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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
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小波の主張

夜も更け、空に浮かぶ下弦の月が雲の間から顔を出す。

山の中腹部より下ったところに一軒家がぽつんと建っていました。


そこの周りにはほかに民家はなく、その家の隙間からわずかに光が漏れている以外にともし火はありません。


その一軒家からは、男の野太い怒鳴り声が辺りに響きわたっていました。


「稼いだ金の場所を教えろ!」


「………」


男の声が聞こえなくなってしばらくすると、バシャッという水の音と『ぐぐっ』と苦し気な声がかすかに耳に入ってきます。


店の名前が書かれた提灯を手にした若い男が、おぼつかない足取りで山の夜道をその音を頼りに歩いてきていました。

そして一軒家の前で足を止め、引き戸を三回叩きます。


「――弥彦です」


すると引き戸を開き、中にいる男たちふたりに礼をすると


「交代です。今は人手が足りないので僕が見張りとして来ました」


そう笑顔で言いました。


男たちは作業の手を止めて着崩れた着物を直すと、弥彦の肩を叩きました。


「今日の客入りはそんなにいいのか?」


「ええ。ですから僕のようなぺーぺーより、手慣れた兄さんたちが茶屋(みせ)にいてくれた方が助かると思いましてここへ来ました」


「…わかった。暮れ九つくらいには戻ってくるからな」


「女は絶対に逃がすんじゃないぞ」


「心得ています」


男たちは弥彦から提灯を受け取ると、あっという間に暗闇の中へと消えていきました。


その姿を見送ったあとで、弥彦は土間に置いてある水の入った味噌樽のよこでぐったりと横になっている女に声をかけます。


「なかなか頑張っているようですね。ご機嫌はいかがですか?」


「……」


女は青白い顔をして弥彦の方を見ようともしません。

すると弥彦はふところから筍の皮の包みを取りだし、彼女の目の前に見せつけました。


「おにぎりです。お腹空いてませんか?」


すると彼女が口を開く前に腹の虫がぐぎゅるっと可愛らしい声を上げました。

さすがに女はみっともない自分の腹に恥ずかしさを感じたのか、縄で縛られた後ろ手と足をぐねぐねと動かします。


その姿に弥彦は口の端からぷっと空気を漏らしました。


「その縄はほどくことができないので、せめて座らせてあげますよ」


彼は小柄な女の体をもち上げ、壁を背にして座られました。


それから筍の皮の包みからおにぎりを女の口元へ差し出します。


「口を開けてください。食べさせてあげますよ。小波さん」


弥彦は屈託のない笑顔を浮かべました。

腹の虫の収まらない小波は目の前のおにぎりにかぶりつき、もぐもぐと食べはじめます。

弥彦はたまに水筒の水を彼女に飲ませながら、おにぎりをすべて食べさせてあげました。



腹が満たされた小波はすこし余裕ができたのか、気の良さそうな弥彦の顔をじっと見つめました。

そしてニヤリとほほ笑んだあと、彼に相談事を持ちかけました。


「あんた、アタシを縛ってる縄をほどいてくれたら、…いいことしてあげるよ」


縛られた小さな体をくねらせながら、小波は弥彦に媚を売ろうとします。

しかし彼はブフッと口から息を吐きだしたあと、はははははっと大笑いしました。


「あははははっ。…いや、ごめん、ごめん。色々な遊女を見てきたけど、こんなに艶のない遊女をみたのが初めてで―――」


この小さな体系こそ小波の良さであり売りだというのに、そのことを弥彦に笑われて彼女は大声を出しました。


「今まで何十、何百の男をこの体で篭絡させてきたんだよ!あんた筆下ろしもまだなガキなんだね!!」


「経験があろうがなかろうが、僕は無理だなってことですよ」


弥彦は彼女の誘惑を笑顔でさらりとかわします。


そんな彼にイラついた小波は、”だったら”と小さく声を吐きだすと、ぷるぷると頬を震わせながら作った笑顔で言いました。


「…お金、あげるからさ。縄、ほどいてよ。……お願い」


「そのお金は茶屋に無断で稼いだ金でしょ?隠した場所を教えてくれる気になりましたか」


「違う!アタシがひとりで稼いだアタシの金だ!なんで茶屋に渡さなくちゃダメなんだよ!!」


「ん~。そういう決まりだから、かな」


にこにこしながら弥彦は小波に答えます。

だが、小波は歯をギリギリと音をたてて鳴らしたあと、彼の顔にぺっと唾を飛ばしました。


「決まりごとがなんだ!そんなことアタシは知るもんか!!」


そう吐き捨て、目をギラリとさせて気丈な顔します。

弥彦は腰にひっかけている手拭いで飛んできた唾をふき取ると、彼女の目を見つめながらすました顔でいいました。


「――十両の盗みで即死罪って知ってますか?」


小波は大きく目を見開き息を飲む。

弥彦の口からいきなり”死罪”という言葉が出てきたからだ。


「小波さん。あなたのしたことは盗みと同じなんですよ。岡の遊女から客を盗んだっていう……。そしてこの度のあなたの所業で楼主さまが他の茶屋に支払った金が三十両。――この意味、分かりますか?」


「……アタシが魅力的だから、岡の遊女たちより女として(まさ)っているから男たちが寄って来て金をくれたのよ!アタシは何も悪くない!!」


小波は自分が女として誰よりも上であり、そして自分は絶対悪くないと主張する。

そんな彼女に対して弥彦は何故か口を閉じます。


しんと静まり返った土間では、外の風や虫の鳴き声だけが聞こえてくるのでした。

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