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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
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三社祭りにて

三社祭りの朝。


空は蒼穹といっても過言でないほどの澄みきった深い青色が広がり、港も町中もお祭り気分な人々で溢れかえっている。

店先には家紋の入った定式幕(じょうしきまく)が張られ、花街同様に今日はどの店もお休みしていました。



おなごやでは朝に仕事からもどり、一旦服を着替えて化粧を落とし、朝餉(あさげ)を頂きます。

そしてしばらくみんな居間でくつろいだあと、昼前に仕事着に着替えて化粧をしました。


「髪は祭りでもみくちゃにされてほつれますから、すこし椿油を増やしておきますわね」


そう言って志乃が油壺を片手に、張りきってみんなの髪を結います。


船で寝泊まりをするときは、自分のまくらなんてあるわけがないので、髪型を維持したまま眠ることはできません。

椿油で整えているけど朝になれば乱れた髪型になってしまいます。


「志乃がいてくれると助かるねぇ」


「ホント、ホント。うちは自分で髪を()くことは出来ても、まとめあげるのは苦手なんだよね」


髪を結ってもらった松野と高尾は、鏡を覗きながら髪型の確認をしてます。

お千代も志乃に髪をキレイに結い上げてもらい上機嫌です。

口数の少ない小波も髪を梳いてもらっていました。


「横の髪は結わないで、一房残しておいてください」


「前髪も残しておきましょうか?」


「はい…」


志乃は若い小波の要望に応え、子供っぽさを残しながらも大人しい髪型に仕上げます。


「本当に志乃姐さんは器用ですね」


あっという間に小波の要望に合わせた髪に結い上げてしまう。

じーっとお千代に見られていた小波は、恥ずかしそうな顔をしてそっぽを向きました。


みんなの祭り支度ができたところで、松野が声を上げます。


「あんたたち!祭りを楽しむのはいいけど、くれぐれも悪さするんじゃないよ!いいね!?」


そして彼女は妹遊女たちを見回しました。


「もちろんですわ」


「お小言はそのくらいにて祭り見に行こうよ」


「分かりました」


「……はい」


妹たちはそれぞれ言葉少なく返事をしたところで、解散し、各自お祭りを楽しむために出かけるのでした。



お千代は誰かと祭りを見歩く約束はしていなかったので、まず最初にひとりで住吉神社へ向かいました。

神輿は山のふもとの神社から西の港町の表通りを順に周り、胡神社を一回りしたあと、東の港町を周って住吉神社まで来るそうです。


ですが岡の遊女が昼から踊りを奉納するということで、お千代は最初に若高屋の地唄舞を見てみようと住吉の鳥居をくぐりました。


しかし、岡の遊女たちがいると思われる場所は人だかりができていて、三味線と筝と唄が耳に入ってくるだけでした。


(う~ん。ここで見ることができないなら、あそこへ行くしかない!)


人波を押し分けて南の方へ進み、波止場へ出ると小高いところから神社の方角を眺めます。


そしてさっき居た場所に目を向けると、遊女たちの頭の部分だけが動いてるようにしか見えず、お千代は肩を落として住吉神社の方面から去ることにしました。


西と東の港の海寄りの中心に建っている胡神社はとても小さく、今度こそはと足を運んでみたが男たちの高い壁に阻まれて、こちらも三田屋の岡の遊女の踊りを見ることができませんでした。


トボトボと山のふもとの神社へ向かう途中で、小波と太一が仲良さそうに歩いているのを見かけました。

あちらはお千代のことは気づかず、通りがかった昼廻し神輿を楽しそうにほほ笑みながら見ているようでした。


お千代は思わず『あっ』と小さく声を漏らしました。



それほどまで遠くはない過去のこと、やはり祭りのときに太一はほかの女を連れて見物をしていました。

そして今日と似たような光景を目にしたことをお千代は思い出したのです。


祭りの後で、どうしてよその女と祭り見物しに行くんだと訴えると、太一は笑顔でこう言いました。


『どうせつるとは夫婦になるからいいじゃないか。嫁になれるのは君だけ、それだけでもほかの女たちから比べたら幸せなことだと思うんだけど、――違うのかい?』


――それはそうだけど、何か違う。

何が違うのかを答えようとしても言葉が出ない……。


頭の悪い私。

もっともらしい言い訳されると、何も言えなくなる私。

それが嫌だったけど、受け入れる方が楽だからと流された私。


あの時のことが頭によみがえり、どうしようもなく胸が苦しくなる。


でも、これでよく分かった。

太一は昔と何一つとして変わってないんだ。


こちらに矛先が向かなくなったのも、昔のようにただ私を止めおくだけで特に何もしてくれはしない。

私が文句を言えばなだめすかして、それでお終い。

そしていつでも切り捨てることができ、元に戻ることもできると思ってるんだ。



冷めた心で太一のことを考えてみると、胸の苦しさがスッと消えてゆく。


お千代はもう彼の方を見ることなく、目的の場所へと移動するのでした。




神輿が去った後の山のふもとの神社はほかの神社より人が少なく、やっと岡の遊女たちの踊りを拝見することができました。


三味線と筝、そして唄に合わせて舞う遊女たち。


今日の祭りを贔屓の遊女と見物するために、特別に金を積んだ旦那と共にしている遊女たちを除き、萩屋と吉屋の女たちが曲を奏で、美しい所作で踊っています。


(夕霧姐さんはさすがにいないなぁ。部屋持ちになった上級遊女たちも旦那さんと一緒なんだろうね。――あと、須磨姐さんもいない)


部屋を取りあげられ下見世に落とされても、元二番人気というのは伊達じゃない。


(でも松風姐さんはここにいるんだ……)


すこし精彩に欠けているが、それでも彼女の器量の良さは元三番目といえど、立ち振る舞いなどでも目に留まるものがある。


その近くで初音が扇子を片手に踊っていた。


初めて会ったときは、青白いやつれた顔をした暗い女性だと思ったが、今ではすっかり肌の血色もよくなり、健康的で可憐な姿を見ることができている。


(やっぱり、初音さんは可愛らしいなぁ…)


女でも見惚れてしまいそうな健気さが漂っていると思う。


最後まで岡の遊女たちの地唄舞を堪能し、見知った初音に声を掛けようとお千代が前へと体を動かしたら、前列の人だかりの端の方にいたと思われる男が、気安く彼女に声を掛けたではないか。


(――あれは!?)


その男に目を向けると、サヨに恋焦がれていたあの三郎であることをお千代は知るのだった。

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