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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
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それをくり返して得たものは

だが、弥彦は『うえっ』とえずく彼女を気にも留めず、まだ話したりないとばかりに刑場での昔話を口にします。



罪人は刑場に行く前に、最後だからと村はずれの飯屋で好きな物を食べることができた。

しかし先のことを考えるとメシが喉を通らないと言って、この温情を断る者もいた。


あるとき、この世から消える最後にうどんを食べたいという罪人が、腹いっぱいにうどんを食べた。


そして刑場で罪人の首が斬り落とされると、首の切断面から血と共にうどんがにゅるにゅると出てきた―――


と、弥彦がつぎの言葉を口にする前に、小波は喉の奥から込み上げるものを抑えることができなくなりました。


彼女はごぼごぼと涙目で吐き続けます。

土間の辺り一面、鼻を抑えたくなるようなツンとした匂いがたちこめました。



弥彦は立ちあがると引き戸を開き、小波がもどしたものを手際よく片付けていきます。

そして水筒の水を彼女に飲ませていいました。


「こんなものまだ序の口ですよ。…悪質な盗人(ぬすっと)はね、磔刑(たっけい)にされるんです――」



磔刑は罪人の脇が露出するように着物を裂いて、男だと大の字、女だと十字に磔柱(はりつけばしら)に縛り付けられる。


そしてふたりの男たちが槍を持ち、合図とともに罪人の顔の近くでふたつの槍を交差させ、つぎの合図でかけ声をあげながら右脇から左肩まで槍で突き通す。


そのあと今度は左脇から右肩まで貫き、これを交互に数十回くり返した。

三度も槍で突けば罪人は実った稲のように首を垂らし、遠くからでも死んだことが見てとれる。


しかしそれでも男たちはお構いなしに死体に槍を突き刺す。

罪人の脇腹から臓物が飛びだしてきても、役人の合図があるまでは突き続けるのだ。


役人が『とどめ』と言う合図を送ると、男のひとりが槍から長い熊手に持ち替え、首をだらりとした罪人の髪を熊手で引っ掛けて喉元を正面を向かせる。

もうひとりの男が罪人の喉を槍で一突きしたら終わりだ。



そんな話は聞きたくない、耳を塞ぎたいが手を縛られている小波は、土色の顔で涙を流しながらげぇげぇと胃液を吐く。

着ていた着物を水と吐しゃ物で汚し、手と足の自由を奪われてた状態でも生来の根性か、彼女は弱音一つ吐かない。

罵詈雑言を口にしていたときはとは違い、今は口をぐっとつぐんでいる。


それでも弥彦は小波の前でしゃべることを止めません。


「首を斬るだけでも役人は工夫をします。そして磔刑の一連の流れは、決まり事をつつがなく行うための作法のようなものです。――知らない、分からないという者に任せていたら、罪人もつらいだけになりますし、刑場へ来ている者たちへの見せしめにもなりません」


刑場は、その藩に住む者たちに『罪を犯すとこのような最後を遂げる』と思わしめる見せしめの場なのだ。


打ち首は一瞬に頭と胴が斬り離され、血がどぷどぷと流れでる悲惨さを知らしめ、磔刑は死に至ってもなお体を突かれ、三日晒されたあとは死体を穴の中に投げ捨てられて、獣の餌になるという残酷さを民に教えている。


「茶屋の決まりごとも同じように意味があるからこそ(したが)うものなのです。従わない者には仕置きをするのは当然のことで、それでも従わないというのであれば、やくざ付きの茶屋で、一ト切〔約十分〕百文で寝る間も惜しんで身を売り続けるか、ここで()()()()()にされるか―――、今のあなたに残された道はこの二つしかないということを、心に留めておいて下さいね」


弥彦はそう言い終えると彼女から離れ、空の手桶をもって外へ出て行きました。



若い衆が誰もいなくなり逃げるには絶好の機会なのだろうが、小波は這いつくばってでも逃げる気力はもうない。

そして無理に吐き続けたことで、喉の奥が焼けるように熱くなり、咳きこむと少量の血を吐きだした。

そのため声を出すことも苦しく、誰もいない冷たい土間でぐずぐずと泣くしかできません。


身体の不自由と言いなりになる男がいないことへの不安が一気に小波に覆いかぶさり、初めて死への恐怖が頭をよぎります。



この島に来る前は、どんなに女から男を奪っても命を取られるようなことは起こらなかった。

男も深追いすることもなく、時が過ぎれば彼女への執着も薄れていったのだ。

その程度の男女のイザコザなら、今まで何度も何度もくり返してきた。


――優越感は甘い蜜。

くり返し味わうことで、さらなる深みを欲してゆく……。


女が家まで乗り込んで来ても、親が頭を下げて小銭をにぎらせれば、大抵のことは許されてきた。

その親にも捨てられた身だが、代わりの者はいくらでも作れると思っていた。


そんな延長線でこの港町で好き勝手にしていたら、茶屋から捕らえられ、命すら危うい状況に追い込まれてしまったのだ。


最初は若い衆の男ですら手玉に取れると内心ほくそ笑んでいたが、港町で自分を買っていく男たちと違い、茶屋の男たちはまるで小波に関心を寄せない。

それどころか水を入れた味噌樽に頭を沈められる始末。


女に関心がない男の集まりだと思っていたら、あなたに魅力を感じないとはじめて真向から自分を否定された。

そして自分を買うのは用を足すようなものだと―――。


さらにこちらから何を言っても、すべて否定されていった……。

それに反する物言いすらできないくらいに………。


その上、刑場の話まで無理矢理に聞かされて、ことのほか気分が悪くなっていた。

食べたものを全部だしても収まらない、胃の腑がねじられるような感覚。

喉も傷つき血が口から漏れ出る。


こんなにも惨めな姿で死んでしまうのかと、小波は今さらながらに恐怖にとらわれていました。



弥彦が外からもどって引き戸を閉めると、こぼれた水を補うために手桶の水を味噌樽へと流しこむ。

彼は着々と男たちが来るまでの用意をしているのだ。


泣き顔の小波に何も言わず、彼女を縛りつけている縄の緩みがないか確認をし、狭い居間に腰をかけた。

ふところから布取りだし、その布に刺しこんでいた細い針を丁寧に拭きはじめました。


小波が恐々とその様子を見ていることに気づいた弥彦は、針の先を丹念に拭きながらいいます。


「遊女さんって商売上、体に大きな傷をつけることができないので、こういう細い針を見えにくいところへ刺すんですよ。痛みはありますが、あまり出血はしないので安心してください」


ほほ笑みながらそんなことを口にする弥彦に、小波はぶるぶると震えます。


彼女の目には、そこに鬼がいるとしか思えなかったのでしょう。

恐怖のあまりに小波の足元には水たまりができていたのでした―――――。

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