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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
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番外編:弥彦の考察・中編

しかし人について探りを入れる場合、誰彼かまわず聞きまわってはいけない。

狭い港町は些細なうわさ話などすぐに伝播してしまう。

さらに誰が探りを入れているのかも知られやすい。


何だかんだと協力関係で成り立っている港町。

下手すれば男女の秘め事すらダダ漏れになることですらある。


だから手始めに萩屋とつながりが深いつた屋で聞き込みをすることにしたのだった。




つた屋はおなごやの遊女と交流もあり、ご主人や女将さんはとくに茶屋(みせ)の楼主より彼女たちの日常をよくみている。


先日の小波の騒ぎも、女将さんが持っている女同士の情報網から入ってきたものだった。


(女性のうっぷん晴らしは会話が世の常。どんな内容であれ、誰かに聞いてもらえれば気が晴れるらしい……)


茶屋の女将さんですら遊女の面倒をみる傍ら、港町内外の情報取集に余念がない。

流行りの芸事に唄、最新の遊女たちの所作、客への対応など、遅れた田舎娘の芸にならないように気を配っている。

そして一年ごとに上方から芸者を呼び、三月ほど遊女たちに指南させているとか。


(その金も遊女たちが支払うことになるが、客も流行り事には敏感なので彼女たちも必死で習うそうだ)


その他、髪の結い方から着物まで上方からの情報を頼りに変えてゆく。


――遊女をやるには金と情報と努力が必要だと弥彦はつくづく思う。


そして選ばれた女たちだけが高い値を付けられ稼ぎ頭になる。

上級遊女もまた、情報や客の人となりを把握できる賢い女性ばかりだ。


(彼女たちはあまり茶屋から出ることがないかごの鳥なのに、港町の情報通であることが僕ですら頭が下がる)


男からいとも簡単に情報を引きだせることも芸事の一つでないかと思ってしまうほどだ。




弥彦はそんな考え事をしながらつた屋へたどり着く。


店の前で掃き掃除をしていた、ここ最近出入りするようになった若い奉公人に女将を呼んでもらいました。


茶屋は簡単な酒と肴は用意できるが、客から飯を頼まれるとつた屋から仕出しを頼むのが当たり前になっている。

昼見世のときでも飯を頼む客はいるので、一番若い弥彦がつた屋まで使いっぱしりに行くのだ。


店の奥から女将が表に出てくると、まずは小さな御通帳(おんかよいちょう)に書き込んだ内容を女将さんへ伝えます。

すると女将が店にもどり、(くりや)の奉公人に指示を出してから再び弥彦のところにやって来ました。


「今日は馴染みの船が来てるからねぇ、その支度で主人は忙しくしてるけどさ、仕出しの方は手間取らせないから安心しとくれ」


「それは助かります。うちのお客さんの中には、こちらの仕出しを楽しみにされてる方もいますので」


「ははは。うちは小さな船宿だけど、味に関しちゃどこの店にも負けないよ」


実際にこの店の料理は茶屋でも評判がよく、それを目的にしている客さえもいる状態だ。

だが、ここの船宿は船頭しか泊まることがない。

二階の部屋は十畳くらいの一室のみ。


船頭が金を出す宴会の心付けが主な収入源なので、旅人やお忍びの客が泊まるのには向かない。

ただ金を積めば泊まれないことはないだろう。


「そういえば新入りの奉公人が入りましたね。この港町ではみない顔ですが、本土から来られたのですか?」


見慣れない顔の者だが、もう長年ここで奉公しているかのような働きをしている。

それが妙に気になり女将に探りを入れてみた。


「ああ。あの子はね、遊女になった幼なじみを追ってはるばるこの島まで来んだと。仕事も客のあしらいも上手いからね、うちでしばらく働いてもらうことにしたんだよ」


金もないのにわざわざこの島まで女を追ってくる熱意というか、無謀というか……。


その幼なじみの遊女とやらも、さぞかし驚き喜んだのでは?

と、他人事のように思ってみる。


(心通わせる者同士、という悲恋的な話ではあるまい)


そのような手合いはこの界隈では履いて捨てるほどいるだろう。

幼なじみでなくとも遊女に恋する男は少なくない。

そして恋するだけで、身請けしようとまでは思わない。


おのれの創りだした恋に酔いたい、――みなそれしか考えてないのだ。


「幼なじみの遊女、ですか…。惚れた男に追いかけて来てもらえるなんて、その遊女さんも女冥利に尽きますね」


弥彦がやや苦笑いで女将にそう言うと、貫録のある女将は顔をにんまりさせてこう答えた。


「その遊女ってのがさ、ほれ、あんたんとこのお千代さんだよ」


「……はあ!?」


あまりの驚きに思わず変な声を漏らす。


あの若い男がつた屋の奉公をはじめて幾日か経ったが、お千代が恋に焦がれるような変化はない。

朝は茶屋の同じ部屋で手習いをしているから分かる。

寧ろ恋をして女を磨けと女将さんからそれとなく告げられるほど、彼女は恋とは無縁な様子だった。


(元気はつらつといった女性で、男を狂わせるほどの色気など持ち合わせていないのに?)


――男が追いかけてきたと……。


今まで弥彦が人を観察し、交流し蓄えてきた知識が、火にくべられてあっという間に燃え尽きてしまった紙屑のように消えてしまうくらいの衝撃だった。


(…意外、ということで片づけてしまえるものだろうか?)


しばらく長考している弥彦に女将は笑ってみせた。


「ふふふふっ。あんたもお千代さん狙いだったのかい。いいねぇ、若い男がひとりの女を取り合うってもんはさ」


「いえいえ、そのようなことは……」


弥彦が焦って首をよこに振りながら否定すると、ますます女将はしたり顔で言います。


「恥ずかしがることはないさ。お千代さんはああ見えて結構男に好かれてるようだからねぇ。西の港の若い浜仲仕と仲良さげにしてたり、水主と逢引してたりとそこそこうわさが入ってくるからね」


沖の遊女は昼間は男と会っていても、小波のように男相手に仕事をしているわけじゃなければ『どこそこのべっぴんさんはお盛んですね』と笑い話でうわさになるくらいで大したことじゃない。


「お千代さんは明るくて楽しい方ですが、残念ながら僕の好みじゃありません」


「…そうなのかい。じゃあどんな娘さんがいいのかい?」


「それは、――秘密です」


そう言って弥彦が人差し指を口元へ寄せてみせました。

すると女将は残念そうに『そうかい…』と言って、つまらなさそうに口をすぼめるのでした。

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