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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
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祭り前の岡の遊女たち

祭りのことは茶屋(みせ)の下見世の遊女たちも、客を待つ間その話題で楽しそうにおしゃべりしていました。


何せ祭り前で客が来ることもなく、夜まではヒマであろうと年長の者は知っているからです。

その姿に若い者たちも感化され、活気の薄れた花街の通りを眺めながら遠くから聞こえる祭り支度の音色にうっとりとした表情をしています。


そしてひとりが自分場所から見世の中央へと移動し、神社で披露する予定になっている地唄舞(じうたまい)を踊りはじめました。

するとほかの遊女たちも、我も我もと立ちあがり扇子をふところから取りだし踊ります。

また、唄いながら手拍子で音頭を取る者たちもでてきました。


こういうことは初めてなので、初音がその様子をぽかんとした顔で見ていると、近くに座っていた須磨が彼女に話しかけました。


「初音は初めてなんでありんしょう?姐たちといっしょに踊りなんし。上手くできずに恥になるのは、ぬしだけじゃありんせん」


「あ、あい。須磨姐さん分かりんした」


初音はわたわたと受け答えしながらも須磨に丁寧にお辞儀をし、スッと立ちあがると上機嫌に笑顔で踊る姐たちの輪の中へと入っていきました。



ふたりのやり取りをふて腐れた顔つきで見ていた松風は、不機嫌な声をだします。


「須磨姐さん、お優しいことでありんすね」


「あら松風、ぬしも踊ってきても構んせん。寧ろその方がよいでありんしょう」


そう言ってころころと笑う須磨にイラついたのか、松風はずいっと顔を彼女に近づけました。


「冗談を言んせんでくんなまし。わっちは見世物じゃありんせん」


「わちきたちは見世物でありんす。それ以上でも、それ以下でもありんせん……」


悲し気な瞳で須磨がそんなことを口にすると、松風は体を震わせて黙りました。

そんな彼女の肩を愛おしく抱きしめます。


この茶屋で上の部屋持ちから下見世へと落とされた者同士、須磨は自分より若い松風にもう一度上を目指すように言ってきたが、彼女は頑ななまでに上にいたころのように振舞い続けた。


そして馴染みの客が減ってゆき、この茶屋の一番下の位になっている。


だから須磨はあえて松風の言葉を否定した。


彼女には先があるから、ここで腐って潰れて欲しくはないのだ。

もし自分が松風をこうしてしまったのなら、最後くらいは姐らしく彼女を正したかった……。


周りの遊女たちが弾んだ声で唄い、また軽やかに踊る中、須磨と松風だけがひっそりと静かに座り込んでいるのでした。



さて、下見世の真ん中に来た初音は、地唄舞または座敷舞と呼ばれるこの舞をぎこちないながらも踊り始めた。


今は大広間の片隅で三味線を弾きながら唄をのせるだけで、お座敷に呼ばれることがない初音は、禿時代にお稽古ごとで地唄舞を踊ることはあったが、客を取るようになってからは地唄舞を踊ることはなくなってしまっていた。


若い衆に二階から三味線と箏を運ばせて、演奏しながら唄う者と踊る者に別れ、本格的なお稽古が始まった。


楼主や若い衆たちも客が来なくて欝々(うつうつ)と見世を暗くするよりは、華やかな音楽と唄と舞で茶屋の活気を周辺の広める方がよいという判断なのだろう。


上見世の方でも同じように歌声が聞こえている。

そして近くの茶屋からも、やはり遊女たちの奏でる曲や唄が響いてきた。


花街の近い住人も『おなごさんらも祭り支度をしている』と、この時期ならではのこととして喜んでいるのだ。



初音は姐たちから指導され、ぎこちなさがなくなり、ふつうに踊れるようになったころには昼見世も終わりに差し掛かっていた。


「祭りまでにはもつとも美しく踊れるようになりなんし」


と、あとから指導についた女将さんに笑顔で言われ、踊りでの疲れを感じながら夜見世までの間、二階の大広間でぐったりと寝入ってしまいました。



そして夕刻、禿に起こされて一階に下りて夕餉(ゆうげ)をいただき、今度は二階の控えの間でさっと化粧をし直すと下見世へと下ります。


夜になると外には女を求めた男たちがまばらにやって来ました。

昼見世と違い、遊女たちは踊ることもなく客引きに夢中です。


今まで客にそっぽを向いていた松風が、めずらしく客引きをしていました。

おやっと初音が不思議そうに見ていると、近くの須磨がぼそりとつぶやきます。


「――これでもう、思い残すことはありんせん…」


彼女は、まるで娘を見守る母親のような優しい眼差しで松風を見ている。

こんな須磨を見たことがなかった初音は、心底驚いたような顔をし、口をぽかりと開けて固まった。



やがて松風に客が付き、立ち上がるときの小さな音で初音がびくんと体が動いた。

ちろと須磨の方を向くと、彼女はいつものようにすました顔をして座っている。


あれは何だったのだろうと初音が混乱しているうちに、外から聞いたことのある声が聞こえてきた。


「初音!」


「旦那さま…?」


三郎が初音と格子越しに顔を合わせる。


いつもなら茶屋に入ってから声をかけてくるので初音がキョトンとしていると、三郎はすこしはにかんだ笑顔をしています。

緊張しているのだろうか、顔を真っ赤にしていいました。


「今度の祭りはもう先約が決まってるか?」


「いいえ。でも踊りが――」


そう答えて顔をうつむかせるが、三郎は『知ってる』といいます。


「祭りは夜すぎまで続くんだ。だから、用が済んだ後からでもいい」


「……それなら大丈夫でありんす」


深く考えるいとまも与えられずに三郎が懇願してくるので、初音は思ったことをそのまま口に出してしまいました。

でも彼が『よかった』と無邪気な微笑みを浮かべるので、こちらも『まあ、いいかな』と笑顔を返します。


「今日は茶屋に入ることができないけど、つぎは必ずお前を指名するから。……ごめん」


そう言い残して走り去る三郎の後姿を見送りながら、何となく須磨が松風をどういう気持ちで見ていたのかを、ほんのりとだが初音は分かったような気がしたのでした。

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