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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
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番外編:三郎と初音・前編

夕日が沈みかける刻限、夜廻しの神輿が山のふもとの神社から出発する。

昼廻しの神輿に細い笹を飾りつけられて、祭囃子が乗っている神輿の中が見えにくくなっていました。


夕暮れの中、神輿を担ぐ人を除いて男たちはみな提灯を手に持っている。

港町の方でも道々に提灯の明かりがともされているのがわかった。


先頭を歩く老人が唄い出すと、祭囃子がそれに合わせて楽器を鳴らす。

神輿を担ぐ者も祭りの見物客も、口々に合いの手を入れだした。


そうして神社を出て近くの店先に着くと、おもむろに神輿を倒しました。

倒れた神輿の上に男が登り、声を張りあげて何かを言ってるようでしたが聞き取れません。


そのあと店の主人と思われる老人が、振る舞い酒をみんなに配り出しました。

もちろん神輿を担いでいた男たちにもです。


一息ついたところで男たちは再び倒れた神輿を起こして、夜の港町を歩きだしました。



日も落ちかけた夕暮れとき、三郎と初音は祭りの光景をやや後方から眺めていました。


「どうして神輿を倒すのでありんしょうか」


「オレもよく知らないんだけど、船に関わることが始まりだと聞いたから、神輿を倒すことで船の航海安全の祈願をしているのかも知れない…」


「へえ、神輿が祭り櫓の形をしていんす。細竹を中に立ててるのは、ササゲルということなのでありんしょう」


「はー、そういうことか。それに細竹のおかげで神輿の中の人らは落ちないようになってるんだなぁ」


この祭りを三郎はまだ、手のひらで数えるくらいしかみたことがない。

そして熱心に見物するのは初めてだった。


数か月前までは心に決めたサヨのためだけに働いてきたから、祭りに行って余分な銭を使う気がなかったので、祭りを楽しむ感情も湧かなかった。


でも今日は初音が一緒である。


寝泊まりをしている部屋で同じ浜仲仕の先輩が、下見世の馴染みの遊女くらいなら祭りに誘うことができると聞いて、慌てて萩屋まで行って初音を誘ったのだ。


相手の仕事が終わるまで山のふもとの神社に待機して、茶屋で会うより長い時間を共にしている。

それだけに三郎の気持ちが舞い上がってしまっていた。


神輿が見えなくなり、ふたりで場所を移動しようと歩きだした時、やや高めの下駄を履いていた初音がつまずいて前のめりに転びそうになる。

そこへすかさず三郎が初音を抱き留めて事なきを得た。


「…ありがとうござりんした」


「夜道は提灯がついていても見えづらいから、もう少し人のいるところへ行こうか」


「あい」


三郎は自分にもたれている初音の体を起こそうとしたが、何故かそのまま抱きしめてしまった。


「旦那さま?」


いきなり抱きしめられて驚いた初音が、三郎に声をかける。

抱きしめた三郎自身もどうしてこうなったか分からない。

胸の鼓動が早くなり、バクバクと鳴り響く音が耳にまで伝わってくるようだ。


やってしまった―――。


初音と共にいることに舞い上がりすぎて、抱き留めたときに彼女に触れてしまったことが、今の暴走行為につながったように思われる。


そして思い出すのがサヨのことだ。

もう顔はおぼろげながらにしか覚えてないが、彼女とはこんなに熱く触れ合ったことはなかった。


ただ手を触れたことがあったかどうか……。

ここまで体に執着することもなかった。

子供のおままごとの延長線のような関係だったと、――今は思う。


だから嫁にしたいと思えた。

好きな女を嫁にするのは当然だと思っていた。

大人になるには、所帯を持つことだと教えられていたからだ。

しかし体は大きくなったが、心はまだ現実を知らない子供だった――。


今はもう嫁とか所帯を持つとか、そんなことは考えてはいない。

恋焦がれているのは茶屋の遊女。

身の丈に合わない恋をしてると、自分でもそう思う…。


初音とは何度か体を重ねてきたが、未だに彼女に触れただけで体が熱くなる。

相手は馴染み客のうちのひとり、――そう思われているかもしれないが、こんなにも愛おしくも狂おしいと思える女はいない。


「ごめん。少しだけ、もう少しだけこのままでいさせてくれ…」


「……あい」


自分を拒まないのは彼女の優しさだろうか。

しかし、それすらも愛おしく思えてしまうのだから始末に負えない。


強く抱きしめてしまえば簡単に折れてしまいそうな細い躯体。

唇が初音の首筋にそっと触れる。

「あっ」という声を彼女は小さく吐いた。

そして彼女の胸元から、女の匂いが立ち込めてくる。


神輿が去り、薄暗く人気のない道で男と女がふたり。

祭りの日ということで、道端で男女が抱き合っていても誰も文句は言わないだろう。

言うとしたら『もう少し暗がりへお行きなさい』とひやかしの言葉を受けるくらいだ。


夜祭りというのは、”お天道さまが見てないから、その日だけは許される”ことがある。

だが、それは制約ない男女であればの話なのだ――。


下見世の遊女でも、連れ込み宿へ引っ張っていって事に及べば、茶屋からの強い叱責と出入り禁止が命じられるという。


連れ歩くくらいなら問題はない。

遊女たちも祭りの見物の許可を得ているからだ。


この身の思うままに今すぐにでも初音を抱きたい気持ちだが、無茶をすれば茶屋から出禁。

さらに仕事の雇い主にまで迷惑をかけ、島から追い出される危険もある。


そんな嫌なことを考え、気持ちの昂ぶりを無理やり沈めた三郎は、名残惜しそうな表情のまま初音をその腕から開放した。

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