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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第五章:物は言いようだ
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都合のいい男?

狭い横路をスタスタと歩く男のあとを追いかける。

(はや)る気持ちを抑えながらも足の速度は上がってゆく。

そして広い通りに出たところでお千代は男に追いついた。


「と、寅吉さん!」


自然と彼の袖をつかむ。

すると寅吉はこちらに振り返った。


久々の再会にお千代はうれしさが込み上げてきていたが、寅吉はすこぶる機嫌の悪い表情を向けてきたのだ。


(さっきのことがあったからかな?)


出会った彼がご機嫌斜めということは、今に始まったことではない。

なのでお千代は、彼の不機嫌なときの状況に多少慣れつつあった。


「寅吉さん、福屋に行くんですか?」


「はあっ、行くからなんだ。お前には(おご)らんぞ」


それだけ言うと、袖をつかんでいた手を振りはらわれ、お千代に構うことなく歩きだす。

慌てたお千代が焦りながらも寅吉のあとについて行きました。


「あの、寅吉さん。今日は私にぜひとも奢らせてください」


「――怪しいな、何か魂胆があるんだろ?」


「いえいえいえ。今までのほんのお礼です」


「……ふ~ん。まあいいか」


いぶかしげに答える寅吉のよこにお千代は並ぶと、目と鼻の先に店を構える福屋で餅菓子を買いはじめた。

店の亭主が寅吉をみて不思議そうな顔をしていたので、お千代が先ほどのケンカに巻き込まれて餅菓子が駄目になったことを伝えました。

すると『そりゃ災難じゃったな』と店の亭主はあんこ餅を八つ竹の皮で包む。


「あんこ餅はひとつ四文だから、お代は三十二文だね」


「へい、まいどあり」


お千代があんこ餅の代金を支払って、寅吉はすました顔をして餅菓子の包みを受け取りました。



ん?何かがおかしい……。


妙な違和感を感じながらお千代は寅吉のよこに付いて歩いていると、彼はそこそこ機嫌がよくなったようで、いつもの調子で話し出してきたのだ。


「お前、俺を後ろから追いかけて来たから予想はしていたが、さっきのアレを見てたんだな」


「……うん。寅吉さんが四十文を巻き上げたとこまで見てた」


「巻き上げただなんて失礼なことをいうな。あいつらの所為でこれを台無しにされたんだぞ」


寅吉は餅菓子の包みを手に、ふんと当然のように胸を張って言うが、お千代は何かを思い出したかのようにハッとした顔つきで彼の方を向いた。


「三郎から巻き上げたお金は四十文。でもさっき福屋のおじさんが包んでくれたのはあんこ餅八つで三十二文。――寅吉さん、八文ほど合わないんだけど……?」


神妙な顔で見つめるお千代に、寅吉はうっと息を飲むと顔をぴくぴくとヒクつかせながらいう。


「八文分は迷惑料だ。……というか、お前の知り合いだったのか?」


「うん、まあ昔からの知り合いだけどもう親しくはないよ。だから金を返してあげてとは言わない。寧ろあのふたりが寅吉さんに蹴られてるのが見れて気分がスッとした」


「……そうか」


「うん」


知り合いが蹴り入れられて気分が良いということが理解できない、と言いたげな顔をする寅吉。

それに対してお千代はとてもいい笑顔で返す。


それからふたりは、ケンカがあった港から少し離れた船宿の通りの港へ向かう。



ここは荷揚げの港ではないので幅の狭い雁木が所々にあるだけだ。

今は港の桟橋に沖の遊女たちが乗る舟が並んでいるのと伝馬船が十数艘、漁師の舟が波止場に繋がれているだけだった。


大きな船はこの島と向かい側の端島の間に碇を下ろして停泊している。

沖の弁才船は前方に伝馬船を積んでいるので、人だけの行き来はだけならそれに乗って移動していた。


三人ほどが座れるくらいの雁木の段にふたりで腰かける。

寅吉が待ってましたとばかりに、さっそく包みを開いて餅菓子に食らいつく。

その様子を眺めながら、お千代は何の気なしに口にした。


「寅吉さん、今日は先に湯屋に行かなかったんですか?」


船宿で風呂に入ることができるのに、湯女をする岡の遊女が気に食わないという理由で彼はひとりだけ島の湯屋を利用していた。

すると寅吉は、口の中のものをゴクリと飲みこんで答える。


「今日は休みだった。湯屋の親父が腰をやって数日ほど休むそうだ……」


「ええーっ!」


「だから気乗りはしないが、今日だけは甘んじて船宿の湯を借りることにする」


がっくりと肩を落とす寅吉をよそに、お千代は慌てふためいた。


「私たち今日から数日間、水で体を拭かなきゃいけないの!?」


「湯ぐらい沸かせばいいだろ?」


「甘い!私たちの住んでるおなごやには、小さな囲炉裏はあってもかまどがないの!タライに湯を張るなんて出来ないのよ!!」


「まだ水が使えるだけマシだ。船に乗ってると井戸のありがたみがよく分かるぞ」


「そういう問題じゃないの!」


毎日仕事前に湯屋へ通っているお千代は大打撃を受けて、そのうっぷんを晴らすかのようにポカポカと寅吉の腕を叩きだした。

寅吉は、はははっと乾いた笑いをするだけで、お千代のことを気にせずに餅菓子を食べる。


そしてお千代は八つ当たりで叩くことに飽いたのか、三角座りのまま寅吉の肩に身をあずけた。

以前までなら遊女嫌いな寅吉は怒鳴り散らすのだが、そのことに関心がないのか自然に受け止めている。


お千代はしばらく寅吉にもたれ掛かりながら、はーっと深くため息をついた。


「ねえ、寅吉さん。人との関わり合いって面倒ですよね」


「ああ、俺もそう思う」


「とくに男女の恋だのなんだのとか、……人から言われるのが正直苦痛です」


「奇遇だな、俺もだ」


心地よい海風をうけながら、お千代は再びはーっと大きなため息をついた。


こういった身近な人に言えないことを彼には言える。

ひやかすことも弱みに付け込むこともしない男だから――。


「今日は私を買ってくれますか?」


ふと、お千代はそんなことすら気軽に口にしてしまう。

『なんで俺が抱かない女を買うんだ!』と叱られそうだが……。


しかし彼の答えは意外なもので


「そうだな、お前を買ってやる」


とあっさりと言い切った。


ぼーっと海を眺めてぼやいた言葉だったが、予期もしなかっあ寅吉の反応にぎょっとする。

思わず体をビクッと硬直させるお千代に、彼は平然と言葉を紡ぐ。


「何を驚いている。この俺がお前を買ってやると言ってるんだ。有り難く思え」


それでも偉そうに言うのは寅吉さんらしいなぁ、とお千代は思うのだった。

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