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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
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彼女のうわさ

じめじめと蒸し暑い梅雨が明け、夏本番の日差しが照り付ける季節になりました。

求愛をする蝉の鳴き声がそこら中から聞こえてきます。


おなごやの出入り口の引き戸を開けて、外からよしずを立てかけていました。

遊女たちは夏の暑さに着物を着崩しています。


汗だくの松野は団扇ではだけた胸元をあおいでいて、高尾は床に大の字に寝そべっています。

夏の暑さでもつんとすました顔の志乃は、水を張ったたらいに素足をつけながら居間の縁に座っていました。


そんな中で格子の上側に取りつけた風鈴が、風になびいてチリンチリンと音を立てます。


「こうも暑いと外に出る気にはなれないねぇ」


「だなぁ。うちも暑いのだけは苦手だよ」


「ふぅ。冷えた甘酒でもいただいて来ようかしら……」


夏といえば天秤棒を担いだ甘酒売りが、港の大通りで商売をしていました。

舟に甘酒の入った専用の釜を積んで沖の船まで売る者もいます。


「ああ、それはいいわねぇ。外へ出るのはおっくうだけど、このところ食欲も落ちてるし、滋養の良いものをいただくのも悪くないね」


「甘酒かぁ。今日はどこにいるかなぁ…」


一定の場所で商売をしていないため、探すのがちょっと厄介でした。

松野たちがしばし考え込んでいると、丁度手習いからお千代が帰ってきました。


「姐さんたち、体は大丈夫ですか?」


暑さにへばっている姐遊女たちに、心配そうな眼差しを送ります。

そのとき、高尾はがばっと起き上がってお千代の方を向きました。


「お千代、甘酒売りを見かけなかったか?」


「…甘酒売り?う~んと胡神社の方にいた、かなぁ」


「そんなに遠くはないな。お千代、助かったよ」


お千代から情報を得た姐遊女たちは、乱れた着物を整えて出かける支度をします。


「姐さんたちは甘酒をいただきにいくんですか?」


「そうですわ。こう暑い日が続くと滋養の良いものが欲しくなりますの」


「じゃあ私もいっしょにいっていいですか?」


「別にかまいはしないさね」


お千代は風呂敷包みを居間へ置くと、姐遊女たちとともに船宿が並ぶ港と廻船問屋が並ぶ港の中心にある胡神社へと足を運ぶのでした。




神社のよこで商売をする甘酒売りの周りには、この暑さに耐えかねた者たちが大勢やって来ており行列ができていました。


「うへ。こりゃ長いね」


高尾が暑さで朦朧としながら列の先をみています。

ヨロヨロとしている志乃は扇子で顔をあおいでいました。


「これは参りましたわね…」


「まぁ、みんな同じってことさね」


松野は人前ということもあり背筋を伸ばしてしゃんとしていました。


さすがに暑いなぁと、お千代も手拭いを頭にかけて日を避けていると、乾物屋の女将さんが後ろから声をかけてきました。


「べっぴんさんらも来てたんだね」

「女将さん、お久しぶりです」


「こう毎日暑くていい加減うっとおしくないかい?」

「そうですね。すぐに汗でびっしょりになりますよ」


はははっとお千代がおどけてみせると、女将さんはすこし顔をしかめて言いました。


「最近、妙なうわさがあってねぇ。沖のべっぴんさんが昼間も客を取って荒稼ぎしてるってそこらじゅうから聞こえてきてるんだけど、心当たりないかい?」


「…いえ、そんなうわさ初めて聞きましたし、姐さんたちも昼はほとんどおなごやにいるから――」


お千代がちょっと混乱気味になっているところへ松野が割って入ってきました。


「女将さん、それは本当のことでしょうか?」


「ええっと、花街の近くの安宿で男を連れ込んでるらしいよ。近くにウチらみたいな小物屋の店が多くてね、すぐに話題に上がっちまうのさ。うわさの出どころはたしかだよ」


「……そうですか」


女将さんから話を聞いて、松野の顔色は青くなっています。

ほかの姐遊女はあきれたような顔をするだけでした。


それからはみんな無言になり、甘酒売りにお金を渡して湯のみを受け取って飲み干すと、おなごやまでの道のりがまるで葬式の行列のように重い雰囲気を漂わせながら帰るのでした。




よしずをくぐって土間に入り、足を洗ってから居間にあがると、松野は着物を着崩しながら言いました。


「あの小波って娘は誰とも親しくなろうとしなかったからね。ついつい昼間の存在を忘れてたよ」


「お千代も頻繁に出歩いてたからなぁ。うちも昼間にいなくても気にもしてなかったよ」


「あの手の者には何を言っても無駄でしょうし、うわさ話は楼主(とう)さままで伝わっていると思われますわ」


姐遊女たちはうわさのべっぴんを小波とすでに決めつけているようでした。

でもお千代も安宿で小波のような女性を見かけた以上、何も言えずに口をつぐみます。



四人の間に重苦しい沈黙が続く中、当の本人が何事もなかったように帰宅してきました。


そしてほかの遊女を気にすることもなく、自分の荷のある場所へと移動し、湯屋に向かう準備をしています。


松野は面倒くさそうに小波に声をかけようとした瞬間、よしずをなぎ倒して弁蔵が土間へと駆け込んできました。


「こ、小波は、…いるか?」


背も高く体格の良い大男が、ぜーぜーと息を切らせながら鋭い目つきでこちらの方を見回します。


そんな弁蔵の姿に怯むこともなく、小波は彼の方へと顔を向けました。


「弁蔵さ~ん。アタシに何かご用ですかぁ?」


彼女はいつものように男には甘ったるい声音で媚を売ります。

しかし弁蔵は土足でがすがすと居間に上がり込むと、小柄な小波をわきに抱えました。


「え、ちょっ!?何すんのよ!」


「――黙れ」


いきなり物のように抱えられ、小波は抵抗しようとしましたが、弁蔵の底知れぬ殺気を帯びた目つきに気圧され、体をびくっと硬直させます。


小波が大人しくなると、弁蔵は松野の方へと振り向きました。

すると松野は手をよこに振って言いました。


「あたしらもついさっき知ったばかりさ」


その言葉に高尾も志乃もコクコクと首をたてに振ります。

お千代は何が起こったのか理解できず、その上弁蔵の気迫に押されて体をふるふると震わせていました。


「……邪魔したな」


そう言って弁蔵は愕然とする小波を抱えて、おなごやから平然と出て行きました。

松野ははあっとため息をつくと、土間に降りて弁蔵が倒したよしずのところへと向かいます。


「どうなるかは楼主(おやじ)さん次第だねぇ…」


ひとりで大きなよしずを立てなおしながら、彼女は流れゆく雲を見つめました。

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