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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
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祭りに心をうばわれて

短く色濃い影法師ができる日差しの強い日が常となり、暑さもひとしおといった文月の終わりのころ。

この港町は祭りの準備にみな大忙しです。


里でも小さな祭りはあったが、ここの祭りは港にある住吉神社を筆頭に胡神社、そして山のふもとにある古めかしい神社の三社祭りが開催されるという……。


松野姐さん曰く、


「うちらもお祭りには参加できるよ。仕事着を着てね。岡の遊女は芸の披露もするしさ、にぎやかな祭りだよ」


と、ずいぶん楽しみにしているような顔つきでした。



島の茶屋の休みは、この三社祭りと盆と正月。

その日だけは借金の利子に加算されない。

それを聞くと素晴らしく感じる。


沖の遊女は化粧をして仕事着を身に付けているだけで良いらしい。

芸事はからっきしだから、祭りに華を添える程度のことだけで、あとは好きに祭りを楽しむことができる。


この日は岡の遊女も、いつもの艶やかな姿で茶屋から外へ出歩くことができるらしい。

そしてそれぞれの茶屋の遊女たちが、決められた神社の前で踊りを披露するとか――。


(萩屋は山すその神社で吉屋さんと合同で踊るらしい…)


踊りが終われば岡さんたちも自由に祭りを堪能できるそうだから、彼女たちもこの日を楽しみにしてるだろう……。




茶屋の手習いの時間もそっちのけで、お千代は数日後の祭りに思いを馳せていた。

屋台も色々とあるらしく、色気より食い気な彼女は浅ましい微笑みを浮かべていたのだ。


そんなお千代のだらしのない表情に、禿たちが心底気持ち悪そうな顔をして弥彦にいいます。


「お千代、顔がいつも以上に変でありんす」


「何か笑顔がおかしいでありんす」


「狐でもついてるんじゃありんせんか?」


「ああ、多分ね。三社祭りのことでも考えてるんじゃないのかな?紙いっぱいに食べ物の名前を書いてるし……」


仲の良い店屋の女将さんらから、どんな屋台があるのか聞いたと思われる名前を無意識のうちに書きこんでいたのであろう。

禿たちもお千代の顔から手元の練習用の紙を見つめ、呆れた顔をして再度彼女の顔を見ていた。


「わっちも祭りは楽しみでありんす。けんど、食べるものに固執はしんせん」


「お千代さんは花より団子、――なのでしょう」


弥彦がそういいながら苦笑いすると、禿たちは口々に『あんな遊女になったらダメ!』と言い合い始めました。


そんなこととはつゆ知らず、お千代は夢想に浸り続けるのでした。




手習いの時間も終わり、いつものように裏口から表へと出てゆこうとしたとき、お千代は弥彦に声をかけられました。


「お千代さん、手習いを見てくれる方が怒ってましたよ。ここ最近は集中力も欠けてましたし…。祭りが楽しみなのは分かりますけど、ちゃんと練習はしないとお金が勿体ないですよ」


「ごめんなさい。ここのところ嫌なことばかり続いたので、つい……」


「僕に謝らなくていいですよ。明日、手習いの先生にちゃんと謝ってください」


「…分かりました」


シュンとするお千代に、気持ちを切り替えた弥彦がいいます。


「祭りが終われば盆がきます。遊女は盆休みも島をでることは適いませんが、近くの寺で大きな慰霊を毎年されるようなので、お千代さんもお身内のご供養をなさりたい場合は参加されるといいですよ」


「え…。檀家さんじゃなくてもいいんですか?」


「ええ。この島で亡くなられた水主も旅人も身寄りのない方も、――そして花街で命を落とした遊女たちの供養もされるので……」


弥彦はすこし言葉を濁したが、要は『無縁仏』の供養を大々的に行うので、他の宗派だろうが何だろうが、みんなで無念のうちにこの世を去った者を慰撫するから、それに紛れて自分の家族の供養をしても罰は当たらない、と彼はいいたいのだろう。


身寄りもなく、親たちの墓参りもできないお千代にとってはありがたい情報だった。


「それなら死んだ両親と祖母の供養のために参加しようと思います」


「――ご両親はなくなられてるのですか?」


お千代がにこりと笑顔でそう答えたとき、弥彦はぎょっとした表情をした。


(ああ、両親が二人とも死んだって言ったら、そりゃあびっくりするよなぁ…)


せっかく弥彦が気をつかって教えてくれたのに、驚かせてしまったことを後悔する。

そのことでお千代が狼狽(うろた)えていると、彼は気を取り直し笑顔にもどります。


「失礼ですが、ご兄弟はいらっしゃらないのですか?」


「…いません」


「……そうでしたか。―――引き留めて申し訳ありませんでした。では、また明日」


「はい。弥彦さん、お気遣いありがとうございました」


弥彦は笑顔で手を振ってはいたが、陰りのある表情が抜けきっていなかった。


あまり自分のことを言わないし、お千代の年齢的に両親が亡くなっているということが珍しかったのか、彼にいらぬ動揺を与えてしまったと悔いる。


(でも、とっさに言ってしまったことは仕方ないよね)


事実だし――。


そんな言いわけしながら、お千代はおなごやへと帰る。


途中、あちこちで祭りの支度に大わらわな人たちに出くわした。

でもみんな楽しそうな顔をしている。


そのまま帰るのも気が乗らないので、住吉神社の方へと向かう事にしました。




神社はきれいに掃除され、そして飾りつけられていました。


そして裏の本殿の近くに祭りで男衆に担がれるであろう神輿が置かれ、神社の飾りつけとはまた違う飾り方に目を奪われます。

神輿の人が乗ると思われる場所の外側に、短い暖簾のような布が張られ、まるで目隠しをしているように見えました。


(どんな祭りをするんだろう)


さっきまでの鬱蒼とした気分がはれ、お千代はますます祭りに心を(おど)らせるのでした。

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