借金が減らずに増えるワケ
おなごやで朝を迎えた遊女たちの元へ弁蔵が、眠い目をこすりながらやって来ました。
そしてまだ居間の床で気持ちよさそうに眠っていた遊女たち四人を叩き起こします。
頭の冴えていない長襦袢姿の遊女たちに、おなごやからの出入りの自由と、今日からはいつものように仕事へ行っても良いという知らせを口頭で伝えにきたようです。
弁蔵からの話を聞き終わると、松野は小さなあくびをしながら彼に聞きます。
「で、今回の連帯責任の罰金は?」
「一人頭一両と二分金一枚だ」
「あんたはいくらだよ」
「三両だ」
「ほかの茶屋は何も言ってこなかったのかい?」
「売った相手のほとんどが、岡の遊女と縁のない者だったそうだ…」
『なるほど』と松野は思う。
うわさにはなったから、その分の償い金だけを各茶屋に支払ったのだろう。
それでも茶屋としては手痛い出費だ。
「お前たち、妹分の世話くらいしろ」
昨晩は寝ていないと思われる弁蔵が、不機嫌にそう吐き捨てた。
すると高尾がムッとした顔つきで食って掛かります。
「ああいう女はね。うちらの言うことなんざ、ひとっつも聞きやしないよ!それよりもっとマシな女を選べと楼主に言っときなっ!!」
「そうですわよ。わたくしたちに子守りを押し付けないでくださいまし」
志乃も口元に手をあてて、そっぽを向いていいます。
寝ぼけ眼のお千代は状況がまるで分かってないようすで、『なんで借金が増えてるの?』とぼやいていました。
まあまあまあと松野が割って入ります。
「自分の中の女に自信がある娘はね、ほかの女の言うことを聞かないもんさ。あたしらが口うるさく言うとよけいに反抗して、もっと無茶なことをするんだよ。穏便に話し合いで解決できるなら、もうとっくにやってるさね」
そう窘める松野の言葉に高尾と志乃はうんうんと首をたてに振ります。
でも腑に落ちない弁蔵はお千代を指さしていいました。
「こいつどうなんだ」
「お千代は逆に女の自分に自信がなかった娘だからね。ちょっとぼやっとしたところがあるけど、今まで来た妹分の中じゃ一番まともだよ」
あははははっと松野が笑いながら答えると、今度は高尾と志乃が彼女に向かって吠えだしました。
「うちもまともな妹分だよ」
「わたくしもですわ」
「お前たちふたりも最初のころは小波と似たようなものだったろ?もう忘れちまったかい。高尾は一両、志乃のときはもっと酷くて三両だったよねぇ――」
松野がふたりから受けた罰金の値を口にして睨みつけると、とくに志乃は涙目になり彼女に土下座しました。
その姿を見ながら松野は弁蔵にいいます。
「それにしても一晩で口を割らせるとは大したもんだね。強情そうな娘だったから、あと四日くらいは粘ると思ったんだけどねぇ」
「若いもんが口で脅して吐かせたらしい…」
「そりゃまた大したもんだ」
ふむふむと松野が感心していると、外から戸を叩く音が聞こえてきました。
この話に聞き耳を立てていた者がいたのかと思い、弁蔵が顔をこわばらせて勢いよく引き戸を開けると、つた屋の弁当箱を抱えた奉公人の太一が立っていたのだった。
「朝餉をお持ちしました」
「――ああ」
気の抜けた声で弁蔵がそう答えると、太一は笑顔で弁当箱を彼に手渡します。
そして『失礼します』と丁寧に一礼すると、つた屋の船宿へと帰って行きました。
その直後、弁蔵はハッとした表情をし、すこし考え込みます。
やがて弁当箱を居間に置くと、おなごやの出入り口によしずを立てかけ、何事もなかったように去っていきました。
その弁蔵の奇妙な行動に松野たちはしばらくあっけにとられいました。
しかしご飯がきたことで目を覚ましたお千代が、呆けている姐遊女をよそに囲炉裏に火を起こし、水を入れたやかんを用意しました。
「姐さんたち、朝餉ですよ!まだ寝ぼけてるんですか!?」
お千代が姐たちに大きな声で話しかけると、ようやく時が動きだしたかのように三人が体をビクッと震わせます。
顔を見合わせた姐遊女たちは、さわやかな風が吹き込んでくる引き戸のあたりを眺めながら、示し合わせたかのようにお互い首をたてに振ると、弁蔵と同じように何事もなかったように振舞います。
「弁蔵が今日からは自由に過ごしていいってさ」
「まぁ、お仕事もいつも通りありますけど…」
高尾と志乃が息を合わせたようにお千代にいいます。
するとお千代は目を輝かせながら『本当ですか!』と聞いてきました。
そこへ松野が長いため息をついてお千代に伝えます。
「小波の処罰の連帯責任として、あたしらひとりにつき一両と二分金一枚の借金が追加されたよ」
「えええええっ!!」
お千代が借金が増えたことに今さら驚く。
やはり起き抜けで弁蔵の言葉は耳に入ってなかったようだ。
高尾がお千代の肩を叩きます。
「遊女やってるとな、こうして茶屋への借金が増えていくんだよ」
「同じおなごやの遊女が起こした始末は、みんなが背負う連帯責任ですの」
「だからお千代。お前も気を付けるんだよ」
三人の姐遊女たちが口々にお千代に言葉を投げつけます。
頭がついていけないお千代は手を大きく振りながら姐たちに聞きました。
「昨日の晩に仕事ができなかったのも借金に加算されるの?」
「そだよ」
「そうですわ」
「そういうもんなんだよ」
この生活に慣れきった姐遊女たちは、至極当然のように借金を受け入れています。
お千代は考えられないと首をよこに振りました。
「みんな、なんだかおかしいよ……」
増えてゆく借金に驚愕しながら、年季明けまでに借金が返せるのか不安になるお千代であった。




