表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
67/128

疲れ果てたお千代

そのあとどうやっておなごやまで帰ったかは覚えてない。

どうしてこんなにも太一のことで心が揺れるのか、お千代は分からなかった。


前に自分より小波の方へ傾いたと思ったときには、とても清々しい気持ちになっていたはずだ。


だから小波がいない間に太一から絡まれたら面倒だと思っていたが、彼のそっけない態度で大きく肩透かしを食らったように感じ、お千代が考えもしなかった展開に驚き、どうしようもない不安感でいっぱいになっていました。


居間の床に寝っ転がって、太一のことをあれこれ考えてしまいます。


会わずにいた期間は、自分の気持ちを整理することができた。

しかし、こうも顔を合わせる機会が多くなると、何もかも忘れたいのに忘れられないという嫌な感情に振り回される悪循環に陥ります。


そして気安く話しかけてきたと思えば、今度は他人行儀に接してきたりと、どういう心構えをすればいいのか分からなくなってしまう……。


本当に無関心になることができれば、こんな苦労もしなくていいのだろう。

だが、お千代はそこまで太一のことを振りきってはいなかったのだ。


(一体、何なのよ――)


このワケの分からないわだかまりを抱え込んでしまったお千代は、小波のことより厄介な男のことで頭を悩ませるのでした。




それから五日後に小波がおなごやに帰ってきました。


彼女はすこし痩せたようでしたが、前と同じで姐遊女たちには謝罪の言葉もなく、ひとり居間の隅で過ごしています。


そんな小波に誰も声をかけません

松野曰く『つぎに何か問題を起こしたら、ここより酷い茶屋に売られる』ということで、しばらくの間は大人しくするんじゃなのでは?と言っていました。


実際に萩屋の沖の遊女は、高尾からお千代が来るまでの期間に何人もの遊女が問題を起こして消えていったらしい―――。

二度も問題を起こすような遊女は、楼主も手に負えないということで無理矢理くら替えさせるのだ。


それで済むならまだマシな方で、志乃曰く『仕置きのあとで寺に投げ捨てられる』ということもあるそうそうだ。


また問題を起こさずとも遊女の仕事を嫌って、自ら海に身を投げたり、山で首を吊る者もいたらしい。


そして運の悪い者は治らない病気をもらい、酷い姿になり果ててこの世から去って行く、――といったこともあったそうだ。


姐遊女たちが暮らす中で、ここ数年で十数人もの女が、このおなごやから消えていったそうだ。


お千代からしてみれば、みんなで仲良く楽しく暮らせばいいじゃないかと思うが、そう簡単に人の心は変わらないし変えられない。

つるむことを良しとする者もいれば、ひとりが良いと思う者もいる。


同じ顔、同じ声、同じ背丈の者がいないように、人の心もまた、同じ心はないということだろう……。



「同じ水主同士で、合う合わないでケンカになることはありますか?」


深夜の船の中で、同じ床で寝ている旦那さんにお千代は聞いてみた。


「そんなの日常茶飯事だ。船乗りってのは荒っぽい野郎が多いからな」


「仲直りできない状態になったらどうするの?」


「そりゃあどちらかが謝るか、どちらかがその船を降りるかになるな」


「……」


船の中で約二十人弱の男たちが仕事をしている。


特に甲板で仕事をしている水主たちは、力を合わせないと船を操作することができない。

そんな中でケンカしたりいがみ合ったりと、――みんながみんな仲良く丸く収まるような職場はないのだろうか……。


そんなことを旦那さんにぼやいてみたら、大きな声で笑われた。


「人っていうやつは引き寄せあったり、反発し合ったりするもんだ。それにみんな同じ意見に賛成し、ほかの意見が出なくなってみろ、平坦に物事は進むが進歩はしなくなる」


「どうしてですか?」


「荷の縛り方にしろ、アレコレとみんなが考えるからいい方法がみつかるんだ。疑問をもつ者がいなくなったら何も発展しなくなる。すべてが停滞してしまうんだ」


「旦那さんは難しいことを知ってますね…」


「こんなの船頭からの受け売りさ。うちの船頭は呉服屋の妾の子だったらしいが、それなりの学問を収めてきたらしいからな」


「へぇ、それはすごいですね」


「だろ」


手習いだけじゃなく、誰かに師範してもらって学を身に付けるのは武家の者や金を持っている大店くらいらしい。

しかも師範してもらう人によっては太夫の揚げ代より値が張るとか……。



そんな話をしているうちに、ふと思ったことがある。

学問が学べることは素晴らしいことなんだと。


(小波も多少の勉学の知識をもってさえすれば、今回のような問題は起こさなかったのでは?)


などと考えてしまった。


しかし現実的に、一介の貧乏な娘が学問を収めるなんてことは到底できない。


生まれが悪けりゃ、こうも人生に差がつくのかとお千代はため息を漏らす。



せめて自分だけでも楽しく生きていくには、読み書きどころかある程度の学問まで学ばないと、結局のところ物事の本質をつかむことはできないのだと知る。


けれど知ったところで金と時間と心の余裕がなければ学ぶことも叶わない。


(面倒なことばかり続いて疲れたけど、誰からどうにかしてくれることなんてないんだ――)


できる限り上っ面だけの人間関係に浸っていたい。

それに男のことを考えるのも正直うんざりしている。

人のことばかり考えてないで、自分のことだけを考えていたいよ。


このひと月のあまりに色々な事が重なりすぎて、お千代は何も考えず、好きなだけ手習いや勉学に傾倒していたいと心の底から願いました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ