番外編:弥彦の考察・後編
女性に下手な受け答えをすると、あとでとんでもないうわさが広がる恐れがある。
ここは体よくはぐらかした方がいいとニコニコ顔で返答を返しておく。
ただ相手に不愉快さを与えないために、多少の情報提供を行っておこう。
「最近、お千代さんが男女の唄に興味を持たれたようで、好いた男の人でも出来たのかなとは思ってたんですよ」
「へえ、お千代さんが艶歌をねぇ……」
女将はふ~んと興味なさげに答えるが、明日にはこの周辺の人が知ることになるだろう。
女は大概この手の話題が好きだ。
世間話の大半は他人の下世話な話である。
話の人物は知り合いではなくても、顔さえ分かっていればそれだけでいい。
(この程度のことなら、お千代さんへの影響は少ないだろう)
それから女将は弥彦との会話を終え、店の奥へと引き上げていきました。
弥彦はつぎにお千代を追っかけて来たという若い奉公人の方へと歩きだします。
今は少し離れた共同井戸で洗い物をしているようでした。
水を張った桶の中に泥のついた野菜を入れ、土よごれを手で簡単に落とすとそれをざるに移し替えるという、――そんな作業をしているようでした。
「精が出ますね」
と弥彦が声をかけると、若い奉公人は泥が付いた手を洗い、井戸のふちに掛けていた手拭いで水気をぬぐうと、声がする方向へと立ちあがった。
「先ほどの方ですね。ボクに何かご用ですか?」
「いえ。大したことではありませんが、お千代さんについてすこしお聞きしたいことがありましてね。僕は彼女を管理している遊女茶屋で働く弥彦と申します。どうぞお見知りおきを」
そして丁寧に礼をする。
相手もまた礼をし、笑顔で自己紹介をはじめた。
「ボクは太一といいます。つ…お千代の、ことですか?同じ郷里の者同士ですが、何か?」
「つた屋の女将から彼女を追ってこの港町まで来たと聞きまして、ちょっと気になっていたんですよ。ほら、うちの茶屋の遊女のことですし……」
やや訝しんでいるような太一に、弥彦は茶屋の遊女ということで個人的な話ではないと相手に伝える。
口の軽い者ではなさそうなので、仕事の上の話だということにしても、こちらが不利になるような行いはしないだろうと踏んでの発言だ。
「そう、ですか。ボクとつ、――お千代とのことで何か問題があるというわけではないようですね」
「彼女を足抜けさせるとなれば問題になりますが、会うことなどには制限はありません。もちろん身請けしたいのであれば、いつでもご相談ください」
「ははは。さすがに今のボクにはそこまでの甲斐はありませんよ」
にこやかに会話をする弥彦に、だいぶ緊張感が取れたのか太一も気軽な口調になる。
この辺は弥彦の気配りの良さと会話の技巧によるものだ。
歳の割にこういった話術はお手のものである。
「太一さんからみて、お千代さんはどんな方なんですか?」
「つる、じゃなくて、お千代は里にいるときは、よくボクの後ろを付いてくるくらい仲がよかったんですよ。まぁ、夫婦になる予定でしたからね」
「ほう……」
大方、お互い夫婦の誓いを交わしていたが、お千代さんの家が貧窮したか何かで約束が果たされなかった、――ということだろうか。
「それは残念なことでしたね。彼女の両親もこんなに良い方がいるのに酷なことを――」
「いえ、彼女の父親が亡くなってからしばらくして里から消えてしまったんですよ。義母と義妹残して……」
「ええっ!?母親と妹を置いて、どうして遊女なんかに!!?」
「ボクにも分かりません。ただ友人が数年前からこの島で浜仲仕をしていて、里帰りをした時にここでお千代が遊女をしてると聞いて、心配になって来たものですから……」
「もしかして、母親と妹を養うために人知れず里からでて遊女になったのでは?」
「それはないですね。義母と義妹は金に困ってましたし、それにずいぶん前に里から出て行かれましたので……」
その時のことを思い出したかのように太一が涙ぐんでしまう。
ここにきてはじめて弥彦は動揺した。
あのお千代が何故、そんな大胆な行動を起こしたのか理解ができないからだ。
慣れない仕事もこなし、人柄も容姿も申し分ない将来を誓い合った男がいて、父親が死んだことで家族を養うために泣く泣く遊女になったわけでもなく、血のつながった母と妹を捨てて自分だけ遠くに逃げた。――という不可解なことを。
(太一さんがうそを言ってる、と仮定するなら、今度は彼がこの島にお千代さんを追ってくる理由の筋がとおらなくなる)
彼女に気がないなら里で別の女性を娶ればいい。
そして彼女の家族のこと自体は、彼に関係はないだろうし…。
(実際は里を出た母と妹の居所を知っていて、仕送りをしているということじゃないだろうか)
彼女の性格ならそれは有りうる。
里の者たちに遊女をしていることを知られたくないから、家族で違う里へ移住したとか―――?
弥彦は考えをまとめると、憂い顔をしている太一に改めて礼をいいます。
「つらい話をさせてしまって申し訳ありません。あなたのおかげでお千代さんの人となりを知ることができました。お話してくださってありがとうございます」
「いえ、あまりこういうことは人言えなくて、弥彦さんに聞いてもらえてすこし気が晴れました」
「そう言っていただけると助かります」
あまり長々と彼の仕事の邪魔をしてはいけないと、ササッと別れのあいさつをすませて茶屋に戻ることにしました。
そしてその帰り道、弥彦は小波とお千代の金への執着のことについて考えます。
(母と妹を養うためにお千代さんは金が必要だった。だから小波さんのあの行動の手助けをしたとしたら……)
辻褄を合わせるための、こんな無理やりな仮説は現実的ではない。
一方的なものの考えは足元をすくわれるだけだ。
(お千代さんに直接聞くしかないですね)
だが、どんな前置きをしたら小波や太一の話をしてくれるのだろう?
自然な会話の流れを作るためのネタがない。
下手な聞き込みは不信感を煽り、真実を聞くことはできないのだ。
それに他の姐遊女たちに相談されるとこちらの立場が危うくなる。
(放っておいてもいいことなんだが、――気になる)
気になりだすと止まらない。
本当に嫌な性分だと自分でも思う。
しかしそんなことをおくびにも出さないように、弥彦はいつもの気の良い表情で茶屋まで歩くのでした。




