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内海の遊女 風待ちの港 沖乗りの島  作者: 青丹よし
第四章:私は何度もくりかえす
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欲望に忠実な人たち

さざ波の音が静かに聞こえてくる中、三郎はこのとんでもない男を前にして生唾を飲みこんだ。


(まるで話が通じない化け物のようだ……)


しかし自分がこの地へ呼び寄せてしまったからには、何とかしないといけないという責任感が背中にのしかかってくる。

三郎はダラダラと嫌な汗をかきながら、思いつく限りの策を練りだした。


さながら百面相のような表情に、太一はきょとんとしている。


しばらく熟考し無い知恵を絞って考えた結果、ひとつ咳ばらいをして三郎は意外なことを口にした。


「なあ太一、つるの気持ちをお前の方へ向けたかったら、真面目に船宿の仕事をしている姿をみせつけるだけでいいんじゃないかな。むやみやたらと話しかけることはしない方が得策だと思うぞ」


「ええっ、話をしないでどうやって口説くのさ」


「あのな、…えっと『恋に焦がれて鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす』っていう唄があってだな。言葉で恋を語るより、何も言わない方が思いが深いって意味合いがあるんだ」


「へぇ。そんな難しいことよく知ってるね。要するに『押してダメなら引いてみろ』ってことかな?」


「そうそう!そういうことだよ」


「ふ~ん。…まぁ、こっちが何か言うたびに怒鳴られるよりかマシだよね。ありがとう、さっそく明日からそうしてみるよ」


そういって太一は手を振りながら船宿の方へと帰って行きました。

三郎はほっと胸をなで下ろすと、もと来た道へと歩きだします。


(これでつるから他の女に目移りして、嫁を連れて里へ帰ってくれたら万々歳だ)


あの唄と意味を教えてくれた初音に感謝しながら、彼は足取りも軽く夜の港町へと消えていきました。




それから十日の月日が流れた。


お千代はあれっきり太一から声をかけてくることもなく、船宿の仕事はきっちりとしている様子を眺めて、すこしいぶかしげに思っていると、小波が彼のそばに寄り楽しそうに会話をはじめました。


(そういえば、ここのところ小波さんはよく太一と話をしているなぁ。ということは、――なるほど、あいつは彼女に乗り換えたんだな)


小波さんも太一を気に入ってたようだし、お似合いだよね。


この港町で太一と顔を合わせてから気が重くて胃の痛い日々を送っていたが、今は話しかけられることも顔を向けられることもない。

まぁ、何を考えているか分からないけど、実害さえなければそれでいいと放っておいている。


その分、日に日に小波と仲良くなっているようで、彼女を人身御供のようにしているようで心苦しいが、本人がそれで良ければいいじゃないかと自分の心をだまします。


これで目の上のたん(こぶ)はなくなったと、お千代は清々した気分でふたりを見守るのでした。



そんなお千代の気持ちも知らず、小波は太一がお千代に無関心になっているのは自分の方に魅力があるからだと確信していました。

さらに遠くからこちらを見つめるお千代に対して、とてつもない優越感を感じていたのでした。


彼女は誰よりも男に好かれたい(たち)で、ここへ来るまでに幾度も似たようなことをくり返してきました。

好いた男が自分を捨てて小波を選ぶと、相手の女は悔しそうに彼女を睨んだり、悲しみのあまりに泣く姿を見るのが大好きだった。


そんなことを続けていると、当然周りは敵だらけになる。

そして付き合っていた男も用無しになるとあっさり切り捨てるから、怨念、はたまた執念のように彼女にまとわりついてくる者も多かった。


彼女の両親はその状況に困り果て、娘をだまして町まで連れて行き、容赦なく人買いに売り飛ばしたのだ。

嫁や奉公へ出しても、その家でも同じことをしてしまっては、こちらにも責任の(とが)がくると恐れ、人買いに売ることで親子の縁を切ったのでした。


親に売られるという予想外の展開に小波は(なげ)きましたが、男に媚を売るのは慣れている。

競争相手も多い。

遊女になったことで、自分がこの港町で一番の女になると決意した彼女は、着々と自分の欲望を満たしていっていた。


太一へのちょっかいもその一環に過ぎない。


(やっぱり未練があるんだ。まあこいつは顔はいいし話も面白いから。…でも金持ってない男はダメよね)


以前、小波は『金をくれたら体を好きにしてもいい』と言って太一に迫ったことがある。

しかしこの男は『あはは、ボクは女を買うほどお金は持ってないよ』と、とてもいい笑顔で返されたことがあった。


金がない男は論外。

ただ、他の女から嫉妬される優越感だけは捨てがたい。


そんな心根で小波は太一に愛想を振りまいているのでした。




あくる日のこと。


お千代が手習いの帰りすがらに餅菓子屋の福屋に寄ろうと、港の方角へ歩いていたら小波らしき女が安宿に男と入っていくのを見かけました。


(――あの小柄な姿、小波さんのような……)


手拭い頭からかけていたので顔は見えなかった。

ちょっとその場で考え込みましたが、最終的には『ま、いいか。見なかったことにしよう』で済ませます。


恋人との逢瀬だったら立ち入るのは野暮なこと。


仕事さえして借金を返していれば、茶屋からは何も言われない。


(小波さんもクセのある人のようだし、太一ひとりじゃ収まらないんだなぁ)


そんな人いるよね~。


サヨみたいな、サヨみたいな、サヨみたいな―――。


太一も好みの女がいれば、糸の切れて凧のようにあっちこっちへ行っちゃうし、自由奔放な人はどこまでも自由だねぇ……。


見慣れたような光景に、あきれるやらなんやら。


複雑な笑顔をしながらお千代は福屋に向かいました。

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