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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
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番外編:祭りと小波・後編

その後、岡の遊女たちの踊りをたっぷり堪能した太一は『ちょっとつた屋に戻るね』といい笑顔で言うと、小波を置いて住吉神社からさっさと去って行った。


置いてけぼりをくらった小波は、まさに怒髪天を衝くような怒りがこみあげてきたが、彼女が男に置いてかれたのを不憫(ふびん)に思った見物客の若い男が彼女に声をかけてきました。


小波は『これは!』と思い、いつもの調子で可愛そうな自分を演出し、若い男に取り入って夕方近くまで媚を売ってタカりました。

その若い男はこの島の別の港町で暮らしているらしく、今日はたまたま昼廻しの祭り見物に来ていただけで、日が暮れる前には家へと帰って行きました。


若い男にねだって買わせた(かんざし)を髪にさすと、小波はご機嫌になり、再びつた屋の太一のところへ行くのでした。




つた屋では祭りの日でも奉公人たちが忙しく作業をしていました。

夜も宴会の準備や仕込み、夜廻りの見物客へ出すためのものなど、今日は稼ぎ時とばかりに働いています。


太一はといえば、裏の共同井戸で洗い物をしていました。

小波は『いたいた~』とばかりに近づきます。


「太一さん、夜廻りはいかないの?」


「これが終わってからだね」


「今日はお休みじゃないの!?」


「ん~、今は店が忙しいからね。夜廻りがはじまるギリギリまでは仕事するよ」


「……そう」


『ふ~ん、つまんないな~』と小波がつぶやくと、太一はあはははっと笑います。


「君は働くのが嫌いなようだね」


「そんなの当たり前じゃない。働くのが好きーっとか、バッカみたい」


「ボクは働くのは嫌いじゃないよ。こう見えても農家の跡取りだしね」


「へー……」


農民なんてヤダなぁ。

田んぼや畑なんて汚れ仕事は嫌いだよぉ…。


小波が嫌そうな顔で新しい簪をイジっていると、太一は洗い終わった器をザルに置きながら言いました。


「小波さんは嫁には行かないんだよね。このまま男相手の商売を年老いるまで続けるのかい?」


「はぁ、金持ちの家に嫁に行くに決まってるじゃない。今は見定めてるだけだよ」


ふっふ~んと鼻高々に小波が答えると、太一が皿を素早くザルに入れて、それから手を離すと腹を抱えて笑い出しました。


「ぶっははははっ!君、それ本気で言ってるの?見た目も子供だけどさ、中身も相当な子供だね」


「なっなっなっ、なんですってぇー!?」


「だってさぁ、金持ちが君みたいなちんちくりんを嫁にするわけないよ。それに学もなければ、家柄もつり合わないよね。この港町の商人の女将さんたちは、読み書き算術や礼儀作法を学んでる人が多いらしいよ。器量がいいに越したことないけど、やはりそれなりのことが出来ないと駄目なようだよ」


「そんなもの、嫁になるなら必要ないもん」


「農家だって何も出来ない女を嫁にはしないさ。春をひさぐ以外に、君に何が出来るんだい?」


「――っ」


「せめて家事くらい出来なきゃ、誰ももらってはくれないよ」


くくっと笑いをこらえながら、太一が洗い終わった食器を入れたザルを抱えて店の裏口へと入っていきました。


何も言い返すことが出来ずに、口の端を噛み締めている小波。


(そんなことない!アタシは大きな町へ行けば、きっと男たちから引く手あまただもの。こんな田舎の島の男たちには、アタシの魅力なんか分からないだけだよ…)


そう自分を鼓舞する小波だったが、弥彦以外でもあっさりと自分を否定する男がいるなんてと、――不意に足元が崩れていく感覚にとらわれる。


太一は言葉を飾らない。

自分が思ったことを躊躇(ちゅうちょ)せずに、そのまま言う男だ。

胡散臭い物言いをするアノ男よりは信用に(あたい)する。


だからこそ正直な太一の言葉が小波の胸に突き刺さる。


そこへザルに野菜を入れた太一が戻って来て、顔を青くしている小波を気遣うこともなく、井戸から水をくみ上げて土の付いた野菜を洗いだした。


「……太一さんは、お千代姐さんを嫁にするんですよね?」


前にそう彼から聞いた。

その姐遊女は太一のことを今でも気になっていることは、昼間の行動で確認している。

しかし当の太一は姐遊女を構うこともなく、小波の方がキレイだからと言ってくれるし、ともに行動もしてくれる。


――今はどうなのか、小波は妙に気になったのだ。


「ほかに候補がいなければ、だね。この島でいい娘がいたら、そっちを嫁にして里に一緒に帰るつもりだよ」


「誰もいなかったら、お千代姐さんってことなんだ…」


「アレは器量がよくないけど、仕方ないから我慢するさ。まあ、夫婦(めおと)になってもボクにふさわしい女が現れたら乗り換えてもいいしね」


「ははっ、太一さんは正直者だね」


顔がいい女で、彼が望む嫁の勤めができればいい。

太一の嫁選びとはそういうことらしい。


(ブスはもしものための、――そういうことか)


好きだのなんだのという感情はないから、都合よく使えて無下にできる相手。

それが太一思っている、あの姐遊女のことなんだ。


(いくら思ってても、相手は便利な女としか考えていないなんて。…ぷっ)


バカに出来る女がいると、途端に元気が湧いてくる小波。


夜廻しのときも、太一との仲を見せつけなくっちゃ!


(またあのブスの泣きっ面が拝める――)


小波はワクワク感を(たぎ)らせ、太一に『早く、早く』と野菜を洗う作業をすぐに終わらせるようにとせがむのでした。




しかし、いざ夜廻りを太一と見て回っていると、彼は知り合いの男を見つけたかと思えば、その連れの岡の遊女とアタシを取り換えろと言い出したり、姐遊女たちを見かけたので太一にくっついいて楽しそうにしているのを見せつけても、今度は顔色一つ変えずに丸っきり無視。


(なんで、なんで、なんでよお!!)


何もかもが思い通りにならない!


悔しくて太一と夜通し遊ぼうと言ったが、彼は『祭りも終わったし、店に戻るよ』とまた小波を置いて走り去って行った。


小波は涙目になりながらも昼のようにほかの男と遊べばいいかと、祭りが終わったあとのまだ人気のある神社で男たちに声をかけていると、後ろから聞き覚えのある声で話しかけられた。


――それはあの男だった。


「こんなところで客引きするとか、本当に反省してるんですか?」


と、茶屋の若い衆の男たちと詰め寄られ、茶屋に担ぎ込まれて朝まで監禁されました。


早朝になってやっと開放されておなごやへもどると、姐遊女たちは遊び疲れているのかぐっすりとうらやましい笑顔で眠っていました。


(ああ、もう、なんでアタシだけっ!!)


小波は泣きながら自分の夜具を引っ張りだして、化粧も着物もそのままに、ふて寝するしかできませんでした。

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