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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
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ざわめく心

騒ぎもあっけなく半日ほどで終わりをつげ、姐遊女たちはいつもの日常へと帰って行きます。


その中でただひとり何か釈然としないお千代は、手習い用の紙に借金の金額をこれでもかというくらい書き込んでいました。

しかも紙いっぱいに書き尽くすという、――まるで呪詛(じゅそ)でも作りあげているかのような怨念がこもっているようにうかがえます。


お千代の前で手習いをしていた禿(かむろ)たちが、彼女から溢れだしてくる邪気を怖がり、ぱちぱちとそろばんの玉を指で弾いている弥彦に救いを求めてきました。


「お千代が怖いんす。何とかしてくんなまし」


「紙に『一両二分金』の文字だけを埋めていんす」


「なんぞあったんでありんすか?」


「…あれはですね。きみたち失敗を仕える姐遊女さん方が引き受けるように、お千代さんも妹分の失敗分を肩代わりしたんですよ」


彼が苦笑いをしながらそう答えると、禿たちは『なるほど』とその意味を理解ました。


禿は位の高い遊女のお付きをし、遊女の仕事を覚えます。

遊女はそば仕えの禿の面倒を()()()みています。

禿がそそうをすれば、それは姐遊女の責任になっていました。

彼女たちもいずれ遊女となれば、お付きの禿を抱えることになります。


「沖の遊女も大変でありんす」


「大変じゃない仕事はどこにもないってことですよ。きみたちもしっかり勉強に芸事などをしておかないと、借金だけが膨れ上がって稼げる遊女にはなれませんよ」


にこりと笑顔で弥彦が禿たちに告げると、小さな未来の遊女たちはわたわたと物語集の写し書きをしはじめました。



禿たちが大人しくなったところで、弥彦がお千代の方へと顔を向けると、彼女は黙々と『一両二分金』以外の文字を書いていました。

といっても『十両二朱一朱』などのお金に関する文章を書き殴っているようでした。


(お千代さん、思ってた以上にお金への執着心が高そうですねぇ……)


それでもお金の漢字をこうして覚えていくのはさすがだなぁ、と弥彦は感心していました。


唄にしても金にしても、興味を持ったら覚えが早い。

お千代は読み書きをはじめてほんの数か月ですでに簡単な漢字を読めるくらいになっていました。


根本的に手習いにもお金がかかっているということで、早く覚えようと必死なのだろう。


(うかうかしてたら、あっという間に追い付かれそうですね)


そろばんの五玉を指でスッと上に弾き揃えて、珠算術の帳面を確認しながら、弥彦も負けじと算術の勉強をするのでした。




その日の手習いの時間が終わり、講師の老人がお千代の金額まみれの練習用紙をみて何とも言えない顔をしている中、彼女が弥彦に声をかけてきました。


「あの、……小波さんはどうしてるのか知りませんか?」


すまなそうな顔でお千代がそういうと、弥彦は首をよこに振ります。


「そういうことは僕の口からは教えられません。ですが、そのうちおなごやへは戻りますから心配しないでください」


「――そうですか」


お千代はがっくりと肩を落とし、風呂敷包みをもって裏口の方へと歩いて行きます。

すごすごと頭を下げて歩いて行く姿をみて、弥彦はふっとため息を漏らしました。


「罰金について、小波さんに文句が言いたかったですか?」


その言葉が耳に入り、お千代は頭だけを弥彦の方へ向けて言いました。


「……そうですね。何で私が払わないといけないの?って気持ちでいっぱいです。でも他のことでちょっと―――」


「…ちょっと?」


「――それは弥彦さんには関係のないことなので、ごめんなさい……」


「わかりました」


そう口を濁すお千代に弥彦も深入りはできません。

彼女が外へ出て行く姿を見送るだけに留めました。



だがしかし、そう言われると気になるのが人の(さが)


(お千代さんと小波さんの間で何かがあったのか?この事は小波さん自体が単独で行ったと言ってたが、お千代さんもひと噛みしてた。――とか??)


いや待てよ。


お千代さんは朝は手習い、日中は福屋など出歩いている目撃情報が多い。

前に男と歩いていたこともあったらしいが、客の水主ということだし……。

寧ろほかの姐遊女たちの方が出歩いてない分、何をしてるのか分からない。


小波さんに協力、もしくは口を閉じる代わりに売り上げの金の一部をもらう約束をしてた、ということはあり得ない話じゃない。

それが反故される状況になっているから、今日のようなやや投げやりな行動をしていたのか―――。


でもお千代さんの性格上、もし小波さんの片棒を担いでいるなら茶屋には来ないだろう。

彼女は罪悪感をものともしない強靭な性根は持ち合わせてはいない。

どちらかと言えば、罪悪感に(さいな)まれて海へどぼん、ということになる方が目に見えている。


『これは探りを入れた方がいいかもしれませんね』


しかし楼主の耳に入れるにはまだ足りないことが多い。


お千代の言葉に引っかかりを感じた弥彦は、独自に調査をすることにしました。




そんなことになっているとはつゆ知らず、お千代は風呂敷包みを片手に手習いの帰り道にて太一と遭遇していました。


「おや、お千代さん。ここでお会いするのも奇遇ですね」

「…はあ、そうですね」


今までにない他人行儀ないい方に、お千代が不信感だらけの顔をしていると、太一は一礼したあとに手に持っている重箱を大事そうに運びながらつた屋に帰って行きます。


その光景にお千代はやっと太一からの束縛から逃れたという喜びと、無関心な扱いをされている寂しさを感じました。


(喜ぶべきことなのに、どうしてだろう……)


虚無感のような気持ちが収まらず、お千代はしばらくその場に佇んでいました。

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