする中、寅吉が席へ戻ってきたが片づけを終えたお千代の手をつかんだのだ。


「金は払ってきたから、来い」


口早にそれだけ言うと、寅吉はお千代の手を引いて船の奥へと入っていくのだ。

酒の入った水主たちや、馴染みの旦那と仲良く語り合っている遊女たちは、それを気にとめる様子もない。


ただひとり、小波だけがいぶかしげな顔をして立ち去るふたりを見つめていたことを除いては……。



寅吉の態度に心底あきれていた与作だったが、宴会を途中で抜けていったことに怒りはしない。

酒を呑むのも飯を食うのも、さっさと女を抱きに行くのも好きにしたらいいと思っているからだ。

宴会や女はあくまでも夏に頑張った水主たちへの慰撫(いぶ)だから、何をしようと各自の自由だ。


これ以上、気乗りのしない婿やらなんやらと周りに(あお)られるより、気に入った女とふたりきりで話をする方がマシだと思うのも分かるのだが――、


「どうしたもんか……」


与作はほろ酔い加減で小さくため息をつく。


「旦那、なんかあったのかい?」


空になったお猪口に酒を注ぎながら松尾は与作の顔をみた。

しかし与作は苦笑いをするだけで、松尾の太ももをさすりながら言う。


「どうにかアレを婿養子にしたいと船主が言うんだが、――無理難題だろってお前も思うだろ?」


「まぁね。でもさ、嫌がるほど船主さんの娘さんってお千代より器量がよくないのかい?」


「いや、悪くはないが、……気位の高いお方でな。顔より性格がそもそも合わないかもなぁ」


「旦那ァ、それって最悪じゃない?」


「それでも一国一城の主になるようなもんだからさ。男なら悍馬(かんば)くらい乗りこなしてみせろってやつだぞ」


与作からみれば、労せずに大店が手に入るという大きな利点がある。

周りを体よく押さえつけさえできれば、何十年かけて自分の店や船を持つよりよほどじゃないかと思っている。

だから、そんな幸運を簡単にドブに捨てようとする寅吉に苛立ちを覚えるのでした。

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