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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
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男なんかいらない

暗闇の中、誰かが私の名を呼んでいる。

その声の主のことは知っていた。


(松野さんが何か言っている…)


その声以外にも、多くの人たちのガヤガヤと何かをしゃべっている声が、壁を一つ越えた場所辺りと思われるところから耳に入ってきている。


ああ、今日は祭りの日だ。

人々の足音が身近に感じられる。


私、寝てた?

あれからどれくらい経ったのかな?

もしかして、もう祭りが終わったのかな――。


(ああ、起きなきゃ……)


お千代が気だるそうに体を起こして目を開けると、薄暗いおなごやには松野と志乃と高尾がいました。


「やっと目を覚ました。この子は本当に寝坊助だねぇ」


「お千代、もう夜周りが始まってますわよ」


「疲れが溜まってたのか?若いってのに老人かよ」


格子戸からわずかに漏れる夕日が差し込む居間で、お千代はじわじわと頭を覚醒させる。


「私、ちょっと横になっるつもりだったのに寝てしまったようです。それより姐さんたちは、祭りをみに行かないんですか?」


「あたしらは夜からみんなで祭り見物しようと思ってね。だから着崩れた着物を直しにおなごやに戻ってきたら、お千代、あんたが体を畳に投げ出して大いびきでかきながら寝てたから―――」


心配になって起こしてくれたらしい……。


「たまに大いびきをかきながら寝てるうちに、コロッと逝く老人もいるって聞くしねぇ…」


松野はそう言いながら安堵のため息をつく。

ほかの姐たちは『お千代も夜廻りに行こう』と誘い、お千代の格好をおおざっぱに整えるとおなごやから連れ出します。



そしておなごやの外には弁蔵が立っていました。


「お千代、弁蔵も一緒だよ」


「よかったですわね、弁蔵。こんなに綺麗処と一緒に祭り見物なんて」


「だな、食いモンとかみんな弁蔵の奢りな」


「家まで押しかけて来たのは、最初っから集る気だったのか……」


だるそうな声で渋る弁蔵に、松野がわき腹に軽くひじで小突く。


「まあまあ、祭りは大勢で見物した方が面白いってもんだよ。それじゃあ、みんなそろったし出かけようかね」


先頭をきって歩く松野のあとを、志乃と高尾、さらにその後ろを弁蔵とお千代がついていく。



前に歩いて行く姐遊女三人は、あーだこーだと楽しそうに会話を弾ませている。


それに引き換え四十路に近いくらいの弁蔵と、まだ十代そこらのお千代は会話らし会話をすることもなく、黙々と足並みをそろえてついていくしかない。


そんな中で、先頭集団の女たちをじっと見つめていた弁蔵がボソッとつぶやく。


「女三人寄れば(かしま)しというが、本当だな……」


「えっ、ああ、あはははは…」


こういう場合、どう男の人に接していいのか分からない。

だから笑ってごまかす。


舟押しの弁蔵とは仕事がら一番よく会う人なのだが、仕事でしゃべる以外に軽口を叩き合うような仲ではない。


寧ろ弁蔵の方は、率先して遊女と軽く関わろうとしない。

それが彼の、沖の遊女の管理者としての矜持(きょうじ)なのかもしれない。


だからほかの男の人と違って、安心できる男性の部類には入る。


しかしともに行動する今の状況は、針のむしろにいるようで精神的にやや拷問に近い。


お千代が顔をヒクつかせて笑顔の表情をしていると、前の姐たちが『あーっ!』『えーっ!』などと甲高いような声を上げだしました。


そんな女たちを尻目に、弁蔵さんは他人のフリを決め込むような態度でよそを向いています。



ひとしきり姐たちが騒いだ後、興奮さめやらぬ松尾がこちらに近づいてきました。


「なあなあ。あの男、お千代と付き合ってる男じゃね?」


松野が遠くを指さすと、その先には太一と小波がいました。


(ああ。あのふたり、まだ一緒にいたのか…)


昼間の弥彦とのやり取りで、興味を失っていたお千代は無関心な顔つきでみています。

そんなお千代に興を削がれたのか、高尾が『アレ?』という表情をして首をかしげました。


「あの男と夫婦になる約束してんだろ?このままでいいのか??小波にとられちまうぞ」


「あの男はただ同じ里なだけで、付き合ってもないし、夫婦になる約束もしてない。それに小波さんに引き取ってもらった方が、面倒ごともなくていいんですよ」


「――ふ~ん、そうなんだ。まあ、勘違い男ってたまにいるよな」


妙にあっさりと納得した高尾は、前方のふたりの元へと歩いて行きました。


遊女同士、お互いの過去は詮索しない。

そういうことを分かっているから、高尾は小波のようにアレコレと追及せず、素直に引き下がってくれたんだと思う。


やれやれとお千代は両手を上げて伸びをしていると、それまで何も言葉を口にしなかった弁蔵が、心配ということではなく確認の意味で話しかけてきました。


「つた屋の太一という男は、そこら中にお前との仲のことを言ってるみたいだぞ」


「私との仲と言われても、見ての通りの男ですから…。何を言われようと、どうでもいいです」


「で、お前の中ではケリはついてるのか?」


「簡単にケリがつくような相手なら、苦労はしませんよ……」


はあっと情けないとお千代は自分に対してため息をつく。

それを聞いて弁蔵はちょっと考え事をしたのちに、お千代に言いました。


「代わりに、何か言っておいてやろうか?」


「『私のことは忘れて、早く里に帰れ』と伝えてくれるだけで構いません」


「ふむ。判った」


弁蔵も太一に思うことがあるのだろうか?

めずらしく率先して彼に警告をしてくれるようなので、これで里へ帰ってくれたらいいなとお千代はちょっと気分が楽になりました。


その後も姦しい女たちに引っ張り回され、夜廻りの神輿を見物し、最後に住吉神社での祭囃子が鳴り終わるのを見届けると、祭りの後のもの寂しさを感じながら、女四人はおなごやへと帰るのでした。


祭りの途中、屋台で女たちに集られた弁蔵は、暗がりでも分かるくらいに苦虫を噛むような顔をし、『もう金が尽きた』と言って、早めに帰って行ったのは言うまでもない―――。



お千代は姐たちと祭りを堪能した。


みんなとはしゃぐのは心地よい。

こんなに祭りが楽しいと思えたのは、いつぶりだろうか…。

別に好いた男なんかいなくても、人生はこんなに楽しいじゃないか。

楽しくやれる仲間がいれば、それでいいじゃないか。


ただ耐え忍ぶだけで、楽しいことは何一つとない男との付き合いより、自分がつらい時だけ頼ってこようとする男より、仲間たちと一緒にいる方が断然好きだ。



おなごやに帰ってからも、朝方までみんなでおしゃべりした。


その間、小波は帰ってこなかったが、そんなことを気に留めることのないくらいに、みんなで祭りの話題に花を咲かせていた。


夜が明けるくらいに床に入って、夜の良き想い出を胸に、お千代は瞳を閉じてゆっくりと意識を手放していくのでした。

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