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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第五章:物は言いようだ
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素人娘と青二才

「――寅吉さん、何かあったでしょ?」


お千代が頭を傾け、ジッと寅吉の顔を見つめる。


すると今度は寅吉が分かりやすいくらいに動揺しはじめた。

ひどく青い顔をし、嫌な汗をかきながら、口にするかしないかを決めかねている様子だった。


彼もあまり人に弱みを見せたくない(たち)だから、深くは追及しないでおく。

会ったばかりのころ、それで痛い目に合ったことを忘れてはいない。


それからお千代は目線を海の方へ戻し、考え事をしている寅吉にもたれたまま静かにしていた。



――しかし、平穏なひとときはあっさりと終わりを告げる。


海より陸側、お千代たちの後方の通りから見知らぬ声が聞こえてきたのだ。


「ほう、見覚えのある後ろ姿だとは思っていたが、……寅っ子が女と逢引なんてなぁ。こりゃあ明日は嵐がきそうだ」


後ろを振りかえって目線をあげると、ひょっひょっひょっと高笑いをするおじいさんが見下ろしていました。


「……又助さん」


寅吉が気まずい顔をして相手の名を口にする。


又助という初老の男性は、寅吉とお千代の顔を交互にみて、何か理解したように手をポンと叩きました。


「あれだけ女をあてがおうとしても袖にするから根っからの()()()()()かと思っていたが、寅っ子は島の素人娘にご執心だったのか、……はあ」


大きくため息をついた又助は、さらに後方にいると思われる者たちを大きく手を振り呼び寄せる。

その間、寅吉は冷静な表情を作って口をつぐむ。

お千代が状況が読み取れずに寅吉にしがみ付いていると、又助が読んだ者たちがゾロゾロとこちらへ来たのだ。


「ぬしさま、何ぞありんしたかぇ?」


煌びやかな着物を身にまとい三枚歯の下駄を履いた出で立ちの上級遊女と、その後ろには若い男といかにも荒事が得意そうな厳つい男がふたりいました。


「おう、さっき茶屋で話してたヤツが丁度いたんだが、素人娘に手ェ出してたみたいでなぁ……。どうすっかねぇ」


又助がやれやれと渋い顔をしていると、上級遊女がお千代たちの方へと歩いてきます。

そして驚いた顔をし、又助にいいました。


「そこの娘はわちきの妹のお千代でありんす。今年来んした若い者でありんすから手加減してくんなまし」


「――夕霧姐さん」


又助がお千代のことを『素人娘』呼ばわりしたのがおかしかったのか、夕霧はふふっと上品な微笑みました。

しかし又助は、これが遊女だとは信じられないという顔つきで、お千代のことをジロジロと見つめます。


「ほう、こんな十人並みの容姿で茶屋の見世に座れるのか。お前ンとこの女の質は落ちたもんだなぁ」


「旦那さま、お千代さんは沖の遊女なんですよ。茶屋の者はこの刻限に港をフラフラしていませんから」


「ああ、そんな遊女もいたなぁ。茶屋の女を見慣れると比べちまうよな」


様子を見に来たと思われる若い男、弥彦がいつもと違う笑顔をして又助に説明をします。

萩屋の一番人気の夕霧を連れ歩いていた又助は、下級の沖の遊女では仕方ないとお千代を(さげす)みました。


岡の遊女と沖の遊女。

その差は埋まることのないことは、お千代もよく知っている。


(そりゃ夕霧姐さんと比べられたら、私なんて十人並みの容姿の素人娘だよね)


見知らぬ初老の男性の登場に恐怖を感じたが、夕霧や弥彦の登場でホッとしたお千代が未だに無言を貫いている寅吉の顔をのぞき見ると、三郎相手のときより静かな怒りに満ちているような目つきをしていました。


これはただでは済まないと身の危険を感じたお千代は、寅吉の後方に恐々と下がってゆく……。



お千代の素性に大体納得した又助は、美しい夕霧をよこにして機嫌よくいいます。


「まあいい。寅っ子、今日は茶屋の女を用意してやるから、夜はそっちに行けよ。沖の女よりキレイ処が揃ってるからな。おい、そこの若いの。金が掛かってもいいから良い女を見繕っておいてくれ」


「はい、でしたら部屋持ちの者を押さえておきますね」


「こいつは女嫌いがすぎるやつでな、気の強い女より優し気な女にしとくれ」


「かしこまりました。旦那さま」


腰に付けた小さな帳面を取りだし、矢立の筆でさらさらと要件を書いていく弥彦。

上機嫌な又助に、怒りを露わにしていく寅吉。


ゆっくりと立ちあがった寅吉は雁木を上り、又助の前に堂々と立つ。


「又助さん、いい加減にしてくれ!俺は遊女が嫌いだと何度言ったら分かるんだ!とくに白粉を塗りたくった女の顔を見るだけでも吐き気がする!!」


「あのなぁ。勘兵衛の旦那に頼まれたからわしも人肌脱いでやってるんだ。それを有り難く思うのが筋ってもんだろ?この青二才が!」


「俺はあの話は断った!あんたらは良い話というが、だったら又助さんや与作さんがあの話を受ければいいだろ!?」


怒りに燃える寅吉の視線に、又助は『このガキが』と言わんばかりに呆れた顔をする。


「まあ、お前の言いたいことも分かる。が、今のままじゃ水主としても商人としても人としても未熟なままだ。沖の女程度で満足してるようでは上を目指すことなどできんぞ。たまにはわしの言葉を有り難く素直に聞け!」


「女を抱いたら偉くなれるとでも思ってるんのか?精々遊女に入れ込み過ぎて、身持ちを崩すのがオチだろ。馬鹿々々しい。水主がいつまで経っても自分の船を買うことが出来ないのは、女を買いすぎてるってのが定番の話なのは知ってるでしょう?」


荒くれ者多い水主という生業の所為(せい)か、それともふたりとも弁が立つ所為か、――両者一歩も譲らない。


お千代は涙目で雁木を上り、近くにいた夕霧の方へと移動しました。


「夕霧姐さん、あのご老人はどなたでしょうか?」


「直江屋の船頭の方でありんす。お気持ちはまだお若い方でありんすから、ご老人などと口にしてはいけんせん」


「はい、そうですね」


控えめな微笑みで夕霧はお千代の肩をぽんぽんと軽く叩くと、懐から扇子を取りだして口元を隠し、弥彦の方をちらと向いて手招きをしました。

茶屋の最上級遊女に呼ばれた弥彦は、サッと夕霧のよこにつきます。


「ぬしさまにいつまでわちきを待たせるのか聞いてきてくんなまし」


「は、いや、僕にあの間に入れと仰いますか?」


「それくらいはやってみなんし。男をあげるよい機会でありんす」


「――うっ、夕霧さんにはかないませんね……」


厄介ごとを押し付けられたと複雑な顔をする弥彦を尻目に、夕霧はほのかに楽しそうな笑みを浮かべるのだった。

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